2-2-1-2
ににににににににににににににににににににににににににに……ふぅ、ふぅ、ふぅ――。
喜劇そして悲劇として二度訪れた不動産バブルと住宅政策の末路を見果てる内に、東子の手が離れているのに四恩は気づいた。そして、自分たちが目的地に到着したということに気づいた。
それは1棟のマンションの、前だった。マンションというのは、正確に現代日本語における「マンション」であって、蜂の巣のようにワンルームがその内部を満たしている5階建ての鉄筋集合住宅だ。
四恩の手から離れた東子の手は今、拳銃の銃把を掴んでいる。銃把の底、マガジンキャッチにも手を添えて、もう完全に集合住宅内の一室に踏み込もうとしていることを示していた。
「穏やかに――」
「『心の平穏という、かけがえのない人格を身につけることは、教養における究極の目標です』」
「うん――」
「でも地に平穏を齎すのは拳銃でしょう……」
顔の前に掲げた拳銃の銃身を、舐めるように見る東子。ニコチンを摂取するように、勧める――べき?
「話を聞くだけ――」
「もちろん、そのつもりよ。ここは平和主義の民主国家だもの」
令状も何も、2人にはなかった。そう、彼女たちは話を聞くためだけに、ここまで来たのだった。本当、に――?
一段ごと、その角に埃の塊を見ることのできる階段を東子に続いて、四恩は登り始めた。この集合住宅にはエレベーターというものがない。二階から三階へ上がるまでに、既に2人の住人とも住人でないともわからぬ目の腫れ上がった中年男性と女性とを見た四恩は、溜息をついて、この場所に来ることを選ぶに至るまでの、あまりにも大雑把な消去法のことを思い返した。
それは、奥崎謙一の存在を前提する四宮四恩と、彼女の証言能力を一定信頼している者たちにだけできる、実にファール性の大ホームランとでも言うべき消去法だった。
〈137〉の司令官との消耗する会話の後で、自動運転車の柔らかな躯体に背中を預けながら、2人の少女は空を眺めながら、地下冷却プールから語りかけてくる少年と次の一手について打ち合わせていた。
警察も、軍も、絶対に無能ではありえない。ただ、彼等は何が見ることができないかということを見ることができないということを見ることができない、それだけだ。例えば――奥崎謙一、を。
四恩には、一体何故ホームページというものが表示できるのか、それすらよくわかっていなかったが、そのような知識が不要なほど、三縁は直感的な形で情報を提示した。
空の青をバックに、東子と四恩はスマートレティーナを通して同じものを見た。
「一連」の事件が、起きた場所によって整理され、それぞれ1枚ずつのウィンドウとして視界上方から降りてきて、下方へと消えていく。
――池袋駅東口。死者200名超。実行犯は15名。3台のジープと、各人に一丁ずつ以上のカラシニコフ自動小銃近代化モデル、まだ収集中の弾丸の無数。身体拡張者3名。
――新宿駅西口。死者300名超。「セレブリティ・ビル」滞在者は例外なく死亡。実行犯は10名。装備は同上。身体拡張者2名。
――秋葉原「歩行者天国」。死者100名超。装備は同上。身体拡張者3名。
――越生戦没者墓地。死者20名超。実行犯3名。装備はカラシニコフ自動小銃近代化モデル2丁のみ。弾丸は収集中。
〈カバーは?〉と、東子。
カバー……?
〈報道機関向けの発表、ぐらいの意味さ〉と、四恩にだけの通信で三縁が囁いた。
〈そんなものはどうとでもなる。情報化社会とは、
〈もういい。もう結構。いずれにせよ……〉
テロ事件の概要が映ったスクリーンの向こう、青い空へ煙が伸びていく。見ると、東子は口をすぼめてまでして、煙を遠くへと吐き出そうとしている。もしかすると、彼女こそが雲の工場。
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