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〈彼と接触した可能性のある兵士から、《次のテロ》の実行犯を絞れないかしら?〉

〈いや、それだけじゃ膨大な数になるね〉

〈例えば、この子と接触した可能性のある兵士なら――〉と、東子が四恩を見ながら言う。

〈限られる。男子/女子によって高度身体拡張者のキャリアは全く違うものになるから。四恩ちゃんは殆ど基地から出ないし、出るとしても予め指定された方法で現場へ行くだけだから〉

 スクリーンに、イラクを中心にした中東地域の地図が現れた。国境を表象する白い線だけが、そこが中東地域であることを示している。地図の上では法則性不明の動きで拡がったり縮んだりする様々な色のアメーバが蠢いている。それはどうやら、主要な勢力間の伸張と退潮を表象するものであるらしい。そうして、小さな円形の輝きが地図へと穿たれていく。その数は、スクリーン右上に表示された年月日の数値が現代に近づくにつれて増えていく。輝きがやがて、一つの線となり、ついに面となる。それこそ、奥崎謙一の中東における転戦の歴史そのものだ。

〈まさに当該地域の武装勢力がサイクス・ピコ協定を無化するために、積極的にイラクとシリアを跨る戦線を構築するのに合わせて、奥崎くんの戦闘もまた、最初はイラクのグリーンゾーンにある米国大使館の警備に始まって、ルート・アイリッシュ――〉

〈ルート・アイリッシュ?〉と、四恩から三縁へ。

〈グリーンゾーンからバグダッド国際空港までの12キロの道程のこと。別名、世界で最も危険な道路〉と、四恩にだけ囁く三縁。

〈ルート・アイリッシュの警備から、彼のキャリアの最後の地アレッポへ〉

〈仕事内容は?〉

〈同じく《警備》。でも少し違うのは、アレッポ市街にもまたグリーンゾーンを作り出すという任務だったこと。1人で、ね〉

 灰の塊が、東子の咥え煙草の先から落ちる。目を細めて、スクリーンの向こうを見ながら、彼女は言った。

「私は、ワンオペは人生だけで良いかな」

 奥崎くんには――奥崎謙一には、現代都市の一つを非武装地帯にすることも、あるいは殺戮の桃源郷にすることも自由自在だった。四恩はそのことを正確に理解していた。そしてその正確な理解は、彼の能力についての正確な理解に裏打ちされていた。

 四恩の光を感覚し、それを操作する能力は、どんな現象も因果帰属させずにはいられない科学者なる人種によれば電磁波の一部、「光」「高周波電磁波」「中間周波電磁波」の感覚と操作をする能力であるらしい。

 対して、奥崎謙一は磁場の感覚と操作、そして生成を行う能力を持っていた。四恩の、「上位互換」――。電磁パルスを生成し、任意の範囲の機械文明を崩壊させることも、彼にはできたはずなのだから。

(「僕はね、マグニートーなんだよ」「奥崎くんは、ニートでは、ない」「違う。磁界王」「――?」「漫画の人。能力だけ、ね。彼は革命家でもあるから」「――?」)

 その奥崎謙一はアレッポに120日間、かつてオスマン帝国下で欧州との交易に栄えた頃のような平和を齎した後で、突然に「死亡」した。

 四恩は、そのことを、彼が「死亡」してからさらに1ヶ月後、少ない可処分の財産である「太腿の感触」や「髪の毛の一房」と交換することで得た情報によって知った。

 とはいえ、それはこの今、「触られ」損、「散髪」損であることが明らかになりつつある――。

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