2-2-1-6
「そう……ふぅん」
東子は既にフィルター部分を残すのみとなった煙草を吐き捨て、ローファーで踏み潰した。
〈窓際族に追いやられた2人の勤労者が出会ったのだから、これはもう運命だね〉
〈なにが《運命》よ。科学の臨界みたいな存在のくせして〉
〈だからこそさ。《Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic.》〉
十分に発達した科学、は、区別不可能、魔法から――。
スマートレティーナ上、中央即応集団の組織図はまだ煙草の吸い殻を踏みつけて項垂れている少女に付き従うようにして消え去り、中東地域の地図だけが表示されている状態に戻った。
その地図を埋め尽くしていた赤い光点がゆっくりと減少し、ついにアレッポの市街の上でだけ輝くようになった。と、同時、緑色の光点が地図上に穿たれていき、その点はやがてダマスカスとアレッポとを結ぶ線となった。
四恩にも、それが何を意味するのかは、三縁の些かお節介とも言える解説がなくとも、わかった。
東子の追っていた死者たちと、彼等の生きている戦友たちの軌跡――。
〈奥崎くんが棺桶の中から消えたのも、そのルートを使ってのことだと、そう考えて良いはず。彼と手を結べる外国勢力は存在しなかった。それは可能性から排除できるはずだ。四恩ちゃん、ご意見ご感想をお願いします〉
視界の最下部、[四宮四恩様の御言葉があります。ご静粛に願います]というテロップがループしている。
「それ、は、それは――そう」
存在しなかった、というよりも存在させてはならなかったのかも知れない。逃亡を防ぐためにも――。とまれ、存在しなかったのは事実だろう。彼は、アレッポに真空地帯を使ったのだ。
(「平和は支配の手段にもなるからね」)
その平和は、シリアとイラクを蠢くあらゆる勢力を敵とすることで達成された平和だった。シリア政府軍、シーア派民兵組織、世俗主義反政府軍、スンニ派民兵組織、クルド人民兵組織、さらにその背後で暗躍する大国からの派兵部隊の一切を街から追い出したのだ。彼はその言葉の最も厳密な意味で、栄光ある孤立を実現していた。
スクリーン上にまず4つの顔が表示され、それは次に8つ、次に16、32、64……ついに数え切れないほどの顔の画像のサムネイルへと変わった。そのどれもが、例外なく軍の制帽と制服とを着用している。
〈地下物流のコンテナ代わりにされた《かも知れない》者たちは、これだけいる。僕たちは先の大戦よりも、ずっと長い戦争をしているのだから〉
いつ始まったのかも、勝利条件もわからない、長い長い戦争――。
〈墓を掘り返していったほうが見込みがありそうだけど〉
〈いや、君はとりあえず今のところは、地下物流を追う必要はないんだ。奥崎謙一くんを捕まえさえすれば、わかることだ。ということで、この写真はずっと減らすことができる〉
魔法のように大胆な消去法が、サムネイルを構成する顔写真のタイルの1枚1枚を大きく表示した。
〈ダマスカスとアレッポを行き来している人たち、いや《していた》人たち。それだけで良い。ぼくたちが追うのは。いや、もっと減らせる。そうでしょう? 四恩ちゃん?〉
「かつ、3ヶ月以上――通院記録のない、人たち」
〈正解〉三縁が言ってすぐ、タイルの数がさらに減少。
「この人たちが、《地下物流》のコンテナにして作業員というわけね」
〈そして、その《地下物流》こそ、一連のテロ実行のために必要な物資を供給する最大のルートであり、つまり彼等と奥崎謙一くんを結ぶラインでもある〉
「逞しい想像力ね」
東子が煙草に火を点けた。液体でも吸い上げるようにして、勢い良く吸煙。煙を吐きながら、言う。
「作家になったら」
〈難しいと思うな。構成のセンスが足りないよ〉
「どうする、探偵さん?」
四恩に尋ねる東子。四恩は顔写真を見ることに集中している振りをしようとするが、無慈悲にもスマートレティーナ上の全スクリーンは既に消えていた。ブリーフィングは――終、わ、り。
〈東子、これはミステリーじゃないよ。アドベンチャーだよ。それに、《運命》って、言ったでしょ。《運命は、歩む意志ある者を先導し、意志なき者を力ずくで引き立てる》。四恩ちゃん、池袋と新宿と渋谷だったら、何処に行きたい? 何処の賃貸住宅に押し入りたい?〉
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