第238話 赤き鬼との激闘。俺がヤガミと共に旋風を巻き起こすこと。(後編)
風の止んだ後、俺は立ち上がって力み過ぎで血だらけの拳をさらに握り締めた。
…………どうなった?
砂塵の舞う荒野を瞬きもせずに見つめる。
やがて戦っていた2人の姿が見えてきた。
ヤガミが目一杯力を込めて、アードベグの正面打ちに耐えている。ささやかに刃に残る大地の水流が、まだ抗わんとする彼の意思をかろうじて飛沫として撥ねさせていた。
相対するアードベグはこれでもかとばかりに目を見開き、ギラつく眼でヤガミを睨みつけている。
まさに鬼神の形相であった。
「くっ…………」
ヤガミが顔を顰め、後ずさる。
刃に渦巻く水流が段々と弱々しく、細く途切れがちになっていく。終いにはただの黒い水滴と化し、刃を汚して伝っていくのみとなった。
アードベグが容赦無く身体を前へ押し出す。ヤガミが堪らず膝を折る。
俺にはもう打つ手が無い。
完全に「切れて」しまった。
ダメだ。押し斬られる――――…………!
そう覚悟して息を詰めた瞬間であった。
アードベグがふっと刃を下ろし、柄頭で勢い良く地面を小突いた。
「ふむ、上々!」
緊張の糸が切れてか、ヤガミが剣先を落として崩れ落ちる。
肩で息をしながら、彼はどっと疲弊した面持ちでアードベグを仰いだ。
「…………それは、つまり…………?」
ヤガミの問いに、アードベグは哄笑で返した。
「ハッハッハァーッ!!! 月に浮かれてフラリと出てみれば、何と愉快な出会いのあることよ!!! ヤガミ殿もさることながら、「勇者」殿もなかなかどうしてやりおるわ。スレーンの気脈は知る人ぞ知る暴れ竜…………。一時とはいえ、よくぞ手懐けなさった。最後の一撃などは、迂闊にも本気が滲みかけましたわい」
ニヤリとえくぼを作ってこちら見る赤鬼には、どうにも憎めない愛嬌がある。
彼はヤガミに腕を差し出してほぼ無理矢理に立ち上がらせると、しみじみと白露の宮の灯へ目を細めて続けた。
「…………しかし、ちょいとはしゃぎ過ぎましたな。これでは気付かぬ方が無理というものです。
場所を変えましょうや。楽しみの礼に、酒の一杯でもおごらせてつかあさい。穴場がございますゆえ」
俺は当惑しつつ、ヤガミと顔を見合わせた。
ヤガミは剣を納め、溜息を吐いて言った。
「…………行くか」
「…………ああ」
俺達の答えを聞いたアードベグの笑い声が山間にこだました。
「ハーッハッハッ! スレーンは水の里、つまりは酒の里! ご期待くだされよ!!」
毎度のお国自慢に、うんざりする程の元気も無い。
かくして俺達はアードベグに連れられるがまま、白露の宮を横目に、荒れた山道へと入って行ったのだった。
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