第41話 砂のお城 04


 白い砂を鳴らして打ち込まれた剣を受けると、オスカーはそれを押し返しながら後ろに跳んで距離を取った。

 先ほどから何回か切り付けているのだが、人外の反射神経を持つウナイは深手になる前に下がってしまうし、その傷も瞬く間に塞がってしまう。剣の腕では自分の方が勝っているという実感はあったが、これではきりがない。時間が経てば疲労がたまる分、人である自分の方が不利になってくるだろう。オスカーはアカーシアを手元で返す。

 空を見上げている余裕はなかったが、先ほどから爆発音や閃光が届いているので魔女たちがまだ戦っていることは見当がついた。

「あいつよりは先に片付けたいんだが……さてどうするかな」

 オスカーはアカーシアの切っ先をウナイに向ける。赤い髪を持つ魔女の片腕は、砂を軽く蹴りながら苛烈に切り込んできた。僅かに湾曲したウナイの剣を一合、二合と受けながら、オスカーは隙をうかがう。


 五合目を弾いた時、オスカーはウナイが引いた手を追って、素早くアカーシアを走らせた。相手の右腕の中ほどに切り込み、ウナイが飛び退こうとするより早く振り切る。

 白砂に鮮血が走った。

 その上にウナイの右腕が落ちる。

 更に踏み込み首を薙ごうとするアカーシアの刃を、片腕を失った男は渋面を作りながら左手で掴んだ。その間に右腕が切り落とされたところから再生していく。さすがにオスカーは切り口から生えてくる右手を見て唖然とした。

 オスカーは、刃を掴んでいる敵の左手を切るようにしてアカーシアを引きながら一歩下がると、砂の上に落ちていたウナイの腕と剣を遠くに蹴る。

「人外とはよく言ったものだ」

「弱者の戯言か?」

 ウナイは届かぬところにある自分の剣を見、次に空の右手に眼を落とすとすっと目を細めた。再生された右手が大きな鎌状に変形していく。

 オスカーは天を仰ぐ代わりに肩をすくめると、皮肉げな笑みを浮かべた。




 構成を次々と繰り出しながら、ティナーシャは溜息をかろうじて堪えていた。

 先ほどからレオノーラには二人の上位魔族がついている。双子のように同じ容姿を持つ女の魔族は、長い薄白の髪をなびかせて宙を舞い、ティナーシャを追撃していた。

 間断なく降り注ぐ攻撃を防ぎながら、ティナーシャは反撃の機会をうかがう。彼女の精霊は他の魔族の足止めや砦の防御に回っており、援護は頼めない。時間が過ぎれば手がすく精霊も出るかもしれないが、それを待ってはいられなかった。

 ティナーシャは魔族からの無数の矢の攻撃を左に避ける。またたく光の雨越しに、レオノーラが強大な構成を構築しているのが見えた。


 鮮やかな緑の眼がティナーシャを捕らえる。人を酔わせる微笑がそこに浮かんだ。

 同時に何もかもを破壊する巨大な光が、ティナーシャに向かって打ち出される。レオノーラが全力で組んだ渾身の一撃が、空気を焼いて広がった。

 ―――― これはとても受けていられない。

 そう思って避けようとしたティナーシャはしかし、背後に気づいてその場に留まる。彼女の後方には砦があるのだ。ここで避ければ砦は多くの人間もろとも灰燼と帰してしまう。

 向かってくる光の向こうで、レオノーラが会心の笑みを浮かべるのが見えた気がした。ティナーシャは両手を前にかざすと詠唱する。

「意味を消失せよ! 我が思惟は世界を変質す! 消失せよ! ―――― 消失せよ!」

 ティナーシャの目前に防御壁が出現する。彼女はそこに動かせるだけの魔力を注ぎ込んだ。白光が目も眩むほどに空を染め上げる。

 次の瞬間、レオノーラの放った光は防御壁ごとティナーシャを飲み込んだ。




「あっはははは! 憐れね!」

 高らかな勝利の笑い声が砂漠に響く。レオノーラは乾いた紅い唇を舐めた。

 ―――― あの攻撃を正面から受けきれる者などいない。人などに愛着を持つからこうなるのだ。

 喜びに震える全身を、彼女は両腕で抱く。

 今までこんな楽しい遊びをしたことはない。ティナーシャは強く、美しく、愚かで幼い最高の相手だった。―――― そして遊びは勝つからこそ楽しい。

 レオノーラは陶然と喉を鳴らした。

「さぁ……次はあの男ね。千々に引き裂いて砂を染めてやろう」

 左右に控える魔族が、了承の意に頭を下げる。彼女が眼下を見下ろすと、少し遠くでウナイと男がまだ戦っているのが見えた。その近くを赤いドラゴンが飛び回っている。

 たとえアカーシアが完全魔法無効化の剣であっても、使い手までもがそうである訳ではない。レオノーラは形の良い指を男に向かって伸ばした。指先に狙撃用の構成を灯す。


 しかしその時、彼女の左右にいた二人の魔族が、何の前触れもなく吹き飛んだ。

 血の一滴もなく、黒い塵が風に流されていく。

 レオノーラは驚愕を以って顔をあげた。空の只中に黒髪の魔女が浮かんでいる。

 右半身が赤く焼け爛れたティナーシャは、しかし何の苦痛も感じていないかのような涼やかな声で口を開いた。

「誰を殺すと言った?」

 唇だけで微笑んだ彼女の闇色の眼には、見る者を灼き尽す憎悪と殺意が揺れている。

 かつても見たことがある感情の炎。しかしその時よりも遥かに研ぎ澄まされた殺意に、レオノーラは気圧された。

 ティナーシャは誘うが如く手を差し伸べる。

「魔女に成った事を後悔させてやろう」

 その声は人を殺す毒のように甘かった。




 ティナーシャは全身を支配する感情に恍惚と目を細めた。

 視線の先には愚かなる敵が在る。それは彼女の目に卑小な存在としてしか映らなかった。


 殺したい。

 殺せる。

 その為の力だ。


 体の中に力が凝っていく。世界中が彼女の殺意に同調する。この砂漠ごと、消し去れるほどの力が彼女の掌中に集まってきた。

 単純な構成にその魔力を注ぎ現出させようとしたティナーシャは、しかし視界の隅に恋人の小さな姿を見出す。意識に空隙が生まれ、彼女は手を止めた。

「……オスカー」

 小さな水滴が波となる。冷静さが潮が満ちるように戻ってきた。彼女は構成を消すと、力を戻す。

 ―――― こんなことをしてはいけない。皆が死んでしまう。

 憎しみで人を滅ぼすことがないように、長い間人に関わらないでいたのではないか。

 今、こんな力を揮うということは、彼を選んだ自分の選択を過ちにしてしまうということだ。そして自分を選んでくれた彼をも愚王にさせてしまう―――― そんなことは出来なかった。



 構成を消したティナーシャを、レオノーラは不審そうに見つめる。

「どうしたの?」

 その問いに、ティナーシャはそっけなく答えた。

「お前を憎むのはやめた」

「何故? あんなに力があるのに。あんなにも……」

 美しいのに、という言葉をレオノーラは飲み込んだ。それを口に出すことは彼女の矜持が許さなかった。彼女は敵である黒髪の魔女を見つめる。

 闇色の深淵には、もう憎しみはなく、そして楽しみもなかった。代わりに夜の湖のように静かな光が湛えられている。

 人を動かす精神の灯火。ティナーシャは瞳を瞼で覆うと深呼吸した。

 そうしてゆっくりと目を開けると微笑む。

「もっと余裕で勝とう。おいで。遊んであげる」

 レオノーラは軽く目を見開いた。緑色の双眸に憎悪が燃え上がる。

 その感情の炎を、ティナーシャは苦笑を以って見つめていた。




 戦いが始まってから最大の魔力が上空で爆発するのを、オスカーは感じ取った。魔力の余波に守護結界が震える。

 同じものを察知したらしいウナイが、唇の片端を上げて笑った。

「青き月の魔女は飲まれたようだな。後はお前だけだ」

「そうか?」

 オスカーは聞き返しながら踏み込んだ。ウナイの鎌がアカーシアを受ける。

 ―――― 何と言われても元より心配などしていない。ティナーシャが死んでいないことは分かっている。体に馴染む守護の気配がそのままなのだ。

 だがそれでも、自分を顧みない魔女が怪我を負った可能性はあるだろう。こんなところで時間をとられているのも腹立たしい。

「さて、どうするか……」

 オスカーは口中で呟きながら剣を振るう。鋭く煌くアカーシアの刃が、ウナイの鎌を切り落とした。

 だが、すぐにそれは元の通り再生していく。

「まるで蛸か烏賊を相手にしているような気分だな」

 人外なのは体のつくりだけで魔法を使ってこないのは助かるが、これだったら強力な魔法士を相手にする方が遥かにましに思えてくる。―――― そこまで考えて、オスカーは不思議な気配に目を細めた。


 よく知る気配。

 その意図。

 言葉にせずとも分かる。伝わってくる。


 オスカーは人の悪い笑顔を浮かべると、ウナイの鎌を弾きながら後ろに下がり、距離を取った。




 怒気に狂ったレオノーラの魔法を受け流しながら、ティナーシャは簡単に火傷の痛み止めをした。これを恋人に見られたら、また色々苦情を言われるに違いないと思うと頭が痛い。彼女は焼け焦げた髪の一房を己の魔法で切り落とす。

「何が可笑しいの、小娘!」

「別に」

 苦笑していたのを見られたのか、レオノーラの強烈な魔力が叩きつけられる。ティナーシャはそれを、角度を変えて無人の砂漠に落とした。闇色の瞳を巡らし地上を確認する。

 遠くにオスカーの姿が見える。

 隣に居るわけではないのに、彼を見出しただけで不思議と安堵が満ちてくるのが分かった。彼女は右手をかざして空気の刃を相殺する。

 レオノーラを殺すに小さな攻撃は必要ない。致命的な一撃があればいい。

 そしてそのもっとも効果的な一撃は――――


 心は決まった。

 強く呼ぶ。


 ティナーシャは防御壁を張ると、レオノーラに背を向け地上に向かって急降下した。背後からレオノーラの怒声が聞こえる。

「怖気づいたか! 逃がすものか!」

 ティナーシャは振り返らなかった。落ちていく彼女の眼前に白砂が迫る。

 ティナーシャは地上に激突する寸前で角度を変えると、砂を巻き上げながら砂漠と平行に飛んだ。後ろにレオノーラが迫ってくるのが分かる。魔女二人の軌跡が、広い砂漠に飛沫を上げた。

「砂よ……」

 ティナーシャは飛びながら小さく詠唱する。眼下の砂塵が舞い上がり、巨大な手の形を取ってレオノーラの進路を阻んだ。砂の巨手は呼ばれぬ魔女を掴み取ろうとする。

「ふん、こんなもの」

 レオノーラは速度を保ったまま、鼻で笑うとそれを吹き飛ばした。飛び散った白砂が日の光を受けて彼女の視界を埋め尽くす。レオノーラは強い構成を右手に現出させると、舞い散る砂の向こう目掛けて手を突き出した。

「死ね!」

 狩る者の愉悦に満ちた叫び。

 しかしその魔法は打ち出されることはなかった。

 レオノーラは不思議な衝撃を覚え自分の胸元を見下ろす。

 ―――― そこにはアカーシアが深々と刺さっていた。

「何故?」

 小さな呟きと共に、魔女の体が砂の上に落ちる。

 彼女の体からアカーシアを抜きながら、オスカーは笑った。

「こういうものは冷静さを失ったやつから死ぬのさ」

 彼の背後では、ティナーシャに腹をごっそりと貫かれたウナイが、砂の上に伏していた。




「上手くいくもんだな」

「レオノーラ、短気ですからね」

 アカーシアを鞘に収めたオスカーに、ティナーシャは軽く答えた。

 砂を巻き上げ、視界を奪いながら飛んだティナーシャは、追っ手に気づかれないように巧妙に迂回しながらオスカーの背後に回っていたのだ。そして直前で、砕かれることを意図した砂の手を形成し最大の目くらましをする。

 暗黙の了解で入れ替わったオスカーが、魔力の気配を頼りにレオノーラを刺すと同時に、 ティナーシャは飛んできた勢いのまま、最大の力でウナイの体を打ち抜いた。頭に血が上り、戦う相手を替えさせられたことに気づかなかったレオノーラは、魔法士殺しの剣に致命的な一撃を食らって息絶えたのである。

 オスカーは彼の魔女の体を眺めて、顔を顰めた。

「何だそれは。また怪我か」

「き、聞こえない……」

「早く治せ。見ている方が痛い」

「うう、ちょっと待ってください」

 ティナーシャは小さく詠唱をしながら、一帯に引いてあった召喚禁止の巨大な構成を引き取る。そしてその内容を少し書き換えた。

「還れ」

 迷彩をかけられていた構成が砂の上に浮かび上がる。それはゆっくりと白い光を放ち始めると、上空に向かって吸い込まれるように収束した。

 そしてその構成の収束と共に、一帯でレオノーラに召喚されていた魔族は全て跡形もなく消え去っていったのだ。




 回廊で魔族たちを相手にしていたアルスは、白い輝きと共に戦っていた魔族が消失したことに、ぎょっとして剣を引いた。

 辺りを見回すが敵は一体も残っていない。後ろでは魔法士たちが取り上げられた構成に呆然としていた。

 その近くで、敵の上位魔族を切り捨てていたミラがくすくすと笑う。 背後で戦っていたセンが「やれやれ」と呟いた。

 アルスは自分の剣を見下ろす。

「勝った……のか?」

 隣りでメレディナが首を捻った。

「……みたい」

 いち早く我に返ったクムが魔法士たちに指示を出すと、彼らは怪我人を治癒する為に散開していった。慌しく走り回る人間たちの中で、ネフェリィはただ東の空を見つめる。

 ―――― これで終わったのだろうか。

 何の実感もない。自分は何も出来なかったのだ。

 遠くにドラゴンの小さな影が現れる。その姿を見て、彼女は安堵すると同時に淋しさが込み上げてくるのが分かった。

 終わったのではない。

 これからなのだ。

 混乱した王宮に戻り、父と兄を支えられるのは彼女しかいないのだから。




 ※ ※ ※ ※




 砦に戻った二人は歓声を以って迎えられた。

 死人が出ていなかったことにほっと胸を撫で下ろすティナーシャへ、ミラが飛びつく。

「ティナーシャ様、誉めて誉めて」

「ありがとう。ミラは強い子だな」

 頭を撫でる主人の言葉にミラは嬉しそうに目を細めた。その襟首を掴んで引き剥がしたセンと共に、少女は一礼をして消える。

 オスカーが背後からティナーシャの頭に手を置いた。

「俺は後処理するから、着替えて来い。眠かったら寝てていいぞ」

「はい」

 焼け爛れた肌は治したが、服はそのままで上からオスカーの上着を羽織っている状態だ。人前でうろうろ出来る状態ではない。ティナーシャは安堵に涙ぐんでいるパミラを労うと、共に砦の中に消えた。

 オスカーはそれを見送ると、自分を見つめているネフェリィに向き直る。

「では、ネフェリィ王女、今回の件について簡単に取り決めを詰めておくか」

 王の言葉は極自然なものだった。

 やはり見抜かれていたのだと、ネフェリィは苦笑する。彼女は頭を下げて、身分を偽っていた無礼と今回の礼を述べると、オスカーと並んで歩き出した。

 砂嵐の消えた空、穏やかな空気を感じて、ネフェリィはふっと気が緩む。ずっと気になっていた、素朴な疑問が言葉となって滑り出た。

「十年前……どうしてファルサスは私たちの縁談を断られたのですか?」

 オスカーは一瞬驚いたようだったが、すぐに苦笑した。

「俺には強い魔力があるみたいでな。普通の女じゃ子は生めないらしい。平和の為に嫁いできた女性を身篭らせて殺すわけにはいかないからな」

 ネフェリィはその言葉に、少し目を丸くしながらも微笑んだ。

 それが嘘でも本当でもどちらでもいい。答を聞けて、不思議なほどすっきりとしたのだ。彼と自分の人生は、共に歩むことはない。ここでわずかに触れ、そしてまたそれぞれの道に分かれていくだけだ。―――― ネフェリィにはそのことが分かっていた。

 彼女は王女の顔に戻ると、これからのことを思って口元を引き締めた。




 ※ ※ ※ ※




 軽く風呂で血と汗を流して部屋に戻り、魔法士の略装に着替えていたティナーシャは、馴染みの気配に小さく笑った。すぐに男の声が部屋に響く。

「随分苦戦してたじゃねーか。腕なまったか?」

「盗み見してたな。色々と新しい構成を試していたから仕方ない。それでもお前とやりあった時の方が遥かにきつかったぞ」

「当たり前だ」

 嘲笑う声と共に、部屋に銀髪の男が現れた。パミラが警戒するのをティナーシャは手で押し留める。

 魔族の王たるトラヴィスは、腕組みをしてにやにや笑いを浮かべていた。ティナーシャは濡れた髪を乾かしながら彼を見やる。

「それより約束は守ってくれるだろうな?」

「分かってる。お前の血が受け継がれる限りはファルサスには手を出さない」

「本当は私の血に限らず、ずっと手をださないで居て欲しいんだがな……」

「そこまでは御免だな。厚かましい」

「まぁそうだな。この条件で充分だ」

 乾いた髪を確かめながらティナーシャは微笑んだ。

 彼女がレオノーラの討伐を引き受けたのは、報復の意味も勿論あったが、 それ以上にトラヴィスの出したこの条件が破格だったからだ。生きた災厄である彼の干渉を防ぐ確約など、そう簡単に取り付けられるものではない。ましてやそれが自分の死後も続くとなれば受けない手はなかった。ティナーシャ以外は知らない取引だが、知られない方がいいこともあるだろう。


 トラヴィスは髪を纏める魔女に首を捻った。

「お前はこれからどうするんだ?」

「あの男と生きて死ぬさ。子供を生むには体の時間を戻さないといけないからな」

「そうか」

 自分で聞いたくせに興味なさそうにトラヴィスは手を振った。

 彼が立ち去ろうとしているのに気づいて、ティナーシャは声を掛ける。

「オーレリアによろしく。礼を言っておいてくれ」

「分かった」

 何の構成の気配も感じさせず、男の姿が掻き消える。

 魔女は男のいた場所に背を向けると、パミラに向かって笑った。

「これで一段落ですね」

 あまりのことに驚愕していたパミラは、 主人の悪戯っぽい笑顔を見て嘆息した。呆れられている空気を感じつつも、ティナーシャは窓の外に視線を送る。

 ―――― 魔女が一人減った。

 そのこと自体には何の感慨もない。「魔女」とは強すぎる力を得た女たちを、人々から浮き立たせるためにつけられた記号に過ぎない。何の権威も意味もなく、ただ空虚なだけだ。

 レオノーラが何を望んで生き、何を捨てたのか、ティナーシャは知るつもりはなかった。

 だからその記憶だけ留めて置く。ティナーシャが知るほんの瑣末な断片だけを。

 それを感傷と呼ぶのだと、彼女は知っていた。

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