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 本部長との面談の後、宿舎に向かうと、正面玄関の脇に歩哨とは別に二人の男が立っていた。 

 一人は軍服を着た男だったが、スマートレティーナを装備していない今、階級章と階級章が指示する階級の関係を覚える気のない四恩には、どういう階級の人間なのかさっぱりわからない。そもそも、一個の兵器たる彼女にはどんな階級の人間に敬礼する義務もなかった。

 もう一人は黒い背広に、縁無しの眼鏡の男だ。身長は間違いなく四恩の1.5倍以上あるが、痩身で撫で肩であるために、2倍にも、3倍にも感じられる。

 四恩の抱いた印象――ナナフシ、あるいはマッチ棒。

 正面玄関を通り抜けようと、貫頭衣の胸ポケットから自分のIDカードを取り出そうとする四恩に近づいてきたのはナナフシの方だ。

「四宮四恩さん、ですね」

 四恩を見下ろすために目を動かした他は、どんな表情の変化もなくナナフシは言った。

 印象の修正――ナナフシ型ロボット。

「あ――」

「わたしは内務省特別査察局の武野無方むのむほうです」

「む――」

「いえ、法が無いのではなく、方角が無い。全方位に開かれた者になれと、両親がつけてくれました」

「め――」

「名刺はどのみち没収されてしまうでしょう。資源の無駄だ」

「そ――」

「無理もありません。特別査察局はキャリアの墓場と言われています」

 尋ねる前から武野は答えていく。時間という獣に尻の肉でも喰われているような切迫感が、彼にはあった。顔面の筋肉の硬直とは裏腹に。無理もない――。彼の後ろでは、軍服の男が武野の後頭部と自分の腕時計とを交互に見ているのだから。

「私から、貴女に質問を。池袋の一件、何か変わったことはありませんでしたか?」

 瞬間、四恩の頭の中を駆け巡る、幾つかの「変わったこと」。水青のもとに支援へ行くように指示のあったこと。支援など必要のない水青を支援している間に、あれだけ優秀かつ有能な結乃が、呆気なく殺されてしまったこと。それから――テロリストたちから「接収」した本に、あの人の痕跡と思しきものがあったこと。

 結乃だって呆気なく殺すことのできる、最強の高度身体拡張者の「あの人」の――。

「なにも――」

 本部長の命令を実行すべく、四恩は歴史を修正した。

「そうですか。ところで、御厨水青さんは私に協力を約束し、快く池袋の事件とこれまでの事件の差異について話してくれました」

 ちっ。

 武野の後ろに立っていた軍服の男が大きな音をたてて、舌打ちした。この場の全員に聞かせるべく、そうしたのがわかった。特に、四恩に聞かせるべく。彼の舌打ちの意味――「内務官僚との取引など、137の高度身体拡張者には分不相応だ」。彼女は「わたしも協力する――」と動きそうな舌を鎮圧するため、歯を食いしばる。そう言わなければ水青の行動を否定することになり、水青を一人で戦わせることになるという意識と、そう言ったならば今の生活とそして未来の生活とを失うことになるという意識の相克が歯ぎしりになって表れた。

 だが目の前の少女の歯ぎしりにも、背後の男の舌打ちによっても、武野の態度にはいかなる変化もない。豪胆なのか、耳が悪いのか、鈍感なのか。

「現場を何度も直接に経験されている御厨さんの証言と分析は信頼できます。彼女が言っていた、顕著な差異は三点」

 指を三本立てる。

 一本目。

「一人の高度身体拡張者の児童が危機に陥っているはずの時間に、その他の高度身体拡張者の不自然な集合があったということ」

 二本目。

「御厨さんと同様、幾度も現場を経験されている優秀かつ有能な高度身体拡張者の結城結乃さんが危機に陥り、ついには『汎用型の廉価な身体拡張者の如きに』……これは御厨さんの表現です……殺されたということ」

 三本目。

「同じく現場に出ていた高度身体拡張者の四宮四恩さんが、テロリストから接収した物品に対し、あたかも、『軍に入る前に乳繰り合っていた男子のことを思い出したような』……これも御厨さんの表現です……言動をとったということ」

 全ての指が降りると、その手自体も降りた。四恩は武野の手が腿の横に移動する軌道の観察に集中しようとした。水青が、四恩が修正しようとした歴史を全て、この部外者に話していたからだ。保身も何も、考えることなく。自分自身を修正したいという思いが、手のひらの汗として流れる。それに、そう――乳繰り合っていたという表現。

 あの少年との短い日々へと観念の連合が届く前に、四恩は、「私は御厨さんの真実を求める誠実な態度に報いるべく、彼女に捜査官の身分を用意しました」という武野の言葉を聞いた。

 捜査官の、身分――? もしもそんなものが与えられるとすれば、それこそ、基地の外へ出るための可能性では――?

 お前が用意したんじゃねぇだろぉ、という唸るような声が武野の背後に聞こえた。

「内務省の――?」

「いえ、防衛省です。彼女には憲兵の身分が与えられます。とはいえ、期間の定められたものですが。どうしてこの男にそんなことが可能なのか、という顔ですね」

 言われて、手のひらで顔の半分を隠す。触る。どういう顔――?

「『人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。何かを得るためには、それと同等の代価が必要になる』。漫画はお読みにならないのですか? 漫画は読んだほうがいい。私が捜査から身を引く代わりに、御厨さんが捜査官となります」

 私が捜査から――。そう、彼もまた何かの捜査のために、こうして池袋の件で現場に出ていた高度身体拡張者の少女たちに、話を聞いて回っている。でも、何かって何—―?

 そもそも彼がここに、この基地の中にいて、高度身体拡張者の一人である四宮四恩と話しているというのは、全くの異常事態だった。

 対テロリズムに関して、内務省の出る幕は殆どなかった。警察機構は軍事機構に、成長の見込みある分野の利権を奪われたのだ。それも致し方のないこと。東京オリンピックで圧力鍋爆弾が炸裂し、人肉の花が咲き乱れた時より前、日本にはアメリカのCIAに相当する情報機関はなく、さらにそれ以後、テロリズムの主力が身体拡張者となったことで、対テロリズム活動を実施できる主体としてまず期待できるのは充分に武装された集団すなわち旧自衛隊より他にはなかったのだから。内務省は国内軍創設に向けて永田町を走り回っているとも言われているが、現在進行しているのは、軍隊の警察化であり、内務省の弱体化だ。自衛軍は憲兵隊を作り、「テロ事件」の捜査部門まで備えていた。

 池袋の一件はただの一人の実行犯の逃亡も許さずに「無力化」済み。また背後関係についても、彼等は派遣先が同じであったために一時的な「憎悪の共同体」とでも言うべきものを構成しただけであり、どんな国際テロ組織との繋がりもない。以上、終了。これが、軍が警察に無駄な予算を使わせないよう「助言」する際に教える、調査報告の結論――。

 その対テロリズムの専門家である軍人たちの言説に、武野は異議があるのか、あるいは別の解釈があるらしい。それで、こうして聞き込みをしている。

 聞き込みは功を奏し、彼は水青と出会う。水青も、彼と同様に、しかし違う切り口で事件への疑問を口にする。彼は水青に価値を感じる。軍の外にあり、婉曲な方法で捜査を妨害される自分よりも、軍の内にあり、義憤の炎の後ろに微かな野望を隠した少女に――。

 軍もまた、水青の方が御しやすいと考え、これを快諾する。

 御しやすい――どのように?

「私は今回の一件を、軍が考えるような意味での『テロ』とは考えておらず、それゆえ独自に捜査をしていました」

 武野、無表情な爆弾発言。

「どういう意味で『テロ』――?」

 四恩、果敢な質問。

「要人暗殺です」

 心臓の高鳴りが武野の肩越しに部外者ではなく部内者、内部の潜在的敵を警戒する男の視線を四恩に感覚させた。

「私が身を引くことで御厨水青さんは実績を残す機会を得たことになる。ついでに申し上げると、現在、内務省は内務省隷下の国内軍創設を目指して省一丸となって運動中です。さて、四宮四恩さん、貴女は捜査官になりたいと思ったことはありませんか?」

 観察の観察こそ、彼女の高度身体拡張者としての証しであり、つまりは生への盲目的な意志の発露。彼女は自分を、武野の肩越しに感覚していた。だから言うべきことはわかっていた。あるいは、思い出した。

「お話はこれで終わりですか――」

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