2-2-2-2

 四恩、僅かに一歩、横移動。頬を撫でる風、金属の断末魔――非常口を見る。見たもの――背後のドアとともに引き裂かれた彼女自身。磐音は、光学操作能力によって生み出した四恩の虚像を、素直にも――ドアごと引き裂いたのだった。その、爪、で。

 相も変わらず、惚れ惚れする砂時計体型の磐音の、その手はしかし、生成変化している。〈バーストゾーン〉に入った身体拡張者のごとく――。2倍にも、2倍の2倍にも膨れ上がった手は剛毛に覆われ、その指先には黒光りする爪が剣のように生え揃っている。金属など、紙のように引き裂く爪が。

〈彼女も――?〉

〈彼女は高度身体拡張者では、ない。確かに石嶺いしみね磐音さんなら、ね〉

 とはいえ驚くべきは、磐音が四恩の虚像ではなく実像をしっかりと見据えていること――またも凍りついた、微笑。四恩、目の下の痙攣を感じる。

 視覚情報は、人間を取り巻く環境情報の中でも最も脳という計算機の処理能力を使用する情報であり、それを操作できるからこそ、四恩は「優等生」の地位を確保できていたのだった。そして、その秘術が、磐音には通じていないのだった。彼女は、目と耳と鼻とが互いに裏切り合うような状況で、しかしなお、四恩の位置を正確に捉えていた――。

〈君が第二次システム理論の産物なら、彼女は第一次システム理論の産物で……君の『お姉さん』みたいなものかな〉

 磐音、手の膨張によって破けた袖口を一瞥。それから四恩に流し目を送る。

「美味しそう……」

 鼻を小さく動かす磐音。獲物の匂いを楽しむ狼の様相。狼……。

 その網膜に集まる光の全てを四恩によって捻じ曲げられ、天井と床と壁とを同時に見ているような状態で――。

「どうですか、私の力。高度身体拡張者の力も見せてくれませんか? 〈137〉で学んだ殺人術の一端でも構いませんよ」

〈どうして――〉

〈派手な制服を着ているからじゃないかな。悪目立ちするのは否めないところだ。あ、ぼくは好きだよ〉

「はやく私を傷つけてくれませんか?」

『お姉さん』は妹に生命の危機を感じさせたりするものだろうか、と思いながら、四恩は磐音の目を焼くことに決めた。彼女が何者か、わからないけど――。彼女が何者か、わからないこそ――。

 外の世界は、危険が――いっぱい。

「モーモーファイナンス」オフィスから飛び出した数名の男たち。修羅場に慣れた様子で、階段を降りていく。経験豊富な金融マンたちの振る舞いを、四恩は理解する。屋上階、「コンテナ村」から降りてくる者、なし。経験豊富なプロレタリアートたちの振る舞いを、四恩は理解する。

 理解と理解の間に、集光は終わっていた。磐音の巨大な爪が四恩の下腹部を目指す運動と同時、光の河が文字通り光の速さで廊下になだれ込む。網膜を焼くに足る光量、空気の急速な膨張、そして何よりも熱波――言うなれば無形のスタングレネード、殺人機能付き。

 

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