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〈皆さん! 能力の使用は禁止! これ以上の室温の上昇は許しません! 警告!  警告!〉

 三縁が喚き続けている。四恩には嘆きとして、対峙する五人の少女たちには恐らく、将来の考査に関わる警告として聞こえているはず。必然、戦闘は徒手空拳になる。ポスト・ヒューマンたちの、原始的な喧嘩。

 加えて、高度身体拡張者を無力化する方法は二つしかない。

〈それゆえ軍は今、粛軍派と反粛軍派とに分断されています〉

 その高い再生能力でさえも処理できないほどに破壊するか、あるいは、脳を揺さぶること。揺さぶって、意識を奪うこと。

 元優等生を捕まえるために送り込まれた、現優等生たる小林小町の能力を四恩は信頼していた。だから、時間が生じた。脱いだスリッパを拾い上げて、そのまま振り返るだけの時間が。

 四恩は彼女の頭めがけて踵落としを試みる小町の姿を見た。その、ショートパンツを履いた、スカートの中まで。焦り。人を誤らせるのは、いつも、焦りだ。

〈二つの派閥は人事、ロビー活動等で小競り合いを続けてきました〉

 焦りが、こんな大技が決まると思わせる。その場で小さく横転。小町の踵が、床を砕く。〈やめてよお〉四恩は、水晶のように透き通った声の抗議を聴いた。

 砕けた床が小町の脚に一瞬、噛み付く。その一瞬が、四恩のもの。スリッパを持ったまま、大きく振りかぶる。レバレッジをかけた。刹那が永遠に近づくほどに。スリッパで小町の耳を横合いから叩く。小気味よい音の炸裂。小町の鼓膜が破れる。その痛みは弱く、彼女の目はまだ死んでいない。四恩を睨む。だが三半規管は? 小町の身体が揺れる。「還相」が作動し、鼓膜を直ちに修復したとしても、平衡感覚の喪失感そのものはどうしようもない。

〈だが、ここにきて粛軍派の大物が二人も死んでしまった。不幸にも、池袋と新宿の無差別テロ事件に巻き込まれて〉

 小町の身体に抱きついた四恩。突然の貧血に倒れかけた友人を介抱するような、その牧歌的な姿は瞬きの間のこと。四恩は小町の腹に膝蹴り、膝蹴り、膝蹴り。こんな蹴り方を、四恩はいじめられていた時に自分の身体で覚えていた。膝が鳩尾へ入り込む。横隔膜への刺激が、小町の呼吸を阻害する。涙目になった小町の顔と、四恩の顔とが近づく。まるで接吻する少女たちのような、有り様。その荷重に、四恩の素足を絡みつけられていた小町は絶えきれず、仰向けに倒れる。小町より速く、四恩は立ち上がった。片足で小町の喉を踏みながら。

〈それで連続殺人? 些か強引じゃないかと思うけど〉

〈強引というのは――えー、なんとお呼びしますか〉

〈三縁ちゃんでいいよ、無方くん〉

〈よろしくお願い致します、三縁ちゃんさん〉

 四恩と小町の顔を交互に見ている四人の少女。どうすればいいか、わからないといった様子。彼女たちの中で、先輩の体面と任務の遂行とが葛藤を起こしている。小町の体面を保持しつつ、任務を遂行する方法を考えあぐねて、次の一歩を躊躇している。だから四恩は持っていたスリッパを彼女たちの足下に投げつけた。手袋の代わりに――。

〈三縁ちゃんさん、強引というのはどういった理由で、ですか?〉

〈例えば池袋と新宿の両方で幾つかの大学の学生が死んでいるけど〉

 四人の少女たち、名乗ることもなく歩を進める。二人が四恩の前に立つ。その目は踏みつけられた先輩を見ることも、ない。

 そんなことを観察している間に、もう二人が四恩の背後を取っている。

〈しかし、そのような解釈の多様性こそが狙いであったとすれば?〉

〈誰の?〉

 踏み込む足音。四つ。その絶妙な重なりが、四恩に第一に到達する敵意を隠す。一撃を食らうことを覚悟し、既にその次にどうするかという未来まで見ていた四恩の視界を闇が覆い尽くした。互いに互いの意志を隠し、共同して獲物を狩ろうとする者たちの足並みが乱れる。人類史が闇を任意に追放できるようになった期間は、まだ百年程度のこと。それも極限られた層にだけ許された特権としての、光。本能に刻まれた恐怖が、4対1の優位をさえ、彼女たちに忘却させていた。

〈高度身体拡張者を秘密裏に帰国させ、そのまま国内で活動することができるように支援することのできる勢力の〉

 光が世に来ているのに、後ろめたい人々は光を憎み、闇を愛した。紀元前から一貫した人間たちの行動様式。それを四恩は、体感した。体で感じた。この、安堵感。赤外線の分布を感覚し、相手を一方的に観察することの、安堵感。小町の喉から足を降ろす。げえええ。小町の呻き声。大丈夫ですか! と叫ぶ少女たち。

 赤外線の分布が大きく乱れる。一人の少女の手が高熱を帯びていくのを、ついに肌で理解する。それから、目で。彼女の体表面上の老廃物が燃え上がっていくのが見える。便利な能力だな、と四恩は思う。

 鋼鉄の壁から鋼鉄の円盤をくり抜くことのできる力が、今、四恩の前で現象しているのだった。

 おちつけおちつけおちつけ――。

 殆ど泣きながら、小町が繰り返す。消化と冷却を兼ねた冷たい水が降り注ぎ始める。小町の声を掻き消す。

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