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 巨大な一枚岩が駐車場から墓苑内へと続く小道の脇に置かれている。その岩には、ただ墓苑の中心にある本殿と土葬区画の位置関係、そしてどのような条件を満たした愛国者だけがこの墓地に入ることができるか、という条件に関する事項だけが書かれていた。スマートレティーナに追加情報を表示するという機能も、ないようだ。ミニマリズムが徹底されている。

 小道に入れば、空間を節約する必要からか、ただちに四恩の左右に彼女のちょうど半分ほどの石塔が並び始めた。その列は実に夥しいものであり、世界の果てにまで続いているような、そんな錯覚さえ許す。地面を固定するよう釘のようにも見えるそれらが、墓石なのだった。その少ない表面積には、自身のすぐ下に埋まっている死者の固有名と背没年とが短く彫り込まれているはずだった。

 黙したまま、何も語らぬ喪服の一群が幾度も四恩をその内部に吸い込んでは、吐き出した。それは墓苑に参拝する人々であり、あるいは参拝を終えた人々だった。中には四恩が尉官相当の人間であることがスマートレティーナに表示されたのか、敬礼する人もあったが、それよりも墓苑でコスチューム・プレイに興じているようにしか見えない彼女への厳しい視線を、彼女は感じた。

 四恩の会うべき人間が何処にいるのかは、すぐにわかった。雑多なリース会社から集めたと思しき、種々のカラーリングの建設用機械が土葬区画に並んでいた。油圧ショベルなど、今まさに稼働中であり、墓を掘り返している。

 自動運転技術は一般建設機械にまでその適用の範囲を拡げており、この墓苑で動いている機械もまた、例外ではなかった。墓を掘り返す油圧ショベルのすぐ横、女性が1人、立っていた。たぶん、十代、……後半――少しだけ、年上。

 そのことを認めたと同時、スマートレティーナが彼女の骨格と瞳から彼女の軍属としての情報を割り出し、その顔を収める四恩の視界に,半透明の画像で表示した。

――憲兵伍長、東堂東子。上野分隊。

〈上野?〉

〈台東区。この前、行った池袋のすぐ近くだよ〉

 上野分隊の東堂がここにいることも、しかし彼女の服装に比べられば驚く必要のない事柄のように思えてくる。彼女はチェック柄のスカートに、黒いセーターを着ている。スマートレティーナの情報支援がなければ――丸っきり高校生の女の子。

 彼女の人差し指が小さく上下左右動くたび、油圧ショベルもその豪腕を上下左右に動かす。どうやら彼女が遠隔操作しているようだ。

〈四恩ちゃん、まずは挨拶を。こちらに敵対する意志のないことを示すんだ。挨拶は相互行為の基本だよ〉

〈それから――〉

〈天気の話でもしたら?〉

 四恩のエナメル靴の踵が地面を鳴らし、東堂は彼女を見る。スマートレティーナに四恩の情報が表示されているはずだ。そして、それは実際、表示されていたのだろう。東堂は手のひらを四恩に示して、その開きかけた口を今一度閉ざさせた。四恩は東堂が革の手袋をしていることに、この時、初めて気づいた。

 その手のひらが地面と水平になった時、もう一台の油圧ショベルがその腕を墓苑に空いた巨大な穴の中へと伸ばした。油圧ショベルが先端のアタッチメントで握りつぶすようにしながら穴から持ち上げたのは鋼鉄製の重厚な棺桶だった。一目で、身体拡張者の軍属の永遠の寝床であろうとわかる、代物。四隅が大きな螺で締めてある。

 棺桶は四恩と東堂との間に置かれた。四恩はやはり天気の話をしようと口を開こうとした。だがその前に、東堂の革手袋に包まれた、小さな手が棺桶の蓋の端を掴むと、そのまま、それを引き剥がしたのだった。実に、細い腕の僅かの震えだけが、東堂の支払ったコストのように見えた。

 同時、独特の、口内に酸味を喚起するような臭いが四恩の鼻孔を満たした。棺桶内に赤黒い液体が溜まっているのを、彼女は見た。それが、身体拡張者の末路だった。恐らくは最も幸福に死ぬことのできた身体拡張者の、これが、末路だった。

 分子機械〈還相〉は宿主の死とともに、自らの生存の蓋然性を高めようと宿主と構造的にカップリングしている間には見られなかったような大規模な分裂を開始する。それは宿主の死を否定しようとする虚しい抵抗であると同時に、新たな生存様式を生み出す機会を増やそうという抵抗でもある。その抵抗が成功し、感染性を獲得するような事例は確認されていない。ただ、その後に、すっかりデオキシリボ核酸による論理回路が壊れた〈還相〉と、一連の抵抗のための資源として消費されて分解した宿主の肉体が液状化して残る、のみ。

 液体の向こう、棺桶の底、IDタグとは別にネックレスが沈んでいる。それだけが、液体の由来を偲ばせた。

 溜息が、聞こえた。東堂が、液体を見下ろしながら、小さく溜息をついたのだった。彼女はまた何処にも力を入れることなく、棺桶の蓋を元に戻した。

「こんなことを――」

 言いながら、彼女はスカートのポケットから、銀のシガレットケースを取り出した。四恩は彼女の高校生のような身なりと、シガレットケースに並ぶ葉巻の太さとの対照に、目眩を覚えた。

「もう三十回もやってる……」

 さらに東堂はジッポライターを取り出す。その表面にチェ・ゲバラのアイコンの彫り込まれていることに、四恩は気づいた。

「掘り返して、棺桶を開けて、埋葬時のデータと照合。掘り返して、棺桶を開けて、埋葬時のデータと照合。掘り返して……飽きてきた」

 目を閉じた東堂の、艶のある唇の間に葉巻が挿入されていく。ジッポライターの小気味よい開閉音が鳴り、四恩はようやく話すタイミングを得た。

「ここ、禁煙――」

「それって、〈137〉の制服なの?」

「ん――」

「おっさんの性欲を着て歩いているのね、貴女は」

「ん――?」

 貴女は何を着て歩いているの、と短いスカートの東堂に言おうするが、彼女が咥えていた葉巻を手に取り、今度はその点火された部分を口の中に入れるに及び、四恩は息を飲んでしまった。

「ここ、禁煙なんでしょう?」

 四恩が頷くと、さらに東子はそのまま葉巻を咀嚼した。唇を指先で閉じ、少し上を見ながら、微笑する東堂。――挑発?

「わたし、貴女のこと、嫌い。〈137〉の子達が、嫌いなの。でも本当に、この作業には飽きてきたし、三縁が、貴女ならこれを終わらせることができるって言うから、仕方なく会うことにしたというわけ」

「なんの、はなし――?」

「貴女、面白いわね。少し評価を修正するわね。〈137〉の子にしては、愚鈍そうで、面白いわ。でもなんか見ててイライラする。三縁、彼女のスマートレティーナ越しに、見ているんでしょう? チャンネルを開いてくれる? この子にちゃんと説明して上げるけど、貴方がフォローしなさい」

 そう言うと、東堂は肩に触れた毛の一房を払った。その動作が一個の命令であることを、棺桶の穴の中に戻す油圧ショベルと、その上に土をかけていく油圧ショベルの見事な共同作業が示した。

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