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 そして大半の土葬「希望」者は身体拡張者である。となれば、身体拡張者の遺体を調べるのが当然だろう。とはいえ、東堂はただそれだけ、シリアに派遣され棺桶で帰還した身体拡張者の墓ということ以上に、調査対象を絞ることができていない。

〈それで、奥崎くんの墓を掘り返してもらいたいんだ。構わないだろう? いや、もう乗り気なんだろう、君は?〉

「〈137〉の子たちの墓を掘り返してみたいとは思っていたわ。身寄りがなく、例外なく国立墓地に葬られる〈137〉の子たちの棺桶以上に便利なコンテナはないから。でも許可が降りないのよ。降りるわけない。だって……」

〈今なら降りるよ。《137》の高度身体拡張者が立ち会っているのだもの。官僚機構の特徴は書類による支配だ。書類さえ揃っていれば、万事がオーケーになる。それさえ満たしていれば、オーケーを出す人間の責任が問われることはないからね。『私は命令に従っただけだ』〉

「それを言った人は絞首刑になったけど?」

〈あの人の場合は、所属していた官僚機構が崩壊していたんだよ〉

 東堂、墓石を見下ろす。凝視。穴でも開けようとするような。あるいは、目を開いたままの黙祷――?

「降りた……」

 呟いて、東堂は目を閉じた。スマートレティーナ以上の、より高度の通信装置を東堂はその小さな頭のなかに詰め込んでいることが、四恩にはわかった。東堂は会話している間に書類を書き上げ、四恩がすぐ側にいることを証明し、それを関係各省に送ったのだ。

 その仕事の早さと許可の速さとに驚愕しつつ、四恩は東堂の膝の横に下がる両手を見た。その指は人形師のように素早く動いていた。それは一般建設機械に対する指示であり、彼等は――彼等は、機械の姫の指先に従って動き始めた。油圧ショベルが正確な動きでその爪を墓石の端にかける。

「なんだか、嫌な予感がするのだけど」

 手のひらを頬に触れさせながら、東堂が四恩に流し目を送った。一瞬の心臓の高鳴り。四恩は平静を装って、あるいは装うために「なぜ」とだけ言った。

「〈137〉がその組織全体で不正蓄財に関わっていたという証拠を握ったりしないわよね?」

〈可能性は、常にある。エヴェレットの多世界解釈に拠れば――〉

〈貴方、冷却液にアルコールでも入れられたの?〉

〈その可能性も、常にある。君は何を怖じ気付いているの? そもそも君の見立ては?〉

〈反粛軍派の一派が……〉

〈なるほど。それならば、君は真実に辿り着いた後も粛軍派のおかげで生き残ることができるということだね〉

〈……そうね〉

〈なら、何の問題がある? 君は既に根回しを済ませているからこそ、仲間の墓荒らしをできていたのだろう?〉

 四恩は寒気を感じた。眉間に皺を寄せ始めた東堂から遠くの空へと視線を移動する。三縁の口調に、〈137〉司令官岩井悦朗との面談を想起していた。命令ではなく、同意を求めるコミュニケーション――。

〈『洗脳が上手い人ってのはつまり、能動―受動的な命令じゃなくて、あたかもその人自身の内側から発しているように思わせる中動態的な命令ができる人なんだろう』ね〉――三縁が四恩にだけ、音声を送ってきた。

 楽しそうな、三縁の声。共犯者にでも話すような……。

「私はね、お金が欲しいの。それだけなのよ。派閥抗争も、貴方の言う真実も、どうでもいいわ。私はお金が欲しいの。お金だけが私から死を遠ざけてくれるのだから」

〈死を遠ざけることはできないよ。始皇帝すら、できなかった〉

 三縁が東堂を挑発しているのが、四恩にはわかった。傍観者であろうとした彼女だが、状況は中立を許さない。東堂は四恩の両肩を掴んで、スマートレティーナ越しに三縁を睨んでいたからだ。

「三縁。貴方、私を挑発しているんでしょう? それで私を操作しようという、そういう腹なんでしょう?」

 東堂の両腕は、明らかに少女の腕の重さではなかった。その細さも、その長さも、彼女の体重の軽さを予期させるものだったが、しかし、実際にはまるで鋼鉄のような重さがある。

「鋼鉄のように重いでしょう? 鋼鉄なのよ。私の身体はお金がかかるの、鋼鉄だから。私は煙草を食べることができるし、煙草の煮汁だって飲めるけど、この身体は通常の人間身体が半世紀以上保つのに比べて、あまりにも短い間しか維持することができない。OSのアップグレードのために動作が重くなって捨てられるPCのように、私の身体も常に捨てなくてはならないものとして、ある。でも、捨てるためには買い替えが必要よ。私はね、自分で自分を買い替えることができるだけのお金が欲しいの」

 彼女の身体が、政治的に敗北した身体拡張技術――今日では身体拡張技術の名をすら持たない技術の内の一つ、〈義体〉であることを四恩ははっきりと、今、理解した。少なくとも東堂の両腕は機械化されているはずだ。四恩が先天性四肢障害児であり、〈還相〉によって新たに四肢を再構築したように、東堂もまた、機械によって両腕を、恐らくは全身を再構築したのだ――。

 四恩は彼女の両手を取って、胸の前で握った。それが自発的な行為なのか、あるいは「中動態的な洗脳」に拠るものなのかは、わからなかった。

「大丈夫――これで……」

 これで?

〈これで東堂さんも知っているように、それぞれ独立した事象と思われていたテロ事件も東京連続テロ事件である可能性が誰にとっても明らかになり、私は《137》で然るべき評価を受けることになる。そして、それは当然、東堂さんにも波及効果がある。強請りの真似なんていう、危ない話を渡る必要はない〉

 三縁の、再びの四恩にだけの音声通信。

「これで東堂さんも知っているように、それぞれ独立した事象と思われていたテロ事件も東京連続テロ事件である可能性が誰にとっても明らかになり、私は《137》で然るべき評価を受けることになる。そして、それは当然、東堂さんにも波及効果がある。強請りの真似なんていう、危ない話を渡る必要はない」

 三縁の言ったことを、四恩は一気呵成に復唱した。東堂は目を丸くして四恩を見つめていた。

「東子でいいわよ」

 東子がそう言ったのを合図に、油圧ショベルのアタッチメントが墓石を地面から剥ぎ取った。彼女の手際は実に見事で、さらに二台の同型機械が加勢し、殆ど瞬きの間に、四恩は奥崎謙一の遺体の入っているとされる棺桶の表面を見た。

 見て、後ろを振り返った。銃声を、聞いた。それから、遅れて悲鳴と怒声。四恩は既視感を覚えた。

 彼女の発達した網膜と光学操作能力による複眼的観察の結果、見えたのは墓苑の参拝者に銃口を向けながらカラシニコフ自動小銃近代化モデルの引き金を引く、黒いネクタイに黒いスーツの三人の男性だった。

 テロ――!

〈何が起きてるの?〉

〈通り魔事件とか、ホームグロウン・テロリズムとか呼ばれる事象かな〉

〈偶然よね……?〉

 東子は四恩を見ながら、言った。

〈歴史は偶発的なものだからね。社会の外側から社会を観察できると強弁する者にとっては、歴史は必然的なのだろうけど――〉

〈三縁、やめて。なんだか―—イライラ、する。したくないから、やめて〉

〈そうなの! そうなのよ! 昔から〉

 棺桶が墓穴から引き揚げられ、四恩の目の前に降りた。東子はさらに油圧ショベルによる開封を実行しつつ、腰に巻いていたガンホルダーから小型拳銃を抜き、黒服の男たちに向けていた。四恩は交差する8つの視線がそれぞれ網膜に何を集光しているのか感覚しつつ、開かれていく棺桶を見た。

「止まれ!」

 東子の警告にも男たちの足取りは止まることがない。それぞれ、東子と四恩の首と足下を見ているのを、四恩は感覚した。殺し合いが、どうしてもしたいようだった。それはなるほどホームグロウン・テロリズムにしては、あまりにもターゲットの範囲の狭いことを伺わせた。

 棺桶の蓋が完全に取り払われ、ついに四恩はその中身を見た。

 果たして、棺桶の中にはただ虚無だけが入っており、奥崎を偲ばせるいかなる物もそこには無かった。

 その意味するところ――奥崎の生きている可能性。

「偶然よね?」

 自分に言い聞かせるように呟く東子の目に入る光を感覚することで、四恩は黒服の男の1人が、自分の両目に両人差し指を突き刺す瞬間を観察した。

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