2-1-4-1 ルールを学ぶ

 墓苑の駐車場。警察や軍の装輪装甲車が幾台も停まっている。行き交う制服の種類の数多。参拝者たちの姿は何処かに消えた。死んだり、逃げたりして―—消えた。

 装輪装甲車の中に、1人用の自動運転車が一台だけ。その側面、四恩と東子が車体に背中を預けながら立っている。

 2人とも腕を組み、明後日の方を見ている。顔を合わせたら始まるに違いない何かを嫌悪するような格好。

 彼女たちの前に少女が立った。腰に手を当てて、胸を張る少女は、小林小町だった。四恩と同様に〈137〉の制服を着ている。

 小町が言う。

「何でお前がここにいる」

 四恩は小町の横顔を見る。小町は墓苑内の状況を気にしており、四恩を罵倒する余裕もないようであった。

「状況は」

 東子が小町に尋ねる。スマートレティーナの開発以降、挨拶というものは常に冗長だ。

「何が『状況は』だ。状況は、てめぇで作り出すもんだ」

 ふにゃにゃふにゃふにゃふふふふにゃにんいあにんいあにんいあにんいああああああああああいいいいいいいいあいあいあい――。

 サイレンの音をすっかり平伏させ、〈還相〉によって再構築された声帯が奏でる鳴き声が駐車場にまで届いた。あの身体拡張者がまだ〈バーストゾーン〉の導きに従って、墓苑内で暴れている。

「組織のバックアップなしには何もできねぇってことがよくわかったか?」

 それは明らかに修辞的疑問文だ。小町は四恩の返事など待たずに、駐車場から墓標の並ぶ区画へと入った。

「同僚と仲が良さそうね?」

 これも修辞的疑問文。

〈つい15分前、秋葉原でもテロがあったみたい。こっちより沢山死んじゃった〉三縁、屈託のない報告。

 視野の中心、半透明のスクリーンが立ち上がる。映し出された、秋葉原の歩行者天国あるいは地獄――。

〈4トントラックが外神田5丁目交差点から万世橋交差点までの間約570メートルに設定された歩行者天国へ侵入、約444名の歩行者を跳ね飛ばして、停止。後、荷台から武装したテロリスト約22名が降車、現在、《137》の実働部隊がこれと交戦中です〉スマートレティーナの悠長な説明。

 つまり――同時多発、テロ?

 紫煙が四恩の鼻先を撫でた。東子が喫煙を始めていた。もう何もかも終わったというような、満足気な顔。ニコチンとアセチルコリン受容体の幸福な結婚の仲人の顔。

「これ、同時多発テロじゃないわよ」

 墓苑から轟音が届いた。それは肉の柱の崩れる音、土埃の立ち上がる音、そして「越生テロ事件」が一応の決着をみた音。

「同時多発テロなんか、ないのよ。それぞれ全く別個の、ローン・ウルフによるテロなの。池袋、新宿、秋葉原、越生。どれも」

「遺体がなかったのは――?」

 急接近する東子の顔。吸い込んでいた煙を四恩の顔に吹きかける。それが、彼女の答え。

「遺体は、あった。あったと報告しなさい」

〈もう遅いよ。既に空っぽの棺桶の写真を本部に送っているからね〉

「あらそう……。なら、私は帰るわね」

〈帰ってどうするのさ。また一兵卒の代わりに頭を下げる仕事に戻るの?〉

「職業に貴賎なし、よ。知らないの?」

〈貴賎はあるさ。ぼくの仕事なんか最低だよ。テロリストの出現予測を軍に定期的に提出するんだ。人員配置のコンサルティング業務だね〉

「それは最低ね」

〈最低だよ。当たったことなんかないんだ。簡単なことで、テロリストもまたその予測を前提して動くからね〉

 三縁が東子の協力を取り付ける時間を稼ごうと挑発を繰り返している間に、四恩の視界の端にあったスクリーンは秋葉原の生中継映像から〈《岩井悦朗》――Sound Only〉の文字列の表示へと切り替わった。

〈四宮、探偵ごっこの進捗は?〉

〈画像を、送った――送りました〉

〈進捗は?〉岩井、繰り返す。

 今や三縁は沈黙し、東子も沈黙している。いや、それどころか、四恩へ向いた東子の目は見開かれている。

〈奥崎謙一の遺体が、消えて、いま――した〉

〈それで?〉

〈《それで?》?〉

 頭の中、中東に派遣された兵士が任務中に死亡した場合の帰国ルートを描く。シリアで死亡した場合、直ちにその遺体もしくは故人を象徴する物品が回収されクウェートにまで運ばれる。イラクもまた、シーア派とスンニ派とクルド人と世俗主義勢力が入り乱れた内戦中であるからには、現在の中東ではクウェートが相対的に最も安定しているからだ。そして、そこから航空機で日本にまで運ばれる。場合によっては、その前にイギリスかドイツでエンバーミングが施される。しかし〈137〉の兵士ならば、クウェートに駐在する〈137〉の研究員たちに解剖されるのみ。そして帰国した〈137〉の高度身体拡張者の遺体は式典もなく、真っ直ぐに越生へと運ばれて埋葬される。高度身体拡張者という高価な兵装は、敵の回収を防ぎ、次の開発へのフィードバックを得るためにも、解剖だけは遺体収容プロセスにおける不可避の工程である。

〈我々の解剖の後で、誰かが――あるいは何処かの部隊が、盗った、盗りました、そういう可能性があります〉

〈可能性? 可能性は常に、ある。《解剖》の工程で遺体が消えたという可能性も、ある〉

〈――?〉

 岩井悦朗――Sound Onlyの半透明な文字列の向こう、東子が腰のガンホルダーから拳銃を抜くのを見る。

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