2-1-3 第三の攻撃――秋葉原

 秋葉原の歩行者天国は盛況だった。秋葉原の地区名が電気街を想起させる時代は遠に過ぎ去って、メイドのコスチューム・プレイ中の客引きが中国語や英語で通行人に声をかけている様こそ、この街の特徴となって久しい。

 化石燃料車の国際マーケットが縮減し、ITにおいても人材不足と研究費不足で敗北を重ねた日本経済が世界に向けて販売できる数少ない商品の一つが、「アキバ系」の一言で表象される諸サブカルチャー関連グッズだった。秋葉原はそのおかげで、巨大ターミナル駅を持つ街のような賑わいを、今日でも確保している。

 歩行者天国に面したファストフード店の一階、少年と中年の男とが、行き交う人々を硝子張りの壁越しに眺めている。

 とはいえ、その手は細長く裁断されたポテトのフライを口に運ぶのに忙しい。

 男は持参したウェットティッシュで自分の手を拭うと、少年に小声で「ゆっくりしていきなさい」と言って、店を出た。少年は、四十歳は越えているはずの彼にはファストフードは厳しかったのかも知れないと、それだけを思った。小さく手を降って、すぐに食事を再開する。彼の机の上のトレーには、まだ山盛りのポテトのフライが残っている。掴めるだけ掴んでは、口の中に詰め込む。

 胸の上、腹の上に溢れだす塩と、ポテト。彼はそのことに、幸福を感じる。なんという贅沢か。だというのに、ここの客達の態度ときたら。まるで不幸か何かを食べているような、顔ばかり並んでいる。紙コップに入ったコーヒーを見つめる男など、まるで死ぬことを考えているような顔だ。汚れたスニーカーと裾の擦り切れたズボンは死に装束に相応しくないと、少年は思った。

「すみません」

 彼の足下にこの店の特別なメニューで付録に貰えるプラスチックの玩具が転がってきた。彼はそれを拾って、青い作業着の女に渡した。女は受け取って、また「すみません」と言った。もう既に退店した彼の連れの、さらに隣に座っていたらしい。女は胸ポケットに玩具を入れると店を出ていった。少年は一瞬、彼女の職場が何処にあるのかを想像し、そして、すぐに止めた。意味がない。

きぃええええええきぃえええええきききぃきききぃきぃえええええええええええ――。

 声は実に音速であり、まずその到達の方が速かった。彼は、悲鳴を聞いたのだった。

 なんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだ――。

 この店の支払い方法が前払いであることもあって、人々は次々と客席を立って店の前に出た。彼の目の前も、人垣のために通りの様子を見ることができなくなるほど。

 ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――。

 彼の視界はすぐに開けた。

 千代田区万世橋出張所の方から歩行者天国に侵入した4トントラックの一台が人々を跳ね飛ばしたからだった。

 人間の身体は硬く、重く、歩行者たちはそれぞれ一個の弾丸と化して通りに面した店の中へと飛び込んでいった。

 それは無論、彼のいるファストフード店も例外ではなく、人間弾頭の幾つかは店内の人々と激突することでようやく静止したものもあった。

 騒然とする店から通りへと出る。4トントラックのリヤナンバープレートが遠ざかっていくのを、彼は見た。

 結局、4トントラックは万世橋交差点までの570メートルを人間との衝突で減速しながらも走り抜き、そこで停車したのだった。

 サイレンと、ヘリのプロペラの回転音と、人々の悲鳴とが混ざり合って不協和音を奏でている。

 その不愉快さに、彼は顔を顰める。

 だが、どうしても聞きたい音声があったから、彼はその場に立ち続けた。

 ほどなくして、4トントラックの荷台、サイドドアとリヤドアが開き、目出し帽を被った黒装束の男たちが降りてくる。彼等の内の1人が「にんげんがり、の、じかん、だああああああああああ」と叫ぶ。鬨の声と自動小銃の連続した発砲音が続く。彼は聞きたいものが聞こえたこと、聞きたいものが街に拡がり始めたことの悦びに、歯を剥き出して笑う。

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