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現在の未来が未来の現在と化す、その過程で彼は喜びのために震える。思わず口にしてしまう。「ダンダンダンダンダンダン、ダンダンダンダンダン」――銃声のオノマトペ。児戯。
実際には、こうだ――。
ぶうううううううんぶううううううんぶううううううん――。
M4A1カービンが火を吹いて、銃弾を撒き散らす。その数はあまりにも膨大で、間断もない。発射される弾丸と弾丸との時間間隔があまりにも微小のため、その軌跡はまるでサイエンス・フィクションに出てくる光線銃、あるいは火炎放射器。
ぶうううううううんぶううううううんぶううううううん――。
ホールから出ようとした人々が次々と薙ぎ倒されていく。衣服、肉片、体液の吹雪が人間ドミノを彩る。加えて、ホール2階席から1階へと飛び降りて逃げようとする人々の雨。
ぶうううううううんぶううううううんぶううううううん――。
「命のバーゲンセール!」
耳を押さえながらも、チェシャ猫の笑みは崩さない男が叫ぶ。自分の言ったフレーズが気に入ったのか、さらにもう1回。
「命のバーゲンセールだ!」
「バーゲンセール?」
奥崎、男の顔をまじまじと見る。まだ銃撃は続いている。銃火が、男の顔で反射して光る。奥崎はバーゲンセールという言葉の意味を思い出す。想起の努力の果て、奥崎は自分が参加していたバーゲンセールの様相を思い出す。
有志国の空爆で荒れ果てた街を、彼は独り、歩いている。道道には、終わらぬ戦争に疲れ果てた人々が座り込んでいる。明らかに地元民ではない奥崎にも、彼らは関心を示さない。そのうちに、奥崎は、そんな彼らがしかしこの街では無上の幸運の持ち主であることを知る。
奥崎は1人の少年の前で足を止める。上半身裸の少年は、自分の腹を撫で回している。空腹のジェスチャーだろうと奥崎は思う。さらに見る。いや――空腹のジェスチャーではありえない。少年の腹のちょうど真ん中に裂け目が生じて、そこから大腸が飛び出している。少年はそこに蝿が止まらぬよう、努力していたのだった。彼の顔はもうすっかり青ざめて、チアノーゼを示している。奥崎は、育児放棄され、ベッド上で自分の糞尿に浸ったまま餓死を待っていたはずの、あの少女のことを思い出す。少年が奥崎のことを認める。2人は見つめ合う。先に口を開いたのは、少年だった。その声が、まだ、奥崎の耳の中に残っている。
ビスミッラーヒル ラハマーニル ラヒーム
(慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において)
アルハムドゥ リッラーヒ ラッビル アーラミーン
(万有の主、アッラーにこ凡ての称賛あれ)
アッラハマーニル ラヒーム
(あまねく慈愛深き御方)
マーリキ ヤウミッディーン
(最後の審きの日の主宰者)
イイヤーカ ナアブドゥ ワ イイヤーカ ナスタイーン
(わたしたちはあなたにのみ崇め仕え、あなたにのみ御助けを請い願う)
イヒディナッスィラータル ムスタキーム
(わたしたちを正しい道に導きたまえ)
スィラータッラズィーナ アンアムタ アライヒム ガイリル マグドゥービ
アライヒム ワラッダーッリーン
(あなたが御恵みを下された人々の道に、あなたの怒りを受けし者、また踏み迷える人々の道ではなく)
少年が横向きに崩れ落ちる。埃が舞い上がって、彼を包む。その最後の一粒が彼の頬に落ちるまで、奥崎は彼を見ていた。
「こんなものじゃない。こんな程度じゃ、ない。バーゲンセールなら、もっとだ。もっと価格が下落しなければ。命の価格が下落しなければ。命の価格を下落させなければ」
「そうだ! そうだとも! そのために君は日本へ戻り、私は自分の名前を売り払ったのだから!」
奥崎の独言に同意して、指揮者が音楽隊を操作するように、男が空中で手を振り回す。彼は彼の言う通り、鳥巣二郎の名前に加えて、無数の名前を持つ男になっていた。彼にとってアイデンティティの価値は、なるほど確かに大幅に下落していた。そこだけは評価しなければなるまい、と奥崎は思った。だがもしも、言葉だけではなく、本当に先進諸国民の命を高く見積もって、この程度の殺戮を命のバーゲンセールと言っているのなら――。
「それで、博士、次は?」
男が博士号取得者であったことを思い出して、奥崎は彼を博士と呼んだ。
「次は――」
銃声の突然の停止。その下に隠されていた呻き声がホール内部を満たす。奥崎は仕事を続行するように同志たちに言おうとするが、同志たちもまた、その標的と同様に床に倒れている。呻いている。目を押さえながら。嘔吐しながら。痙攣しながら。
「四宮さん……」
階段の先、開け放たれた扉の向こう、四宮四恩が立っていた。
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