1-4-4-2

〈貴女は私に協力するより他には、ないわけだ。貴女に技術協力した方も同様ですね。結構。いや、素晴らしいことだ。私もいつテロ犠牲者の統計数字に変換されるかもわからない身ですからね〉

「よ――」

〈『賢い人は葉をどこへ隠す? 森の中だ。森がない時は、自分で森を作る。一枚の枯れ葉を隠したいと願う者は、枯れ葉の林をこしらえあげるだろう。死体を隠したいと思う者は、死体の山をこしらえてそれを隠すだろう』。無差別テロが死体の山をこしらえ、要人暗殺の犠牲者はその中に隠れてしまった。そういうことです。つまり、池袋も、新宿も、ホームグロウン・テロリズムであるとか、貧窮して発狂した帰還兵の無差別テロなどではないのです。あるいは、彼等の主観ではそうだったかも知れませんが。両事件とも被害者に――〉

 にゅわわんにゅわわんにゅわにゅわわんわんにゅわにゅわにゅわわんにゅわわんわん――。

 部屋の扉を封印していた鋼鉄の壁に、橙色の円が描かれた。その色は、高熱による鋼鉄の変化のために生じた色であり、すなわち、壁が円形にくり抜かれることの予告だ。

〈粛軍派の大物を含んでいます〉

「粛軍派?」

 武野の顔を写したスクリーンは何処かへと消えて、今はただ彼の声が部屋に響くのみ。三縁の気遣い、あるいは忠告――戦闘になるかもね。壁からくり抜かれた鋼鉄の円盤が床に落ちる。

 ごううんごううんごうんごうん――。

〈137〉の白い制服姿の少女たちがまだ熱の残る鋼鉄の輪を潜って部屋に入ってくる。数は五人。二人、応援が来たようだった。最も四恩に近づいている少女を真ん中にして、横隊を組む。全員、腕を組んだり、脚を交差させたり、緊張感のない様子。数の優位の魔法を、四恩は感じる。立ち上がって、横隊中央の少女を見る。彼女は頬の肉を僅かに動かしてから、組んでいた腕を解いて、背中へ。四恩と少女、見つめ合う。

〈軍の規律を粛清することを目指す一派、すなわち粛軍派です。粛軍というのは、元々2.26事件直後に統制派が皇道派を粛清した時に頻繁に使われた言葉のようですが、現代用語としては軍の合理化を目指す派閥のことです〉

「おい、これ喋ってるの誰だ」

 少女が四恩を睨んだまま、言った。

「あなたは――誰」

 四恩、尋ねる。

「『あな、たは、だ、れ』」

 少女、四恩の言葉を繰り返す。

 少女の両隣に並んだ四人、口元を隠しながら、笑う。それで、四恩は今のが自分の真似であったと気づく。

「はっきり喋れや。声がちいせえし」

〈イスラーム・ユニオンの成立により、軍の合理化は不可避の情勢です。イスラーム過激派の討伐を根拠に予算の獲得を訴えることは難しくなってくる。先進諸国がいずれも出口戦略を発表している、この政治状況ではね。中東とアフリカで実戦経験を積んだ大部隊が全て日本列島に戻ってきますが、これを養う目処は立っていません〉

 少女たちの緊迫した状況など、武野には講釈を止める理由にはならないらしい。

「小林小町」

 短く、少女が言った。それが名前とわかる間に、四恩はたっぷり三回は瞬いた。

「喋っているのは――内務省の、官僚の、人」

「『ないむ、しょ、の、かん、りょ』か。そうか。だが、私達はお前と彼とのやり取りについて、何も知らない。状況の変化を関知しない。私達は私達の任務を実行するだけだ。それだけが私達の状況へのコミットの方法なのだから。わかるだろう? かつては優等生だった、お前にも」

 四恩、頷く。五人の少女たち、背筋を伸ばし、顎を引く。互いの間隔を広く取る。規律訓練の行き届いた姿を、四恩は美しいと思った。

〈それどころか、北京とワシントンから警告を受けている。日本列島に、かつての帝国軍を思わせるほどの軍隊が突然に現れることになりますからね。中国軍は負担の増大を恐れ、在日米軍はプレゼンスの低下を恐れている。自衛隊は在日米軍の哨戒任務補完部隊だったが、自衛軍はそうではなくなりつつあり、今度の撤兵で完全にそうではなくなる。それは許容できない、というわけです〉

 たったの三歩。それだけで小町は距離を詰め、四恩の懐に潜りこんでいた。

 潜る? いや――いや――。四恩、距離を取る。

 小町、右の膝蹴り。四恩、片手でそれを防ぐ。急接近する二人の顔。

 膝を持ち上げるために伸び切った、左足首に蹴りを入れる。小さな力。だが小町が転倒するには、十分に過ぎる。

 姿勢を崩した小町、横倒し。とは、ならない。片手で自分の身体を支える。手首と肘と肩のコラボレーションが彼女の身体を回転させる。姿勢の修正――片膝で立つ――そのままもう片方の脚を回転――振り子のようにして四恩の足下へとエナメル靴の踵が迫る。四恩は自分が裸足であることを思い出す。

 エナメルの鍔付き帽子を被った小町の頭に手を載せる。後は側転の要領。マット運動は嫌いだったが、何ごとも経験だなと四恩は思う。硬い床から頭を守りつつ前転。目的の物がもう目の前。手にとって、振り返る。それだけの時間はある。何故なら――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る