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 第1次システム理論、第2次システム理論、ムーアの法則……。喫煙の習慣を持たない四恩は三縁の声を聞きながらアイスコーヒーの到着を待った。ストローがついていれば良いと四恩は思う。噛むことができる。

〈第1次システム理論では、システムはトリヴィアルなマシンと認識されていた。トリヴィアルなマシンとは、入力と出力が一対一に対応するようなマシンのこと。例えば……例えば、自動販売機。ある硬貨……硬貨を使ったことある?〉

〈な、い〉

〈……例えば、ここに機械があるとしよう。ボタンの押し方次第で光の色が変わる機械が。こういうのがトリヴィアルなマシン。君より一代前は、人間身体も、そうしたトリヴィアルなマシンであると想定した上で〈身体拡張技術〉を構想していたんだよ。磐音さんなら、動植物の遺伝子から人間に資するような性質を持ったそれを取ってきて組み込まれているわけ。体表面に熊みたいな剛毛が生えていたら強くなるんじゃないかなぁ、みたいな。ものすごくトラディショナルだろう? 遺伝子組換え食品とかと同じだね〉

 少女たち、灰皿で煙草を消すとただちに次の煙草を咥える。煙を吸う前から大きな声を出して息を吐いている。

 はぁ――。

〈でもトリヴィアルなマシンなんか存在しないんだよ。世界はトリヴィアルじゃあ、ないんだ。遺伝子組換え植物だって、長期に渡る影響については実験も評価もしようがない。況や磐音さんなら。複雑な女の子だろう?〉

「そうしてると鼻毛が増えませんか」

「増えたら鼻を取り替えるわ。脳味噌以外は私の物じゃないもの」

「なら私もフィンセント・ファン・ゴッホみたいに鼻を削ぎ落とします」

「ゴッホは耳だったはずよ。……耳よね?」

〈人間は普通、複雑――〉

〈そう、そのとおり。世界はトリヴィアルではない――。だから、磐音さんに施されたような技術は《身体拡張技術》の名称を得ることができなかった。今ではそれは、《獣化技術》と呼ばれて、膨大な先行研究の内の一つに過ぎなくなってしまった。世界がトリヴィアルではないという事実は、直ちに3つの重大な欠点へと帰結した。第1に、《人間》の枠組みを更新できないこと。第2に、被検体に致命的かつ不治の疾患、そして短命な個体が多数報告されたということ。第3に、第1と第2の欠点を許容し、なおトリヴィアルなマシンというシステム観を維持しようとしても、次代の再生産において何が起きるかということまでは制御不能であったということ〉

 早くアイスコーヒーが、というよりはストローが、あるいは某かの噛むことのできるものが届かないだろうか、と四恩は思う。鼻から煙を出しながら、「機関車みたいな顔しないでよ」「何ですか機関車みたいな顔って」と笑いながら話す東子と磐音の顔を視界に収めているからには、なおのこと。

〈東子の施された〈義体化〉、磐音さんの施された〈獣化〉――その他にも、〈身体拡張技術〉の名前を得ることのできなかった様々な技術が過去にはあったんだよ。それらは、しかし釜石徹博士が分子機械〈還相〉を発明しないことによって発明し――〉

「発明しないことによって発明、とは」

 声に出してしまった四恩の方へ、二人の視線が集中した。

「三縁と密談中?」

「羨ましい。わたくしも、早くお話ししたいですわ」

 それだけ言って、二人は煙の吐き出し方の技術を競うゲームを再開した。

〈釜石くん本人から聞かなかったかな? 彼は第2次システム理論を愚直に応用生物学へ結びつけようとし、結果、軍産学複合体から富、名声、力、この世のすべてを受け取ったというわけ〉

 

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