第36話 爪を切る夜 01


 翌朝、いつもより少し遅く目が覚めたオスカーは、隣りに恋人がいないことに気づき、覚め切らない頭で怪訝に思った。だがすぐに、新年の儀式で疲労していた彼女をパミラに任せて置いてきたことを思い出す。今頃は自室で深い眠りについていることだろう。あの様子では今日は当分起きて来ないかもしれない。オスカーは苦笑しながら支度をするため起き上がった。

 彼の守護者である魔女は、恋人になってからも相変わらず無自覚なところがあるらしく、かつてその命をそうしていたように、実に無防備に愛情を傾けてくる。その為オスカーは、ようやく手に入った愛しい女に、ともすれば溺れそうになるのを、自制して今まで通りに保つように意識していた。

 それでも以前から恋人同士に見えると言われるほどであったので、それで丁度いいのかもしれない。

「母親か……」

 無意識に零れ落ちた呟きは二重の意味を伴う。

 すなわち母親になることを躊躇う彼の恋人と、おそらく躊躇いながらも彼を生んだ母親のことを。

 父は明確には言わなかったが、その様子から彼の母はかなりの魔法士であったことが分かった。当時相手方の親に結婚を反対されたというのもそれが理由なのかもしれない。

 今まで魔法士の王を持たなかった国は大陸でも少数派である。作為的に生まれないようにできないのだからもっともであるが、タァイーリのように魔法士迫害の国家ではないにもかかわらず、ファルサス王家に魔法士が現れなかったのは、おそらく魔法士殺しの剣であるアカーシアが影響しているのだろう。

 こんな剣を持つ家に魔法士の娘を嫁がせたいと思う親はいないだろうし、この剣を持てばどの道魔法は使えなくなるのだ。オスカーも呪いを受けなければ、そしてティナーシャに出会わなければ、魔力を持たない王の一人として歴史の中に埋もれていったのかもしれない。


 オスカーは困ったような父の言葉を思い出す。

『封印は生まれてすぐロザリアが……母さんが施したよ。どうせ不要だからと言ってね』

 その話を聞いてオスカーは、「もっと早く言え」と思ったものだが、母を溺愛していた父は、彼女の意思をできるだけ尊重したかったのかもしれない。彼女が亡くなったのは三十歳の時。若くして亡くなった王妃の面影はまだ、父の中に強く残っている。

 自分はほとんど母の姿を覚えていないオスカーは、苦笑しかけて、けれど不意に頭痛を覚え、右手をこめかみにあてた。


 月が照らす

 白い爪

 夜

 血の赤さ

 散り散りになった


 表象にも、文章にもならない形象が、瞬間脳裏に溢れる。

 そしてそれらはすぐ消え去った。

 オスカーは不審に思って頭を振ったが、それら断片を取り戻すことはついに出来なかった。




「うー寝過ごした……すみません」

 ティナーシャは午後のお茶の時間にようやく執務室に姿を現した。

 ばつの悪い顔で戸口に立っている魔女を、オスカーは笑いながら手招きで呼び寄せる。魔女は王の膝の上に座ると背後を見上げた。

「お茶はいいんですか?」

「後でいい」

 オスカーは魔女の髪を梳きながらその額に口付ける。ティナーシャは目を少し細めたが、机の上に広げられた書類を手に取った。

「年の初めから大変ですね」

「初めだから色々あるのさ」

「手伝いますよ」

 魔女は言いながら手に取った書類をぱらぱらとめくると、それほど重要ではないものをいくつか選んで抜き取った。そのまま男の膝から飛び下りると、それらをまとめる為にテーブルの方の椅子に座る。


 その後入ってきたラザルはティナーシャに挨拶すると、祝祭の後処理についての報告を始めた。一方魔女は自分が選んだ書類を一旦置くと、お茶の準備を始める。普段と何ら変わりのない平穏な光景だ。

 ラザルは後処理についての書類に署名を受けると、次の懸案を読み上げた。

「ガンドナの建国記念祝典の詳細が来ております」

「行きたくないな」

「無理です」

 言ってみただけなのだが即、却下された。オスカーは口の中で苦虫を噛み潰す。

 ファルサスに国王の誕生記念式典があるように、ガンドナにも年一回、諸国の人間を招いて開かれる祝典があるのだ。それぞれの国からは王族の誰か一人が出ればいい為、普通は王子や王女が出るのだが、ファルサスは今のところオスカーしかいない。先王は既に隠居している為、彼が行く他ないだろう。

 お茶を淹れたカップをオスカーに手渡しながら、ティナーシャは首を傾げた。

「どれくらいかかるんですか?」

「向こうでは一泊だな。こちらの式典と大体同じだ。ミネダードに転移してそこから馬になるからそれが結構かかるか」

「直接ガンドナ王宮付近に転移したら怒られますか?」

「前もって言っておけば構わないと思うが……出来るのか?」

「余裕」

 そう言われてオスカーは、彼女やパミラたちがクスクルからタァイーリの王宮に直接転移していたのを思い出した。魔女は手の中でくるくると盆を回す。

「長距離転移って座標取得が問題なだけですから、それさえ何とかなれば結構出来ちゃうものなんですよ」

「座標が分かるのか?」

「昔行った事あります」

「なら頼むか。大分楽になる」

 ティナーシャは柔らかく微笑むと、纏め終わった書類を机に戻した。彼女の簡単な説明を聞くとと、オスカーはそれらの書類に署名をしてしまう。

 転移で行くのならばガンドナには二週間後の当日に出ればいいだろう。 そこまで考えてオスカーはふと顔を上げた。

「ひょっとしてここにも余所の魔法士が直接転移できるのか?」

「王宮には結界張ってあるので、許可がない魔法士は無理ですよ。さすがに城都全部には張ってありませんが」

「お前が張ったのか?」

「元々あったんです。ちょっと強化しましたけど。どこの王宮にも大抵あるんじゃないですか? ああ、そういえばタァイーリは魔法士がいないんで、がら空きでした。ガンドナも結界の間を縫って中に転移出来ますが、さすがに問題になりそうですからね」

 外に転移してから入ったほうが無難でしょう、と魔女は続けた。彼女の説明にオスカーはひとまず安心する。

 だがそれも完璧な対策ではないことは、二人とも分かっている。一つの対策をすれば敵は別のやり方を考えてくる。所詮こういうものはいたちごっこなのだ。 敵が特定できない以上、降りかかる火の粉はその都度払うしかない。

「まぁヤルダが不穏なのも気になるし、仕方ないから行くか」

「当たり前ですよ、陛下……」

 ラザルが苦い顔になる。十年前の戦争でファルサスに敗北したヤルダはガンドナとも国境を面している。おそらく祝典にも誰かしらくるはずだ。

 オスカーは残りの書類に署名をしながら呟いた。

「護衛はそんなに要らないな。直接向かうことになるし。ああ、パミラかシルヴィアを連れて行くか。お前の支度を手伝う人間が要るだろう」

 急に話を振られて魔女は目を丸くした。驚きと、嫌な予感の入り混じった顔になる。

「何で私の支度がいるんですか。自分でやりますよ」

「正装するんだから要るだろう」

「やっぱりか! 出ないよ! 私は護衛で行くんですよ!」

 ティナーシャは、数ヶ月前にファルサスの式典に付き合いで出た記憶を思い出す。その時はいい見世物と嫉妬の標的になってしまって後悔したのだ。ましてやあの時と違って、五大国の人間には魔女であると面が割れている。とてもではないが、どの面下げてという気がした。


 彼女の思ったことを感じ取ったのかオスカーも顔を顰める。

「まぁそうだな……」

 だが、彼の反応にほっと息をつきかけたティナーシャの耳に、不思議そうなラザルの声が入ってきた。

「でもティナーシャ様って陛下の婚約者ってことになってますよね」

「あ」

「そういえば」

 一瞬の空白の後、魔女は頭を抱えた。

「そんな設定忘れてた……」

「俺も忘れてたぞ」

 それは戦争後の混乱の中でティナーシャを引き取る為にオスカーが用いた方便であるが、すっかり二人とも忘れていたのだ。

 もっとも老獪な各国の王族や宰相たちにはそれが嘘であることを見抜いている者も多いだろうし、小国の中には側室でいいからファルサスと繋がりを持つ為に娘を差し出したい国もあるだろう。魔女にとってはともかく、オスカーにとっては特に何の効果も生まない方便だ。


 魔女は小さな頭を抱える。

「うわぁ、どうしよう」

 針のむしろになることが絵に描くように予想できる。目に見えて萎れてしまった魔女を見て、オスカーは溜息をついた。

「別に出なくても構わないだろう。所在だけ明らかにしといてくれ」

「す、すみません……」

 ティナーシャは素直に頭を下げた。

 自分の負うべきことだということは分かっているのだが、立ち位置に迷っている今の状態では、どうすべきか明確な答えが出せなかった。彼を愛している、そのことさえ分かれば全てが安定するような気がしていたのだが、それだけで解決してしまうには二人は難しい立場にいるのだ。

 ティナーシャは自分の弱さと、選ぶべき岐路を思って唇を少し噛んだ。




 ※ ※ ※ ※




 当日はオスカーとティナーシャの他に、アルスと五人の兵士が同行することになった。

 元より城内での警備はガンドナが負うところである。あまり人数を連れて行っても向こうの警備体制を疑うようでよくは思われないだろう。

 魔女の開いた転移門の先はガンドナの城都のすぐ外だった。そこから八人は馬で移動する。徒歩でも行けそうな距離だったが、さすがにそれをしては不審がられてしまう。城に着いた一行は、ガンドナの歓待を受けるとひとまずそれぞれが与えられた部屋に移動した。予定では祝典は夕方から夜にかけてあり、その後一泊して帰ることになっている。

 儀礼用の正装に着替えながら、オスカーは部屋に結界を張っている魔女に話しかけた。

「お前、ガンドナに昔何しに来たんだ?」

「魔族の討伐を頼まれたことがあるんです」

「なるほど……」

 ティナーシャは張り終えた結界を確認してしまうと恋人に向き直った。宙に浮かび上がって近づくと、彼の髪を整える。オスカーはその体を抱き取った。

「何か不審を感じたら名前を呼んでください。すぐ分かるようになってますから」

「分かった。お前は?」

「会場には入ります。貴方が見えるところにいますよ」

 魔女は見る者の心を奪う優美な微笑を浮かべると、そっと男に口付けた。



 式典の会場となったのは、王宮内の大広間だった。三百人は入れそうな広間は円形になっており、数階分の吹き抜けの先に硝子の天井が広がっている。外周である壁際には回廊がらせん状に伸びており、その一番上はかなり高い位置から広間を見下ろすことができた。

 装飾の少ない黒い絹のドレスに着替えたティナーシャは、三階分ほどの高さの回廊から広間を一人見下ろす。辺りには時折ガンドナの警備兵が通る以外には誰もいない。広間では先ほどまでガンドナ王の挨拶が行われていたが、今は思い思いに散った人々が、あちこちで集まって話をしている。姫君たちの色鮮やかなドレスが溢れ、場は非常に華やかだった。

 魔女の恋人であるファルサス王も、ドレスの色彩に囲まれているのが見える。近くには護衛であるアルスの姿も見えた。今のところ怪しいものは何もない。魔女は警戒を保ったまま、苦笑して階下を見つめていた。

 ―――― 彼女には嫉妬心というものがない。

 それはだが、嫉妬の必要がないというわけではなく、そういった感情を磨耗させてしまったという方が正しかった。

 だから女性に囲まれる恋人を見ても、自分が逃げていることで申し訳ないとは思うのだが嫉妬心は湧かない。おそらく彼があの中の女性の一人を自分の代わりに恋人にするとしても、悲しいとは思うだろうが、憎む気持ちは生まれないだろう。

 それでいいと彼女は思っている。

 嫉妬が万が一憎しみに育った場合、彼女の持つ力は大きすぎる。

 そしてそれら感情の扱いに自信を持てるほど、人を愛した経験は彼女にはなかったのだ。



 手すりに寄りかかって階下を眺めるティナーシャの顔の横に、不意に酒盃が差し出された。男の柔らかい声がそれに続く。

「どうです? 一杯」

「飲まん。知ってるだろう」

 魔女はそっけなく言うと振り返った。二十五歳前後だろうか、銀髪、黒眼の細身の男がそこに立っている。

 男はかなり整った美しい容姿をしていた。黙って微笑んでいれば女性の心を次々虜にしていくだろう秀麗な顔に、彼はしかし魔女の視線を受けて、性格の悪さを滲ませた笑みを浮かべる。

「久しぶりだな。佳い女に成長したじゃねーか。男ができたせいか?」

「逆逆。成長したのは怪我したからだ」

「それだけ力があるのに怪我するなんて、人間は脆いな」

「これくらいで丁度いいんだ」

 男はにやにや笑うと手の中の酒盃を消した。ティナーシャと並んで階下を見下ろす。その視線の先にはオスカーがいた。

「ってことはやっぱりあの毛色が変わった人間がお前の男か」

「そう。毛色が変わってるとか言うな」

「あれで女だったら欲しいんだが、勿体無い」

「気持ち悪いこと言うな……」

 ティナーシャは頭痛がしそうになって、頭を押さえた。

 この旧知の男は人の嫌がることが大好きなのだ。 彼の目に留まった人間はほとんどが数奇な運命を送ることになる。ティナーシャは恋人の性別が男であったことに心底感謝した。


 彼女は白い目で隣りの男を見上げる。

「で、こんなところで何してるんだ。また悪さか?」

「今はこの国の公爵やってるな。気に入った女もいる」

「それは気の毒な……」

 会ったこともない女性にティナーシャは深く同情した。しかしその感想が心外だったらしく、男は眉を顰める。

「大事に育ててるぞ」

「そ、そうか……ほどほどにな」

 あまり詳しく聞きたくない。どうせろくなことをしていないに違いないのだ。

 男は嫌な顔をしていたが、諦めたように溜息をついた。魔女は再び階下を見下ろしている。

 その時ふと視線の先の恋人が一瞬彼女を見上げたような気がした。しかし彼は周囲の女性に何事か話しかけられすぐに視線を戻してしまう。

 ティナーシャは柔らかい微笑を浮かべてその姿を見つめた。隣りの男がそれを面白そうに眺める。

「随分腑抜けたな。目的がなくなって気が抜けたか? 今なら殺せそうだな」

「試してみるか?」

 体をゆっくりと起こし男を見返しながら、ティナーシャは唇だけで笑った。好戦的な光が闇色の目に光っている。たおやかな肢体に魔力が凝るのを見て男は笑った。

「何だ、そういう表情も出来るんじゃねーか。まぁやめとく。騒ぎを起こすとうるさい奴が……」

「トラヴィス!!」

 言い終わらない内に女の声で名前を呼ばれて、男は首をすくめた。二人が振り返った先には、十五、六歳の美しい少女が立っている。薄緑のドレスに、男より少し灰色に近い銀髪の少女は、怒った顔でつかつかと歩み寄ると男の腹を殴った。

「また女の人を引っ掛けて! ろくなことにならないんだから学習してよ! 外交問題になったらどうするの!!」

 殴られた男は痛くもなさそうに笑いながら少女の手を掴んでいる。ティナーシャは唖然として少女を見つめた。

 少女は掴まれた手を振り払い、ティナーシャに向き直るとお辞儀をする。

「彼が失礼致しました。オーレリア・カナウ・ナイシャ・フォルシアと申します」

「あ、ティナーシャ・アス・メイヤー・ウル・アエテルナ・トゥルダールです」

 馬鹿丁寧な少女の物腰につい本名を名乗ってしまった。礼を返しながらティナーシャは、少女の名がガンドナ王家の姻戚である貴族の家名を持っていることに気づく。男を見ると、彼は「俺は後見をやってる」と説明を付け加えた。

 その様子からしておそらくこの少女が「気に入った女」なのだろう。面倒くさがりの男が貴族の中で後見人をやっているところなど、長い付き合いの中で初めて見た。

 オーレリアと名乗った少女はティナーシャの挨拶を聞いて軽く目を瞠り、トラヴィスを睨む。

「ファルサス国王の婚約者の方じゃないの。何してんのよ!」

「昔からの知り合いなんだよ」

「そんな見え見えの嘘を……」

「あ、本当です」

 オーレリアの勢いに呆気に取られていたティナーシャは、軽く手をあげて口を挟んだ。

「そうなんですか?」

 聞き返す少女の瞳に、疑いと不安と、ささやかな嫉妬が揺らぐのを見て魔女は微笑ましく思う。トラヴィスは少女の肩を軽く叩いた。

「安心しろ。こんな女まったく好みじゃない」

「失礼なこと言わないのよ!」

 真っ赤になるオーレリアにティナーシャは声をあげて笑い出した。



「どうしてこんなところにいらっしゃるのですか? 下に行かれればよろしいのに」

「私は護衛ですから」

 率直な少女の疑問にティナーシャは破顔した。

 ティナーシャがオスカーの婚約者と知っているのなら、魔女であることも知っているだろうに、まったくそのことを気にしていない様子の少女が可笑しい。

 トラヴィスがそれを聞いて片眉を上げた。

「何、お前婚約してるの?」

「対外的には」

「面白いな。あの男とお前の子が生まれたら楽しそうだ」

「楽しくないから結婚を迷ってる」

 そっけなく返して、ティナーシャは少女が少し悲しげな顔になったのに気づいた。同じく気づいたらしいトラヴィスが片腕で少女の体を抱き寄せる。

 オーレリアは少し躊躇っていたようだが、顔を上げると真っ直ぐティナーシャを見つめた。

「子供がお嫌いなんですか?」

「いえ、そういう理由じゃないんですが……」

「こいつは魔女だからな、どうせ子供がそうなるのが怖いんだろ」 

 あっさりと言い当てられて、ティナーシャは苦笑しながら頷いた。

 オーレリアはしかし不思議そうに首を傾げる。

「それだけですか?」

「それだけです」

 少女の薄い青色の目がティナーシャを注視した。横では男が目を閉じたまま笑っている。

 オーレリアはしばらく躊躇を見せたが、遠慮がちに、しかし意思の強さを声に滲ませて口を開いた。

「私には魔女の方々の大変さなどは分かりかねますが、もしそれだけが理由なら、躊躇わないであげてください。生まれれば辛いことも楽しいこともあるでしょうが、それを心配してお生みにならないより、生まれてからそれを分かち合われることを、お子様は望んでいると思います」

 真摯な忠言は言葉を飾らない分だけ強く響いた。

 魔女は目を丸くする。咄嗟に何も返せない。

 その様子に己の発言を恥じたのか、オーレリアは「出すぎたことを申し上げました」と頭を下げると、トラヴィスの腕の中から抜け出して階下に消え去った。

 少女の後姿を見送ってティナーシャは嘆息する。

「……なかなか傑物だ」

「あいつは自分が望まれず生まれた異能の子だからな」

「そうなのか!? 悪いことを言ってしまった」

 そういう事情があったのなら確かに魔女の躊躇は胸に来るものがあっただろう。

 ティナーシャは後悔に項垂れた。トラヴィスが人の悪い笑みでそれを見る。

「あれくらいで傷つくような玉じゃない。それより四百歳以上も年下の小娘に説教された気分はどうだ?」

「身に沁みる」

 魔女は片手で顔を覆って溜息をついた。

 まったく自分は迷ってばかりいるのだ。弱くて嫌になる。

 せめてもう少し胸を張らねばならないだろう。迷いなく彼女を選んでくれた男の為にも。

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