第173話 縋りつくべきもの。俺が再び「祈り」へ手を伸ばすこと。

 ドワーフの鉄槌が俺達の脳天目掛けて振り下ろされる。

 ナタリーは鼻先わずか数ミリの所でそれを躱しつつ、間髪入れず続く蜘蛛男の腕の一撃を鮮やかに蹴り払い、そのまま身を捻って姿勢を崩しているドワーフの横腹をも蹴り上げた。

 よろめいたドワーフが勢い余って、もう片方のドワーフへと雪崩れ込む。


「〇××ッ!!!!」

「×△●ッ!!!!」


 ドワーフ達の異国語の罵り合いがホールに野太く響いた。

 その合間に、蜘蛛男がぐわんと宙返りしてナタリーに迫る。彼のしなる腕が鞭の如く打ち下ろされるのを見切った彼女の脇から、タリスカの刃が二重、三重と重なって素早く走った。


 瞬く間に蜘蛛男の片腕が斬り落とされ、群がってきていたゾンビの大群が内臓を噴き出して一斉に崩れ落ちた。奥にいた大鬼と能面女が慌てふためいて武器を構え直すも、遅い。


 死神は目にも留まらぬ速さで大鬼と能面女の間をすり抜けるや、たちまち階段の男の目の前へ踊り出た。


「――――失せよ、魔」


 二刀が鮮やかに閃き、護手達を率いる男を十字に裂く。

 男は血にまみれながら、笑っていた。

 彼の千切れた身体がぐしゃりと床に落ちる…………かに、見えた。


 刹那、ナタリーはハッと翠玉色の瞳をきらめかせ、俺を自分の後ろへと押しやって叫んだ。


(ミナセさん!! レヴィを!!)


 ナタリーの合図で、俺は一気に意識を彼女との共力場の中へ沈ませた。

 ナタリーの強烈な予感が俺にもビリビリと伝わってくる。


 まだだ。

 これは、始まりに過ぎない…………――――!!!



 ――――…………翠の海へ、ザブンと身が浸かる。

 白く細かなきらめきが水面へ昇っていき、俺の身体は優しい水音を立てて透明な羽衣に変わった。


 波に揺られ、そのままユラユラと流されていく。

 魔力の流れは豊かで、緩やかだ。

 クラゲだか海藻だか知らないが、俺のこの身体の具合もなかなか悪くない。


 身体のあちこちに纏わりついている小さな泡が、水面から差す陽光をチラチラと反射していた。

 霞んでは瞬く光の豊かなリズムが、魂の歌を彷彿とさせる。

 口ずさむまでもなく、全身のゆらめきが旋律を紡いでいた。


 ナタリーの戦う様子が、アクセサリーの高らかに鳴る音となって伝わってきた。

 大鬼とタリスカが猛烈な打ち合いを展開する一方で、四つ腕の能面女と片腕の蜘蛛男は目まぐるしくその位置を入れ替えながら、ナタリーに襲い掛かっていた。


 ナタリーは能面女が滅多矢鱈に振りかざす刃の嵐を、掻い潜るようにして捌いていく。クナイに似たナイフが一度だけ彼女の額を掠めたが、怯むことはない。彼女の足は決して止まらない。


 蜘蛛男はそんなナタリーの足下を掬うべく、執拗に残った片腕と胴をしならせて執拗に追撃を繰り返していた。斬られた腕は痛くないのか、表情を全く変えない。というか、気味の悪いことに、もう出血が止まっている。

 ナタリーは小刻みに動いて男の攻撃を躱すも、次第に俺からは離されていっていた。


(焦っちゃダメだぞ…………)


 俺は自分に言い聞かせた。


 あのリーダーの男は、どこへ消えた?

 これ以上ナタリーと離されたら、力場が保てなくなるかもしれない。

 他に敵は?

 本当に見えるのだけで全部なのか?


 次から次へと湧いて出てくる不安が、べっとりとした藍色の靄となって海の色をくすませていく。


 そのうちに、ふいに海が大きな地震に突き上げられた。


(――――!! なんだ!?)


 突然の動揺に俺は大きく煽られ、纏っていた泡を一辺に水中へ散らしてしまった。


(――――しまった!)


 泡はあっけなく水面へ吸い込まれていき、輝かしくも儚く消えた。


 失望をさらに煽るように、翠玉色の海が急速に濃く冷たい藍色に染まっていく。

 同時に、強い流れが俺を水底へと引きずり込む。

 凄まじい水圧が、薄い羽衣を貫きかけた。


(…………くっ――――!!!)


 俺は腹に鋭い痛みを感じ、即座に意識を館に浮上させた。


「っ! か、はっ…………」


 腹を抱えて蹲った俺は、堪らずカーペットに真っ赤な血を吐き出した。


「ミナセさん!?」


 ナタリーが顔を蒼くして振り返る。

 俺はすぐに口元を拭い、ナタリーへ気丈な視線を送った。

 大丈夫。こけおどしに過ぎない。

 …………多分。


「本当に平気!?」

「危ない、ナタリー!!」


 能面女のクナイが、ナタリーの目を狙って真っ直ぐに投げつけられた。ナタリーは素早く後転して躱し、女を睨んだ。

 そこへすかさず蜘蛛男が追撃を仕掛ける。見覚えのある、黒い丸鋸の刃のような回転する円盤(確か「薄黒はっこくの盾」とか言ったっけ)がナタリーへ振り掛かる。


「…………しつこいなぁ!!」


 ナタリーの強烈な踵落としが盾を叩き割る。砕けた破片はすぐさままた蜘蛛男の手に凝集し、再度激しい回転をかけた。

 能面女は奇声を上げ、今までよりも一層激しくナタリーへ斬りかかっていった。その目は乾いて血走り、およそ正気からはかけ離れた異様な光を迸らせている。


 階段の上を見上げると、丁度タリスカが大鬼を下からバッサリと斬り上げたところだった。明らかな致命傷を負って倒れた大鬼はタールのようにドス黒い血を吐き出しながら、なおも唇を動かしている。

 死神は情け容赦無く大鬼の首を斬り落とすと、次いで周囲に現れた無数の薄い人影(幻霊に似ていたが、それよりもっと具体的な…………確かな区別のある顔形をしていた)へ刃を舞わせた。


 彼は剣舞の最中、鋭く俺を睨んで言った。


「勇者、疾く魂獣を呼べ。まだあの魔は死しておらぬ。心眼にて見出し、勇者が止めを刺せ。…………決して呪いに惑わされるな」


 その時、俺は急に背筋に寒気を感じ、壁際へ飛び退いた。

 見れば、タリスカが斬り捨てたゾンビ達の群れが千切れた身体で這いずって、俺のすぐ傍まで寄ってきていた。


「ヒィッ!!」


 俺は後ずさり、急いでゾンビから離れた。動きは鈍いものの、あまりに数が多い。

 こうしている場合ではない。

 早く、一刻も早く、レヴィを呼ばなくては…………!


 俺は何度か深く息をして、また共力場へと集中した。



 ――――…………。

 …………エメラルド色の暖かい海は、今やすっかり冷たい、濃藍色の荒海に変わっていた。


(ナタリー…………平気なのか?)


 思わず零れた呟きに、ナタリーが息を上がらせて応じた。


(平気! まだやれる!)

(わかった)


 ナタリーの奏でるリズムが、さっきまでより明らかに荒々しくなっていた。乱れがちな彼女の呼吸が我が事のように生々しく感じられて、肺が苦しい。


 今の彼女に、レヴィに呼びかける余裕は全く無い。タリスカにも、今は近付かない方がいいだろう。彼が戦っているのはきっと、彼にしかどうしようもないものだ。


 あの消えた男の瞳の色と同じ、底知れない濃藍が目の前に開けている。

 広く力強い、自在な流れ。下手に飲まれると、また水底に叩き込まれてしまう。


 俺は息を潜めた。

 心許無いが、今度はどんな形(自分)も作らないで潜ってみる。

 形があれば探りやすいけれど、さっきみたいに脆くもなるから。


(よし、行くぞ)


 俺はタカシに身体を任せ、力場に挑んだ。



 ――――…………魂一貫で潜る海は、凍える程に冷たかった。


 高速で流れる渦に巻かれながら、当て所なくさまよう。

 ともするとつい何かの姿が恋しくなって縋りかけたが、その度に厳しくタカシが俺を叱りつけた。


(もう一度腹に穴を開けられたいのか、お前は!? 俺はごめんだぞ! すぐにヤバイわけじゃないが、それなりに重傷だぞ、これは!!)


 彼の痛みが、俺にも伝わってくる。

 ズキズキと痛む腹を押さえて痛みにだけ集中すれば、とりあえずは形への誘惑を忘れられた。


 なまじ攻撃を受けたおかげで、丁度良い命綱ができたとも言える。この煩わしい刺激さえあれば、形は要らない。

 思いだけで、力場が探れる。



 ――――…………俺は痛みに縋って、レヴィの探索を続けた。

 蚕が糸を吐くように、細く細く歌を紡いでいく。レヴィの声は未だ聞こえない。だが、何か大きなものが遠くで蠢いている気配は確かに感じる。


 ずっと繰り返していると、意識が朦朧として水中に拡散していきそうになった。

 自分がどこにいるのかわからなくなりそうになる度、俺は自分タカシの腹を強く殴りつけた。


(…………ぐっ!)


 タカシの苦悶の呻きが耳に響く。

 鋭い痛みが、広がりかけた意識をすぐに引き戻してくれた。

 ナタリーの荒い息遣いと、彼女の額から垂れる血のぬめりが(彼女の感覚も、いちいち生々しく伝わってくる)さらに痛みを具体的なものにしてくれる。


 タカシは血の混じった唾を床に吐き、戦場を睨み付けた。

 青い炎に包まれていたはずのホールは、いつの間にか真冬の夜のような深い闇に飲まれていた。細切れた火の粉が、小さな人魂となってあちこちを照らしている。霧雨に似た嫌な湿り気が、服を肌にじっとりと張り付かせていた。


「もう一度だ、コウ…………」


 タカシが再び俺を力場の深みへと追いやった。



 ――――――――……………………。



 集中して…………。



 集中して…………。



 集中して…………。



 気付いた時には、力場の流れはすっかり消失していた。


(――――あれ…………?)


 ふいによぎった違和感に、俺は辺りを見回した。

 ぼわんとした虚無的な藍色の空間に、ただ自分の意識だけが寂しく浮かんでいる。

 そして段々とその色さえも…………「藍」という概念すらも、溶けて無くなっていくのがわかった。


 俺を留めているのは唯一、腹からズキンズキンとひたすらに響く「痛み」だけだった。


 いつの間にか、ナタリーの気配が全く感じられなくなっていた。レヴィの歌声を聞こうとするのに夢中になり過ぎて、彼女自身に気が向いていなかったらしい。


 絶えず寄せていた波の音すら聞こえない。

 俺は怖くなり、声を上げた。


(ナ…………ナタリー? …………どうしたんだ? どこにいるんだ?)


 答えは返ってこなかった。

 俺は底知れない恐怖を覚え、さらに痛みに縋った。

 今までよりも一層強く、腹を握り締める。


 最早タカシの悲鳴すら遠く、ただ感覚だけがこだました。


 痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い…………


(…………?)


 ふと己に疑念を抱いた瞬間、嵐の如く膨大な思念が脳になだれ込んできた。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い



(――――ッ!!!)



 俺は叫ぶことも泣くことも出来ずに、激痛にまみれた。



 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…………



「あ…………」



 霞んだタカシの視界に、大量の腐れた黒い手が絡み付いてきていた。ゾンビ達が次々と俺にのしかかってきて、我先にと俺の首を絞め、口に手を捻じ込んでいた。

 ひどい腐臭とみるみる増す重圧に、俺は悲鳴を上げた。上げようとした。ゾンビ達の重さで腹が軋み、痛みで吐きそうになる。

 ゾンビ達は不明瞭な声で何か呪文を唱えながら、俺の口を引き裂かんばかりにひしめき合っていた。


「う…………ぐ…………あぁ…………」


 手足に纏わりつく、不快なべとつき。全身に大火傷を負ったみたいに身体が熱くなり、あちこちの皮膚が爛れていった。

 幾重にも折り重なったゾンビの爪で眼瞼が引き伸ばされ、血が垂れる。乾いた眼球から、血と涙の入り混じった生温かい液体がボロボロと零れた。


「あっ…………ぅあぁ…………っ」


 惨めにもがく俺を、ゾンビ達は決して離さない。まるで一縷の蜘蛛の糸に縋る罪人達のように、彼らは少しでも奥へ奥へと俺の喉に崩れかけの指を伸ばしていく。

 吐いた血やら吐瀉物やらがゾンビの腐肉と混じり合って、俺は窒息状態だった。



 …………苦しい。



 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、



 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい


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 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…………




(死にたくない……………………!!!!!!)




 無数の腕が俺の微かな命の灯に、最期の息を念入りに吹きかける。

 目の前が真っ白なのか真っ黒なのかすらわからない。

 天井も底も無い虚無が襲ってくる。




(…………死ぬ)




 恥じらったフレイアの、だけどとても嬉しそうな笑顔が刹那だけ浮かんで虚しく消えた。




 …………最期の最期にやっと理解する。



 ここは、呪いの力場。

 形も色も無い、強く根深い思念の集う場所…………。


「――――「呪い」というのはね…………」


 まだ大人になりきらない、少し背伸びした少女の声が記憶の底から届く。

 …………そうだ。

 あの時も俺は、同じように求めていた。


「つまるところ、「願い」なんだよ。…………何なら「祈り」と呼んでも構わない」


「「願い」、「祈り」、「慈しみ」、「悼み」…………。そうした純粋な想い、目的無き意思が、この世界の幾千万もの鏡の間を行き交って、「呪術」の力場は育まれている」


「ああ、縋ると良いよ。頼れば良いとも。惨めで恐ろしく、弱くて苦しくて、どうしようもないのなら、それも立派な戦い方の一つだよ」


「なぁ、オースタンの。救いを識るのに、どうして堕ちずに済む? 底まで堕ちた者が、何によってもう一度立ち上がる? …………無心に手を伸ばすより他に、何かできることがあると思うか?」




 そうして俺は手を伸ばした。

 歪んでいると知りながら、頼ってはならぬ力に縋った。

 己から、昏がりへと踏み込んだ。

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