第24話 お茶の時間
「本当に綺麗さっぱり魔法湖なくなっちゃたわね。凄いことするなぁ」
「元々それが目的だったんで」
ティナーシャが目覚めてから一週間後、城の談話室では二人の魔女がお茶を飲んでいた。麗らかな午後、隣のテーブルについているシルヴィアがカーヴに囁く。
「私、最近ティナーシャ様とかルクレツィア様とかが居るのが普通に思えて……。感覚が麻痺してきちゃった……」
「俺も」
世界で五人しかいない魔女のうちの二人が、特定の国の城内に出入りしているという事態は、おそらく「魔女の時代」始まって以来のことだろう。本来ならば魔女は力と畏怖の象徴であり、実際その力のほどは先日思い知ったばかりである。
しかしそれでも暢気にお茶に口をつける二人を見ていると、つい彼女たちの特異さを忘れて和んでしまうのだ。
ルクレツィアがカップを持った手でティナーシャを指さす。
「精霊も継承したんだって? ついに観念したか」
「言わないでくださいよ」
煩わしげに顔を顰める主人に、後ろに控えていたパミラが不思議そうに尋ねた。
「どうして今まで継承なさらなかったんですか?」
それは当然とも言える疑問かもしれない。素朴な問いに、トゥルダールの女王になるはずだった魔女は苦笑した。
「力が足りないと思ったことはありませんし、精霊はトゥルダール王位の象徴ですからね。国が滅びているのに王だけ居ても滑稽でしょう? 国とか王は、民の生活を守る為の概念ですから」
だから本当は今でも不要なのだと、ティナーシャは微笑む。
透徹たる言葉にパミラはただ頷いた。シルヴィアやドアン、カーヴ、レナートら他の魔法士たちも真面目な顔になる。
―――― だが、それでもこの方は玉座に無き女王である、とパミラは思う。
自己満足だ、と魔女は言うが、四百年間トゥルダールの死した魂たちの為に生き続けた彼女は紛れもなく、民の為に尽くす王の一つの姿だったろう。
ルクレツィアは頬杖をついて対面の魔女を見つめていたが、ふっと目を細めた。それにティナーシャが気づく前に、彼女はにっこりと隙のない笑顔を作る。
「ところで、新しい焼き菓子の試作品を持ってきたんだけど」
「え! どんなのですか」
目を輝かせるティナーシャの前に、ルクレツィアは何処からともなく焼き菓子が山盛り盛られた皿を転移させた。作成者は周囲を見回し、
「はい、全員試食してね」
と皿を示す。
花の形にくりぬかれた焼き菓子は、表面に砂糖が塗してあり、断面を見ると色の違う生地が三層になっていた。まずティナーシャがそれを一個摘み、それに続いて女性陣が、最後に男たちが手に取り口に入れる。
レナートなどは、甘いものが苦手らしく躊躇の色を見せていたが、一つ食べると
「美味い」
と感想を洩らした。シルヴィアはほくほくと二個目を手に取る。
「すごく美味しいですっ! 幸せ」
「んーありがと。どんどん食べてね」
焼き菓子に夢中になる一同の中で、ティナーシャだけは一つ食べて不思議な顔をした。怪訝そうな友人をルクレツィアは斜めに見やる。
「どうしたの? 美味しくない?」
「いえ、美味しいんですけどこれ、魔法使ってます?」
「うん、生地が三種類あるから、焼き時間を変えるのに使ってるわ」
「なるほど」
疑問が氷解したティナーシャは二個目を口に運んだ。自分で淹れたお茶を飲みながらそれを味わう。ルクレツィアの作る菓子の味は昔から格別なのだ。魔女になったばかりの頃からティナーシャは、その味に惹かれて仕方なかった。嬉しそうな笑顔の彼女をルクレツィアは微笑ましく見守る。
ティナーシャが三個目を手に取る頃には、他の魔法士たちはもう大分食べ進んでいた。彼女は四個目を手にとってくるくる回しながら、何の気なしに問う。
「魔法を使ってるのが新しいんですか? 試作品て」
「ううん、媚薬が入ってるの」
楽しそうに人の悪い笑みを浮かべたルクレツィアに、全員が一瞬固まった。
ドアンが食べかけの焼き菓子を取り落とす。カーヴは口をつけていたお茶にむせて咳き込んだ。ティナーシャはあまりのことに顔を引きつらせる。
「どういうつもりですか……」
「構成に気づかれないように大分隠してあったのに、魔法の存在に気づくなんてね。まぁでも素直に信じるところは甘いわね」
「どういうつもりかと聞いてるんですよ?」
テーブルの上に魔力が爆ぜて火花が散る。それを見た魔法士たちの顔は揃って蒼ざめた。カーヴが魔女たちに聞こえないように呟く。
「陛下呼んできた方がいいかな……」
「かも」
お茶の時間で城が壊れたらどう申し開きをしていいか分からない。カーヴがこっそりとその場を離れようとした時、けれど彼の行く手をルクレツィアの結界が遮った。混乱の主犯たる魔女は堂々と全員を見回す。
「まぁまず私の話を聞いて? 約二時間で効果が出始めるわ。かなり効果は強いからそれについては伏せるわね。あと三日くらい効果は持続するから部屋に引きこもっても無駄よ?」
予想以上の酷い説明を聞いて、ティナーシャはテーブルの上で頭を抱えた。その彼女に横からシルヴィアが泣きつく。
「ティナーシャ様、解呪できますか?」
「ルクレツィアの作ったものなんて、二時間じゃ絶対無理です……」
「ど、どうしよう……」
悩んでいてもこうなっては仕方ない。ティナーシャは頭を抱えていた手を放すと、腕組みをして椅子の背もたれに寄りかかった。溜息混じりに友人を見る。
「で、何して欲しいんですか?」
「察しがいいわね」
「何年付き合ってると思ってるんですか」
呆れ混じりの溜息は、遥か昔から二人の会話に欠かせないものだ。
ルクレツィアは友人の嫌な顔に対し艶やかに笑った。テーブルの上に右手を、手のひらを上にして乗せる。そこに指輪の映像が浮かび上がった。それは魔法の紋様が全面に彫られた銀色の指輪で、小さな柘榴石が一つはめ込まれている。
「これね、昔失くしちゃったんだけど、探して欲しいんだな」
「いつどこで失くしたんですか」
「五百年前に、自宅で」
「私、生まれてないよ! しかも自宅掃除しろ!」
「私の家にはもう無い。これは確か」
ティナーシャは小さく唸った。ルクレツィアはこういう謎かけが好きなのだ。そしてこういう物の頼み方も。
それにしても手がかりが足りない。不親切にもほどがある。
「もうちょっと情報ください」
「私が作ったものだから、私の魔力を帯びてるわ」
「追えないの?」
「追えない。見えないわ」
魔女が自分の魔力を追えないということは、かなり限定された状況である。強固な結界がほどこされている場所か、或いは強力な術者が持ち歩いているか。
しばらく考え込むとティナーシャは友人を見返した。
「二時間?」
「二時間。間に合ったら解呪してあげるわ」
「間に合わなかったら?」
「それはそれで面白いから」
「その時はふっ飛ばしますよ」
ティナーシャは立ち上がって、周囲の魔法士たちを見回すと
「じゃ、頑張りますか……」
と最初から疲労感に満ちた声を出した。
「と、いうわけで宝物庫に入る許可をください」
「何が、というわけなのか、まず話せ」
突然執務室内に転移してきた魔女に、オスカーは書類に視線を落としたまま答えた。今は王である彼は、即位後も移るのが面倒だからという理由で同じ部屋を使っている。ラザルがいないのは別の仕事に出ている為だろう。
ティナーシャは予想通りの反応に、両手を顔の前で合わせると懇願した。
「それはあんまり言いたくないんですが、時間がないんです。お願いします」
「駄目、話せ。お前の秘密主義は説教対象だぞ」
「ううう」
クスクルの件で全く信用がなくなってしまった魔女は、悶絶しながらも事情をかいつまんで説明した。話し終わると、オスカーが腹を抱えて笑っているのに気づく。
「見事な他人事ですね……」
「笑うなという方が無理だ。それだけ魔法士がいて何やってるんだ」
ティナーシャはその最たる人間として、何も言えずにがっくり項垂れた。申し開きも出来ずに床を見たまま呻く。萎れたその頭を、机を回ってきたオスカーがぽんぽんと叩いた。
「まぁ俺は面白いから、見つからなくても構わないぞ」
「全く面白くない! もっと臣下を大切にしてください」
「自業自得だ。怪しい物を食うな」
冷たく言いながらも扉に向かったオスカーは、それを開けたところで魔女を振り返って手招く。
「ほら来い。時間がないんだろ」
ティナーシャは顔を上げると、慌てて彼の元に駆け寄った。
魔女を伴って宝物庫への廊下を歩きながら、オスカーはしみじみと述懐した。
「それにしてもお前にも本当に効くんだな」
「ルクレツィアが作るものは特別なんですよ……。昔もよく変なもの飲まされました」
「なのに何故まだ口に入れるのか、俺には分からん」
「美味しいからです」
見張りの兵士たちを越えてしばらく、宝物庫の扉が見えてくる。オスカーはその前に立つと、巨大な扉に手をかけゆっくりと押し開けた。二人は隙間から中に入る。ティナーシャは簡単な構成を組むと、自身の魔力を広げて室内を探った。
さすがにファルサスの宝物庫だけあって、ティナーシャにも分からない不思議な力を帯びたものが沢山かかる。しかしその中にルクレツィアの魔力を帯びたものはかからなかった。
「な、ない」
「残念だな」
まったく残念と思っていない、いい加減な声音で相槌が打たれる。ティナーシャは傍観する気満々の契約者を恨みがましい目で睨んだ。オスカーは平然とそれを受け流す。
「他に候補はあるのか?」
「本命があります」
とりあえず近い場所から探してみただけで、心当たりはまだあるのだ。
二人は一旦外に出ると宝物庫の扉を閉める。それはどこなのだと促す視線に対し、ティナーシャは人差し指を立てた。
「トゥルダールの宝物庫です」
「……そんなものがあるのか!」
「今までは封印されてたんですけどね。私が王位を継承したんで入れるはずです」
ちょっと行ってきます、と転移の構成を組みかける魔女を、オスカーは留めた。
「興味ある。俺も連れてけ」
魔女は驚いて、しかしすぐに苦笑し男の手を取ると、門を開く為に構成を組み替えた。
転移したのは何もない荒野だ。辺りを見回すと、少し離れた場所に先日の戦場となった大聖堂跡が見える。ティナーシャはしばらくあちこちをうろうろとしていたが、ある一点を見て目を細めると、おもむろに両手を地面に向けて伸ばした。
「我は王なり。道を開けよ」
彼女の言葉と共に地面に白い紋様が浮かび上がる。数秒の後、紋様が掻き消えると、代わりに地中に下りる階段が現れた。
「なんだこれは。凄いな」
「魔法仕掛けですからね。おそらく滅亡した時から誰も立ち入ってないはずです」
ティナーシャは右手に光を灯すと、無造作に暗い階段を下りていく。オスカーはその後に続いた。黴臭さなどはないが、空気の淀みを感じるのは仕方のないことだろう。
二階分ほどの高さを下りると、その先は広い石室になっていた。二人が踏み込むと壁に掛けられた燭台に明かりが灯る。浮かび上がった石室の中は棚や石テーブルの上に魔法の品が雑然と詰まれた状態であり、塔のティナーシャの部屋に似通っていた。
彼女はそれらを見回しながら肩をすくめる。
「今度、ちゃんと整理にこないと駄目ですね」
「凄いな……」
オスカーが近くにあった水晶球を手に取ると、その中には見知らぬ海辺の風景が鮮明に浮かんでいた。ティナーシャは振り返って苦笑する。
「危ないからあんまり触らないでください」
「分かった」
魔法の品の中には触れただけで発動するものもあるのだ。
水晶球を戻すオスカーを背に、ティナーシャは先程と同じように魔力を周囲に張り巡らせる。室内にあるものがほぼ全て魔法の品である為、判別にはより時間がかかった。小さい物を見落としていないか慎重に隅々まで探していく。
彼女の構成の網を見ていたオスカーが、隣にまで戻ってきた。
「あったか?」
「う、……ない……」
ティナーシャは愕然となった。てっきりここにあるのかと思っていたのだ。時間を確認すると、残された猶予はあと一時間ほどになってきている。心中に初めて本当に焦りが生まれた。すぐに城に戻ってルクレツィアを締め上げた方がいいだろうか、彼女は迷う。
考え込む小さな頭に、オスカーの手が乗せられた。
「もう一度よく考えてみろ。問題に手がかりがあるはずだ。前にルクレツィアに会った時と今日では何か違うか?」
「うーん……まずトゥルダールの王位を継いでます。あとは……パミラとレナートがいます、けどルクレツィアは来るまで彼らのことを知らなかったので多分違う。あとは貴方が即位してますね」
「俺は即位後に既に会ってる」
「そうなんですか?」
見上げるとオスカーは頷いた。どういう状況で会ったのだろう、とちょっと気になったが、現状には関係ないので聞かないことにする。
「やっぱりトゥルダールが怪しいですよね。五百年前だし。五百年前にあったものってそうはないですよ」
「他に残ってる施設はないのか?」
「地中に作られてるのは此処と、精霊の間だけですね」
そこまで言って、二人は顔を見合わせた。
一旦地上に戻った二人は、歩いて大聖堂跡まで行き、そこから真下の地中に転移した。そうして訪れた精霊の間は、見回す限り石畳が広がっているだけで他に何もない円形の空間である。本来ならば継承されていない精霊はこの広間に彫像となって出現するのだが、全てがティナーシャに継承されている今は、石の一つも落ちていなかった。
オスカーは魔女が作った光を手に、大広間より一回り広い程の空間を歩いて確かめ始める。途中、外周の壁の只中にぽつんと扉があった。
「これはどこに繋がってるんだ?」
反響して聞こえる問いに、反対側を回っていたティナーシャが答える。
「本当は城に繋がってたんですが、多分今はもう埋まってます」
そしてその扉以外他に何も見つからない。そろって一周してしまうと、二人は再び中央に戻った。
「ないみたいだぞ」
「ですね。何も感じられません。やはり召喚して聞いてみますか……。五百年前だとザユルク王の治世ですから、使役されていた精霊は一体のはずです」
ティナーシャは肩をすくめると、無造作にその名を呼ぶ。
それに応えて一人の精霊が二人の前に現れた。
「女王よ。何か用か?」
現れた精霊は二十五、六歳の男の姿をとっていた。人間にはいない青みがかった白い短髪に、赤い目をしている。端正な顔には人の悪いにやにや笑いが浮かんでいた。己に仕える精霊を前に、ティナーシャは腕組みするとぞんざいに尋ねる。
「セン。閉ざされた森の魔女を知ってるか?」
「知っているぞ」
「彼女の作った指輪を探している。柘榴石がはめられた銀の指輪だ」
指輪がなくなった時代に現出していた精霊なら、何か心当たりがあるかもしれない。ティナーシャはそう思って彼を呼び出したのだが、反応は予想外のものだった。
センは軽く目を瞠ったが、すぐに元の表情に戻ると
「俺が持ってる」
と答えたのだ。
「はぁ!?」
思わずティナーシャは素っ頓狂な声をあげる。まさか彼がそのまま所持しているとは思わなかった。これは一体どういうことなのだろう。
悩みかけた彼女はけれど、オスカーに「時間見ろ」と背中をつつかれ、現状を思い出した。精霊に向き直る。
「それをくれないか? 彼女が欲しがってる」
センは笑ったまま首を傾げた。
「俺のものだぞ。でも女王が欲しいというなら、命に従うが」
ティナーシャは少しだけ逡巡した。
主従関係を盾に人のものをとりあげるのは抵抗がある。が、この場合は仕方ないと割り切るしかない。ティナーシャは苦い顔で頷いた。
「じゃあ命ずる。渡してくれ。彼女に渡すから、取り戻したかったら改めて交渉しよう」
「その必要はない」
センは手を伸ばした。ティナーシャはその手の下に自分の手を差し出す。すると虚空から指輪が出現し、彼女の手の中に落ちた。
ティナーシャは受け取った指輪を確かめる。紋様も石も確かにルクレツィアが指定したものだ。彼女は失くさないようにとりあえずそれを自分の指に嵌めたが、男物らしくぶかぶかである。ティナーシャは指輪ごと手を握りこんだ。
「ありがとう」
「お安い御用だ。用はそれだけか?」
「これだけ」
「では失礼するぞ」
センはその言葉を残すと、現れた時と同じくあっという間に姿を消した。
魔女は後ろを向くと、指輪の嵌まった指をオスカーに示す。男は細い指には大きすぎるその指輪をまじまじと見つめた。
「間に合ったな」
「おかげさまで……」
安堵の息は石畳に溶け落ちていく。魔女は改めて契約者の腕を取ると、城への門を開く為に構成を組んだ。
「面白かった」と仕事に戻るオスカーと別れ彼女が談話室に戻ると、そこにはルクレツィアだけではなく媚薬を盛られた他の魔法士たちもいて皆でお茶を飲んでいた。ティナーシャは一同を呆れた目で見やる。
「なかなか動じない神経ですね」
その言葉に、魔法書を広げていたドアンが疲労の窺える顔を上げた。
「最近、色んなことに耐性がついてきた気がします」
他の人間も同意見なのか、似たり寄ったりな表情をしている。
一方その原因である女は、奥から楽しげな声をかけてきた。
「見つかった?」
「ありましたよ」
ティナーシャは指輪を外すと、嫣然と微笑む友人に投げる。ルクレツィアはそれを空中で受け止めた。他の魔法士たちの緊張に満ちた視線が集中する。
閉ざされた森の魔女は手の中の指輪を転がしながら検分すると、ティナーシャに向かってにっこり笑った。
「うん、ありがとう」
その言葉に全員がほっと胸をなでおろす。
振り回されたティナーシャはこめかみを押さえて苦言を返した。
「次からは普通に頼んでください」
「あら、それだとつまらなくない?」
「無難が一番です。さっさと解いてください」
促されて女は、指輪を持っていない方の手を前に差し伸べる。そこに一瞬で構成が現れ、弾けるように消え去った。 同時に全員の体内から魔力と構成が消える。
このように簡単に解けるのは、彼女が製作者本人だからだろう。他の人間であれば長い詠唱を加えても解けるかどうか怪しいはずだ。
ティナーシャは解呪の気配を感じて一呼吸ついた。喜色や安堵を浮かべる魔法士たちの間を縫ってルクレツィアの隣に行き、椅子に腰掛ける。ここまで苦労したのだから、相応の説明はしてもらいたい。彼女は渋面で頬杖をついた。
「で、それは何なんですか?」
大きすぎる指輪を自分の指にはめたルクレツィアは片眉を上げる。美しい顔から笑顔が消え、子供のようにむすっとした表情になった。
彼女はティナーシャを横目で見ると、面白くなさそうに呟く。
「……昔の男に贈ったのよ」
「―――― え?」
言われた意味をよく飲み込めず目を丸くしたティナーシャを放置して、ルクレツィアは「またね」と手をひらひら振り、その場から姿を消した。取り残された魔女は一瞬前まで友人がいた席を見つめる。 疲れが滲む声が自然に零れた。
「な、なんだったんだ……」
それに答えられる人間は、その場には誰もいなかった。
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