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エナメル靴の表面を滑るようにして触手の束が四恩の足を飲み込んでいく。
一本の柱のようにも見える触手の束は四恩の片足をその太腿まで飲み込んだ。彼女は膝を抱えるようにして、触手を引き剥がさそうと手を伸ばす。
だが彼が彼女の身体を頭上で振り回す方が早かった。
自分の運命を悟った四恩は、飛ばされそうになる帽子を両手で押さえた。それは同時に、頭部を守る姿勢でもあった。
弾丸のように吹き飛んでいく自分の身体を、四恩は見た。
彼女は今、彼の急造の複眼から世界を見ていた。
このまま地面に激突――他人事のように、未来予測。
「貴女、ああいうのと戦うプロフェッショナルなんでしょう?」
空中を飛ぶ四恩を抱きとめて、穏便に地面へ降ろしたのは東子だった。
背中と膝の裏に回された鋼鉄と人工皮膚で出来た腕の、頼もしさ。
「そう、なんですけど――今は、あの」
動揺して敬語など使ってしまう。
「今は何なの?」
東子、口角をあげて八重歯を見せる。悪戯を企む子どものよう笑顔。
「分子機械による身体拡張技術も先が思いやられるわね」
四恩の答えを聞くこともなく、東子は身体拡張技術の未来を予言した。その間にも身体拡張者は千の足を動かして――あるいは千の腕?――四恩と東子を追撃しようとしている。
四恩は東子の肩の向こうを指差して彼女に注意を促す。
「攻撃対象をコントロールできない兵器なんて、兵器と呼べるのかしら」
引き続き、分子機械による身体拡張技術を批評しつつ、東子は胸の前の手を真横へと大きく伸ばした。その動作の大仰さときたら、東子のシャツの張り詰める音を四恩に聞かせるほど。
それこそが、鋼鉄の騎士たちへ指示するための動作――墓荒らしを終えて沈黙していたはずの油圧ショベルの二台が最短距離で触手の塊を挟撃し、押し潰した。
「あんなの、人間爆弾みたいなものじゃないの。貴女は?」
弾性限界を越えた肉が、骨が、筋肉が油圧ショベルの前面へこびりつくとともに、血液の数多が間欠泉のように空へと吹き上がる。
「どういう刺激で爆発するの?」
黒い革手袋に包まれた長い人差し指が、四恩の頬を突く。
「〈還相〉抑制剤を、投与されてる――から」
「なら、これは……」
いよいよ四恩は頬を引っ張られたので抵抗し、東子から距離を取った。見つめ合う2人。東子の微細な肩の揺れに、四恩も少し、目を細めてしまう。
背後では、油圧ショベルに潰された身体拡張者を源泉とする血の河が流れ始めているのを、四恩は景色から完全に捨象していた。
たまには――同年代の子と話す機会があっても、いいはず。
〈攻撃対象のコントロールだなんて、大量破壊兵器の発明以降は、プロパガンダ上でしか問題にならないよ。それに、対テロ戦争のために生じた不適切な死者すなわちテロリストではないとされる死者は常に精密誘導の努力の上で生じた《誤射》や《誤爆》として処理されるからね〉
三縁の衒学的で長々とした言葉に、四恩は溜息すらつきそうになるが、彼の言葉には続きがあった。
〈なにより、《分子機械》による身体拡張技術の強みは、ほぼ訓練を必要としないこと、そしてその再生力だ。ちゃんと警戒してね。何も終わっていないよ。ほら――〉
四恩と東子は殆ど同時に、同じ方向へと目を向けた。
数十の墓を掘り返し、身体拡張者を挟み潰し、大活躍した油圧ショベルが今、彼女のたちの眼前で、墓苑の彼方にまで弾けて飛んでいった。それは、ほぼ地面に水平に近い軌道だった。美しい、と四恩は思った。
次いで、彼女たちが見たのは刹那の間に生成された肉の柱だった。三縁の指摘の通りだ。〈還相〉の〈バーストゾーン〉は、その宿主が油圧ショベルに追突され、潰され、抉られた程度は止まらない。止められない。
触手は今やさらに無数の細根にまで分化し、周囲に飛び散った血と肉とを分解して、質量保存の法則が巨大化を許す程度を拡大しようとしている。
空に目指しては重力に敗北し崩れていく肉の柱は、しかし、絶え間のない生成変化のために今や手のようにも見える部位や足のようにも見える部位を形成しつつある。
四恩は東子を見た。
分子機械による身体拡張を冷静に批判しつつ、打開案を出すことを期待して。
しかし、東子こそが先に四恩を見ていた。
目を合わせてすぐ、2人は戦線からの離脱を決めた。
走り出す少女たち。
そして、墓苑の外部の存在を告げるサイレン。
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