1-1-2 生活

 2020年、東京オリンピック開会式典で多数の圧力鍋爆弾が炸裂すると、多数の参列者が挽肉になった。それが、後に「東京オリンピック連続爆破事件」と呼ばれる事件の、始まりの合図だった。四宮四恩が生まれる、少し前のこと。

 事件後、既に「普通の国」としてシリア空爆に参加していた日本はそこへ対テロ戦争のための地上軍をも送り込むようになった。

 その人員の不足はGNR革命とその成果物「還相」が二つの意味で穴埋めした。

 第一。「還相」さえあれば、どんな人間も兵士としての訓練無しに最強の兵士になる。訓練を施しのようのない、障害者、老人、そして子どもさえも――。

 第二。革新政党や左派系市民団体は、まずは徴兵制の復活の懸念を訴えることで政府の対テロ政策を批判したが、政府は徴兵制を復活させなどしなかった。彼らはただ待っているだけでよかった。待っていさえすれば、身体拡張者たちは自衛軍の門を叩き、自らを死地に送るように「自発的に」「自由意志で」申し込んだ。志願兵は幾らでもいた。「還相」の費用はあまりに高額で国の補助なしには払いきれるはずのないものだったが、社会保障費は徹底的に削減され、そんな補助は存在しなかった。そこで彼らは対テロ戦争以降、最大の被雇用者数を持つ「事業体」であるところの自衛軍に駆け込んだ。

 これがGNR革命と軍の、初期の協同であり、四恩が物心つく頃には軍が民間セクターで雇用される見込みのない身体障害者や老人を軍の指揮命令下へ入ることと引き換えに「還相」を投与する――軍産複合体制が完成していた。

 この体制の基礎の基礎は陸上自衛軍GNR研究本部だ。秘匿名称「関東第137部隊」。通称はその略――「一三七」。任務はGNR革命の継続と防衛、そしてGNR革命の負の遺産である、中東に派遣され過激思想に感化された身体拡張者の退役軍人を「無力化」すること。

 四恩はこの「一三七」から実験用動物舎のチンパンジー、モルモット、ウサギ、それからある種のイカ等々といったものと連番のIDを与えられている。つまり彼女は軍のデーターベース上は人間ではない。一個の「特殊兵器」として、一三七の任務に従事していた。

 かつて身体障害者であり、親に捨てられた彼女は自らを一三七に被験体として差し出し、「高度」身体拡張者となる他に生存の術を知らなかったが、大人たちの説明によれば彼女は全くの自由意志でここにいるらしい。

 始めこそ疑問を感じた彼女は、同僚たち――同じように実験動物と連番のIDを持つ少女たち――に他の生活がありえるのかどうかを尋ねてみたが、返ってくるのは「問うことが誤りである問いがある」というものばかりだったので、いつしか疑問を感じることに疑問を感じるようになり、ついには疑問を感じなくなった。

 それに答えようとしてくれた少年もいた。だが、その少年はもう何年も前に、アレッポの地へ旅立った。男子の高度身体拡張者は例外なく海外に派兵されることになっている。彼とはもう何年も会っていない。記憶の地平面からも、放逐されつつある。

 放逐、されなければならない。

 生を任務で蕩尽することによって――。

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