第4話 上がる?下がる?
「お母さんお母さん」
リビングの勉強スペースで宿題をしていた
「どうしたのー?」
キッチンで夕飯を作っていた母さんが手を止めて、美紅の視線に合わせるようにして膝に手をついて屈む。
「あのねー。椅子の高さを低くしたいの」
「そうなの?」
「うん」
「美紅も大きくなったからかな」
さっきまで美紅が椅子に座っている様子を見てたけど、別に窮屈そうには見えなかったけど……。
まぁ椅子の高さを変えたくなったんだろう。
母さんもたまに美紅の椅子に座って何か作業することもあるけど、いつも椅子を下げて使ってるからね。
「椅子の座るところの裏側にレバーがあるでしょ。それを座った状態で引っ張ればいいよ」
「うん……。そうなんだけど……、美紅じゃダメなの」
「どうして?」
母さんが首を傾げながら美紅に続きを促している。
「だって……、美紅じゃ下がらないの……」
そう零す美紅の言葉は悲しげで泣きそうになっている。
「だからお母さんお願い」
そう言って上目遣いでお願いされれば、例え料理中の母さんと言えど断れない。
「しょうがないわね」
苦笑しながらもコンロの火を止め、エプロンを外して美紅の勉強スペースがあるリビングまで出てきた。
そう、我が家では娘はリビングでいつも勉強をしている。
一応娘の部屋もあるんだが、勉強するなら親のいるリビングがいいという話を聞くし、寝る時もまだ親子三人だからほぼ使われてはいない。
「ほら、こうやるのよ」
学習椅子へと座って高さ調節レバーを引く母さん。
同時に、スーッと椅子の座席が下がってくる。
「お母さん、ありがとう!」
母さんが椅子から立ち上がると、嬉しそうに低くなった椅子へと座る美紅。
……が、ちょっと低すぎたのだろうか。
座ったまま両足を浮かせて高さ調節レバーを引くと、座席がゆっくりと上昇していく。
「――えっ?」
その様子を見ていた母さんの表情が固まった。
いや、美紅じゃ椅子の高さを下げられないからって母さんを呼んだんだろ?
美紅がやったら上昇するに決まってるじゃないか。
「これくらいかなー?」
美紅が机に向かいながら嬉しそうにしているが。
「……おかしいわね」
母さんが何かよくわからないことを呟いている。
「美紅が座ってレバーを引くのと、お母さんが座ってレバーを引くのと、何が違うって言うの……」
いやいやいやいや、何が違うって明らかでしょうが!
真面目にツッコむと後が怖いから何も言いませんけどね!
「お母さんと美紅じゃ違うでしょー。当たり前じゃない!」
よし、よく言った美紅! だけど具体的に何が違うのか言わないとはさすがというべきか。
「そうかしら……?」
よく聞こえなかったふりをしながら、母さんはそのままキッチンへと戻って行くのだった。
ちなみに、母さんより体重の軽い僕もあとでこっそりと試してみたけど、椅子は問題なく下がってくれましたとさ。
とある親子の一日 m-kawa @m-kawa
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