2-2-5-4

「離れて――」

「どうしたの?」

「質問は、1つ――ずつ」

 そう。そう言った。初めに、奥崎がそう言ったのだ。それを四恩は引用しただけだった。しただけだったが、胸の苦しみを覚えた。締め付ける痛み。呼吸が細くなる。それを素早く繰り返す。その運動が彼女の口内に無数の言葉を導く。飲み込む。飲み込む。

 良薬は口に苦し。水青の死に際の顔、死に際の声、死に際の退行――。結乃も同じ。いや、いや。彼女は胸の肉を抉り取られ、頭を潰され、悲鳴もなく、藁のように死んだ。

 そしてまた、藁のように死んでいくだろう。これから闘争領域へ突入し、テロリストの無力化を命じられた少女たちが。この、奥崎によって――。

 四恩は自分の舌を噛み、頬の裏側の粘膜を噛み、唇を噛んだ。唾液が、欲しかった。

「奥崎くんは――どうやって、ここに?」

「そうだね。ここにどうやって来たのか、それを説明しなくてはいけないね。そうでなければ、君をダンスに誘うことをするべきではないだろう。ぼくの自由が何に担保されているのか……。四宮さん、結論から言おう。ぼくたちに需要はある。ぼくたちには需要があるんだよ。もう何かに依存する必要なんてないんだ。大人にも、組織にも――」

「でも、あなたは――あの博士に依存している」

 怒り! 怒りだ。四恩は自分が怒りを覚えているということをようやく理解した。別れの日、どちらかが任務を十全に達成し、誰かを救うほどの力を得たならば、お互いを自由にしようと約束した日。奥崎の戦死を知るまで、四恩を支えていた記憶。あたかも念仏者たちが、極楽に行ったなら、必ず現世に戻って衆生救済に励むと、還相回向を約束しあうようにして約束された誓い。

(アレッポに平和を齎したら、僕は帰ってくる。そして今度は僕たちの平和のために働こう)

「どう、したの? 何が、あったの――アレッポで。わたしたちの、約束。約束は。約束はどうなったの――? わたしは日本で、ここで、頑張っていれば――奥崎くんが、迎えに来てくれる、のは、どうなったの――? 奥崎くんも、私も、高校に行くって、行くって話、話は」

「そんな話もしたね」

 四恩が絞り出すように紡ぐ言葉にも、淡白な反応しか示さない奥崎。

「それが、今、今、今――。この今、奥崎くんは、わたしと同じ――。わたしの敵と同じ――。殺して、殺して、殺して。そうすることでしか、生きることを続けられない――」

「同じかな?」

 思わず、奥崎の顔を見つめる。奥崎はもう、四恩を見てはいない。その目は正面、舞台に向けられている。向けられている、だけだ。彼はその先を見ている。舞台の向こう、公会堂の壁の向こう、日本列島の山だらけの土地の向こう、海の向こう――。

「奴隷」

 彼を振り向かせたくて。彼の顔に感情を惹起させたくて。

 四恩は言った。

「奴隷――奴隷――! あの博士の、奴隷! 戦争の――」

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