2-2-2-4

 吹き出す血が少女たちの顔を紅に染める。また新しい制服の申請をしなければならない、と四恩は思う。磐音は長い舌を伸ばして、自分の口の周りと四恩の首筋とを舐める。

「これで、わたくしも〈還相〉の力を得るでしょうか」

 膨大な熱量を〈還相〉に奪われ、四恩は寒気を覚える。覚えながら、〈還相〉の感染力の弱さを思い出す。その力は、HIVウィルスよりも弱い。宿主の免疫がそれを発見しないように〈調整〉が必要になるほどなのだから。

「それ、は、――難しい」

 言った。言って、――やった。

 高度身体拡張者の再生能力に目を丸くする磐音。

「まだ抵抗するつもりですか?」

 頷いた。頷いて、――やった。

 その間に、磐音は巨大な爪で今一度、四恩の首に穴を開けているべきであった。

 追って、話を聞き出したい者と、ただ逃げることのみに集中できる者との、意識というリソースのアロケーションの差異が、四恩にマウントポジションからの脱出時間を与えた。

 左手で、磐音の右前腕を掴む。

 彼女の手を自分の襟元に押し付ける。長い爪が、四恩の頬を、鎖骨を抉る――無視、無視。

 さらに右手で、彼女の右上腕を掴む。

 そしてそのまま右回転――立場が逆転し、今度は四恩が磐音を見下ろしている。

「ブラジリアン柔術かしら?」

 聞きながら、磐音が長く肉感的な脚で四恩の身体を締め上げ始める。

 四恩もまた、握り拳を作り、そのまま手刀を打つ要領で磐音の顔に振り下ろす。右、左、右、左、右、左――これはどんな格闘技に由来する打ち技だろうか、と彼女は振り上げては振り下ろす運動を繰り返しながら考える。

「どうして……」

 ガードしながら、上擦った声で磐音が呟く。

「どうして抵抗するのですか。どうして?」

 なるほど、両腕の隙間から見える磐音の顔、その表面を覆う剛毛は涙のために輝いている。その長い毛と長い毛の間でも確かな存在感を放つ瞳もまた――輝いている。

「これはもう本当に殺さないといけないかも知れませんね。お話がしたかっただけなのに」

 ガードを解いた磐音が、四恩の両手を掴む。両脚による締め上げをさらに強くする。マウントポジションではなく、磐音の腹の上から動けない格好になる。

「その可愛いお顔を、いただきます」

 磐音が口を開く。殆ど両耳に達するほど、その口は大きく開いた。剛毛の向こう、彼女の頬の肉が裂けていくのを、四恩は見た。

 ぼきぼきごりごりぼきぼきぼきぼきごりりりりりぼききぼきぼき――。

 首までもが、伸びていく。

 回避不能の攻撃を待つばかりとなった時、四恩はあの少女の声を聴いた。

「女の喧嘩って怖いわね」

 殺し合う少女たちのすぐ側、彼女たちを見下ろしながら東堂東子が立っていた。

「磐音、貴女が麻薬取締官マトリになっていたなんてね。どう? 年間休日日数はどれくらい?」

 もう磐音は四恩ではなく東子を見ていた。口を開けたまま。その反応は、恐らくは、東子がそれぞれの手に一人ずつ、スーツ姿の男性の襟首を掴んで引き摺ってきていたことに惹起されたのだろう、と四恩は思った。というのは、四恩自身もそれに驚いて、間の抜けた声しか出せなかったからだった。

「あの――それ、誰?」

 

 

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