2-1-2-1 第三の攻撃――越生

 自動運転車はディープラーニングの成果と三縁の指示に基づいて、入間郡越生町へと四恩を運んでいた。越生町には国立越生墓地があり、その墓地こそ、〈137〉の高度身体拡張者の児童たちが死亡した場合に例外なく埋められる墓地だったから。しかし、もしも死亡したとされている者が死亡していなかったのなら――? 例えば、奥崎謙一は――。

 四恩は外の風景へ集中することにした。全ては、墓を掘り返せばわかることだ。そして四恩には墓掘り人に、当てがあった。とはいえ、それも三縁の紹介だが――。四恩は自動人間の悲哀について、少し夢想してから、外の風景へと意識を傾注することに努めた。

 連合国軍最高司令官総司令部より神道指令が下され、靖国神社が民間の一宗教法人となって以来、戦後日本はしばらく国立の恒久的な戦没者追悼施設というものを持つことがなかった。国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑、国立沖縄戦没者墓苑などが設置されはしたが、しかしそれらの墓苑は政府主催の戦没者追悼式が定期的に開かれるような地位にはなかった。決して、かつての靖国神社を代替しうるような機能は有していなかった。この「問題」は、自衛隊の大規模な殉職者が生じなかったという政治状況もあり、小泉純一郎政権下で「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」が組織されて以降は政治課題に上ることもなかった。

 状況が変わったのは東京オリンピック連続テロ事件以降である。テロ事件の犠牲者を戦没者とする方向で議論が進んだのだ。それは、そう、論理的帰結だ――。東京オリンピック連続殺人事件が東京オリンピック連続テロ事件と再解釈され、ついには軍事行動の根拠となったのだから。ならば、その最初の被害者は戦争の犠牲者すなわち戦没者に他ならない――。

 この新しい戦争の新しい戦没者たち、その中でも特に身元不明の遺体を対テロ戦争の全戦没者の象徴と定められ、その収容のために埼玉県入間郡越生町に国立越生墓地が建設された。

 それはかつて、吉田茂内閣で閣議決定された「無名戦没者の墓(仮称)の建設」を受けて、埼玉県知事が墓を誘致した場所でもあった。

 国立越生墓地は対テロ戦争が中東での白兵戦をも意味するようになってからというもの巨大化を続けており、〈137〉の高度身体拡張者の児童たちも死亡するとそこに葬られることになった。アーリントン国立墓地のように越生墓地には常に自衛軍兵士が警護しており、その身体が機密情報の塊である高度身体拡張者を収納しておくには、これほど便利な場所はないからだ。

 街の風景に見るべきものは何もなかった。「なにもない」だけが――あった。基地の外にこんな風景ばかりが拡がっているなら、四恩は基地の内で生じた感情を肯定できない。それが四恩に眼を開かせた。だがやはり、あるのは、朽ち果てた空き家と外国資本のコンビニエンスストアの数軒、それにパチンコ屋ぐらいのものだった。

〈つまらない?〉

〈ん――〉

〈グローバル経済は都市への一切の財の集中を要求するからね。『地方』は、みんなこんな感じだよ〉

 地方が『みんなこんな感じ』で、都市では身体拡張者が社会への憎悪からバーストゾーンの輪郭をなぞって暮らしているとしたら、一体何によって基地の内と外を区別すればよいのか。四恩は自動運転車の狭さが気になり出した。足を組む。腕を組む。組んだ足を解く。組んだ腕を解く。強化ガラスに息を吹きかける。曇る。手袋に包まれた指で、曇りを拭い取る。

〈音楽でもかけようか?〉

〈いら――ない〉

〈も、もうすぐだからね。すぐ着くからね〉

 都市も地方も関係なく、三縁のホスピタリティに期待して、その期待への裏切りに苛立っているのかも知れない、と四恩は思い直した。三縁の吃りを、四恩は愉快に感じた。

〈コンビニ、いって、みたい〉

〈コンビニ? なんで? はやく墓地に行こうよ。どういう結果であれ、一度基地に戻らないといけないんだよ〉

〈買い物――したこと、ないから〉

〈そっかぁ……。うぅ、でも〉と声量を落とす三縁すなわち予期どおりの反応。

〈それにトイレも――〉

〈トイレ〉

〈トイレのときも、同期――する?〉

 四恩、自分の瞳を指差す。彼女の網膜上にスマートレティーナが展開している今、彼女の視界は、そのまま三縁の視界でもある。

〈ままま、まさか。そんな馬鹿な〉

〈見たく――ないの?〉

〈……何を?〉

〈聴きたく、ない、の?〉

〈だから何を?〉と声量を上げる三縁すなわち予期どおりの反応。

〈三縁、いま――わたし、すごい、楽しいよ〉

〈ぼくに身体があればね、もっとホスピタリティを発揮できたのにね〉

 自分と一緒に共犯関係を結んでくれた彼のことを、全然知らないということに四恩はあらためて思いを致した。何が彼のどの琴線に触れるのか、全くわからない。彼の沈んだ声が、彼自身への呪いなのか、あるいは別の何かなのかすら、想像することをさえできない。

〈み、三縁は――どうしたい?〉と、今度は彼女が吃る番だった。

〈君がお手洗いに行く間は同期しないようにしたいなぁ〉

〈ちがう、この、事件を解決したら――〉

〈君はどうしたいの? 名前を尋ねる前に名乗らないとね〉

〈わたしは――わたしは、真実を明らかに、して、それで、返り咲く。最上階の、角部屋。あと――高校に行って、あと、大学にも行く、それで――就職する〉

〈ぼくの望みも同じだよ。『これを最後に足を洗ってカタギの暮らしをする。楽しみだ。あんたと同じ人生さ。出世、家族、大型テレビ、洗濯機、車、CDプレーヤー、健康、低コレステロール、住宅ローン、マイホーム、おしゃれ、スーツとベスト、日曜大工、クイズ番組、公園の散歩、会社、ゴルフ、洗車、家族でクリスマス、年金、税金控除』〉

 三縁の早口な単語の列挙の背後に、何を読み取るべきなのか、四恩にはわからなかった。そして、その列挙された全てが、なるほど四恩の欲しい物であるのかも知れなかった。いや、もっと何か、もっと高尚な何かが――。彼女は押し黙って、三縁に解説を促した。だが彼はその後には、何も続けなかった。続けられなかった――? 彼女がどんな真実を掴み取って大人たちへの手土産にしたとしても、彼をあの地下の冷却プールから引き上げることにはならないだろう。だとすれば――三縁が協力してくれるのは、何故?

 恐らくは今考えうる唯一の味方の意図までをも分析し始めた彼女の不毛さに、三縁はこう言ったのだった。

〈四恩ちゃん、着いたよ〉

 春だったなら、四恩の視界を一面の桜の花が遮っていたはずだ。墓地全体を殆ど半周するようにして走る緩やかな坂の両脇には、桜並木がその枝を道路側にまで溢れさせて立っている。まるでトンネルのようなその道の終わりで、資力をそこまでの工程で使い果たしたのか、コンクリートに白線を引いただけの無骨な駐車場が待っている。

 そうして、その駐車場には参拝客の足と思しき乗用車の数は少なく、暗緑色迷彩のトラックの数台がその迷彩がゆえに迷彩となっておらず、これ見よがしに駐車しているのだから、ここはやはり四恩の来るべき場所に間違いがない。

 四恩は「兵憲」の腕章を引っ張って、その実在を確認した。それから、同じく「兵憲」の腕章をした者を探すべく、車を降りた。

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