2-2-1-5

 ニーハイソックスとスカートの間、脚と脚の間に滑り込んでは出ていく乱暴な手つきのことを四恩は思い出す。煙草が吸いたい、と彼女は思う。

 青空を透過した中東地域の地図の上、さらにスクリーンが拡がって陸上自衛軍「中央即応集団」の組織図を表示した。

「防衛大臣」と中に書かれた四角から下がった黒線が、さらに「中央即応集団司令官」に繋がり、そこからまた幾つもの線に分かれていく。「対特殊武器衛生隊」「国際平和協力活動派遣部隊」「国際活動教育隊」「中央特殊武器防護隊」「特殊作戦群」「中央即応連隊」「第1ヘリコプター団」「第2ヘリコプター団」「第1空挺団」「第2空挺団」「司令部付隊」「司令部」そして「司令部」からさらに2本の線が「UNMIN」「UNMIS」をぶら下げている。

〈編成については《隊》であった頃と殆ど変わらないわ。当時の小泉首相の私的諮問機関だった《安全保障と防衛力に関する懇談会》で提出された報告書、いわゆる荒木レポートに沿って編成された時の、そのまま――〉

〈《中央即応集団は、平素、ゲリラや特殊部隊による攻撃などの事態に実効的に対応するための教育訓練を実施し、事態発生時には、事態の態様に応じて隷下の部隊を適切に組み合わせつつ、迅速に対処する部隊である。また、隷下には国際平和協力活動を実施する上で必要な教育等を平素から行うための国際活動教育隊を保持しおり、今後、国際平和協力活動に、迅速かつ継続して部隊を派遣できる体制が強化されていくことになる》――防衛白書2007より〉歌うように引用し、得意げな三縁。

〈あなたの馬鹿でかい外部記憶装置がテキストデータばかりでないことを祈っているわ〉

〈まさか。インターネットで調べたんだよ。インターネットが使えて楽しいな。四恩ちゃんのお陰だ。ググるなんて何年ぶりだろう!〉

 三縁が珍しく興奮した口調でまくし立てた。ググる――。それがどういう意味か尋ねる前に、東子が話を再開している。

〈海外派遣はこの中から随時、部隊を抽出して行われる。〈137〉の《備品》である高度身体拡張者、特に男性のそれはそれら部隊に《貸与》されて海外へ行くことになる〉

 備品、貸与――。

 一瞬、東子が空ではなく自分を見たのを、四恩は見た。

「そのまま、正確な記述を、お願い――」

 頷いて、東子は続ける。

〈とはいえ、彼等の生存条件を無視することはできない。例えば、奥崎謙一がどんなに強い高度身体拡張者であっても、物は食べるし、排泄はするし……そう、代謝する。兵站の問題は、高度身体拡張者においても解決されていない。誰かが、それを供給しなくてはならない。でもそれが転倒の始まり……〉

〈資本主義そのものが《人格の物件化と物件の人格化》に基づいているからね〉

〈ちょっと黙っててくれる? 私は仕事の話がしたいの〉

〈仕事以外の話があるのかい? 資本主義社会で?〉

 言って、三縁は高らかに笑った。それは四恩との短い付き合いにおいては、一度も聞いたことのない笑い方だった。

「で!」堅く腕を組み、地面を見ながら東子が叫んだ。

 で――。

〈私が追っていたのは、ダマスカスとアレッポを行き来していた部隊の殉職者達よ。何と言っても、殉職者の数が平均より有意に多いし――〉

〈その遺体はいずれも同様の人員による同様のプロセスで帰国するから、不正蓄財グループが利用するルートには最適だと、そういう判断なんだね。それで、棺桶に地下物流の痕跡がないか追っていた、と。死んだ人たちの墓を、それ以上の見当もなく延々と掘り返し続けて、ね〉

「そ、そうなるわね……」

〈東子、四恩ちゃんと合流できて良かったねぇ。それ間違いなく、退職勧奨だよ。リストラだよ〉

〈な、なによそれ〉

〈ググりなよ。昔昔、遥か銀河の彼方、まだ労働基準法が廃止されていなかった頃の日本では正社員の解雇はその後の訴訟リスクが予期されるものだったからね、《仕事を探す仕事》とか《お茶の出し殻を捨てる仕事》なんかをさせて、自己都合退職させようとするのが流行っていたんだよ〉

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