第133話 「最終兵器」の魂の色。俺がツーちゃんに訴えたこと。

 そうこうするうちに、観測所の方からウマが駆けてきた。

 手綱を握っているのは、滴るようなワインレッドのドレスを纏った妙齢の女性である。その厳めしい面構えは見間違えようもなく、あの大魔導師・ツヴェルガートなんたら様のものであった。

 彼女が下馬するや否や、俺は早速駆けよってナタリーのことを抗議した。


「なぁ、ツーちゃん! いくら何でも横暴過ぎるぞ! 嫌がっている女の子をロクに説明もせずに無理矢理拉致してくるだなんて、最終的に納得してくれたからいいとか、そんな話じゃないぞ!

 大体、危険な旅だって自分で散々言っていたじゃないか! それをこんな強引なやり方で…………」

「あー、うるさい! 黙れ、ワンダめが! 危険な旅であればこそ、「水先人」の力が必要なのだ! 悪辣なのは貴様に言われずとも自覚しておる! 「水先人」とその魂獣は最終手段だ。矢面に立たすつもりはない!」


 ツーちゃんはピシャリと俺を怒鳴りつけると、さっさとナタリーの元へと歩んでいった。琥珀色の瞳が今朝は一際、威圧的に輝いている。眉間の皺はいつも以上に深く、彼女の美貌に異様な迫力を添えていた。

 彼女は偉そうに腰に手を当ててナタリーに向かい合うと、挨拶も無しに、ずけずけと話を切り出した。


「「水先人」の娘よ。名は?」

「ナタリー。…………アナタが噂の「ツーちゃん」? 意外。もっと意地悪なおばあさんなのかと思ってたけど、綺麗な人だったんだ」

「魔導師の姿に意味など無い。が、そう言われて悪い気はせぬな。さすがにそこのワンダよりかは常識があると見える」


 ツーちゃんが腕を組み、わかりやすく笑顔になる。俺はなんて馬鹿馬鹿しいんだと呆れつつ、二人の間に立った。

 ツーちゃんはそのまま、毅然と語り継いでいった。


「して、ナタリーよ。これから我々はテッサロスタへと向かうわけだが、その前に一つだけ尋ねておきたい。お前の「無色の魂カラーレス」は、あとどのくらい持つ? 代々「水先人」なれば承知のことと思うが、「無色の魂」には寿命がある。これは、肉体に潜むごく微量な魔力が「無色の魂」に色移りするためだが…………もし「魂」の交換時期が近いようであれば、後に多少荒業が必要となるやもしれぬ。覚悟しておけ」

「アラワザ? 荒業って、ナタリーに何する気なんだよ?」


 割って入ってきた俺を、ツーちゃんは腹立たしげに制した。


「貴様は口を閉じておれ。話がややこしくなる」

「どうせまた滅茶苦茶危険なんだろう? 彼女は善意で協力してくれているんだぞ。これ以上キツイ要求するなよ」


 なおも突っかかる俺に、ツーちゃんは鋭い視線を向けた。


「話は途中だ、阿呆め。

 というか、貴様はこれまでの戦闘で本っっっ当に何も学ばなかったのか? 痛いのは嫌だろう、怖いのも嫌だろうと気を遣って避け続けて、最終的に一番困るのは誰だ!? 何もわかっておらん癖に、適当なことをほざくな!!」

「だけど同じことを伝えるにしたって、言い方ってものがあるだろ!

 それに…………人の魂が物みたいにぞんざいに扱われているのは気分が悪い」


 ナタリーの後ろにいるリーザロットが、しんみりと片手を頬に添える。その隣ではグラーゼイが太い腕を組んで、不快そうに目元と三角の耳をピクつかせていた。クラウスはどこか興味深そうに黄色い獣の目を瞬かせている。

 フレイアとシスイは、俺の傍らで黙って成り行きを見守っていた。タリスカとサモワールのオーナーは、少し離れた場所からこちらを窺っている。

 思わぬ騒ぎの渦中に放り込まれたナタリーは、困り顔で俺の腕を掴んだ。


「あ…………あの、ミナセさん。私、平気ッス。前に技師さんから聞いた限りじゃ、交換まではあと半年はあるはずだし。だから、その、そんなに怒ってくれなくても…………」

「ダメだよ。約束した以上、君を危険な目には遭わせられない。引き下がれないよ」

「…………」


 ナタリーが無言でツーちゃんを見やる。ツーちゃんは瞳の琥珀色を、まるでヴェルグみたいに禍々しく、輝かしく揺らがせていた。

 俺はその妙な色合いに寒気を感じつつも、あえて突っ込んだ。


「「荒業」って、何だよ? 俺にも教えてほしい」

「聞いてどうするのだ?」

「ナタリーの気持ちを聞く」

「わざわざ貴様が尋ねる理由はなんだ? その娘は子供ではない。己のことは、己で告げられる」

「…………そういうところが、人の気持ちがわかってないって言うんだ。彼女が誰のために我慢していると思っている? 言いたくても、言えない時はある」


 ツーちゃんは深い溜息を吐いて瞳を閉じると、また元の落ち着いた眼差し(というには、多分に高圧的ではあったが)に戻って、話を始めた。


「「魂に色がつく」。…………それはすなわち、魂がその者の霊体に馴染むことを指す。魔力の根源たる魂はもともと無垢だが、成長するにつれて、その者に固有の特徴を帯びてくる。魔術師はこれを、「色がつく」と呼び慣わしておる。

 容易に想像できるだろうが、この色合いは生まれ持った肉体や生育環境によって大きく異なってくる。ひいてはその者の魔力の性質にも大きく関わってくるのは、最早説明不要だろう」


 聞いていると、誰かが俺の肩を叩いた。

 振り向けば、いつの間にかそこにいたクラウスが、宙に丸く円を描いて話しかけてきていた。


「コウ様。この間一緒にお話したヤツです。俺、コウ様やら蒼姫様やらの魔力場に青い色を塗ったでしょう? あれがつまり、魂に色がついているって状態です。人それぞれ、色んな色があるんです」

「ああ…………確か、その色によって相性があるとかいう話だっけ? 共力場が編みやすかったりとか、飲まれやすかったりとか…………」

「フン。…………ワンダの頭でも覚えられることがあったのだな。感心した」


 ツーちゃんは満足げに鼻息に吐き、話を続けた。


「「無色の魂」はその名の通り、色のついていない状態の人工の魂だ。多くは何らかの事情で霊体を失った者が使用するが、時には魂に色をつけたくない者が、あえて使用することもある。

 そこのナタリーが、まさにそうだ」


 ツーちゃんはナタリーを見据え、それからまた俺に話を振った。


「魂獣使いは、各々が扱う魂獣の性質に合わせて厳密に色を整えねばならぬ。特に強大な魂獣を従えんとする者は、そのために己が全てを擲(なげう)つ必要がある。

 わけても「水先人」は、己の色がその大いなる魂獣に移らぬよう、極限までその魂を漂白するのだ。

 魂獣は一種の呪的存在だ。ヤツらは蓄積された祈り、怨念、憧憬などから、半ば力場に溶け込んだ存在として生じる。故に、ヤツらは扱う者の抱く想いによって…………例えそれがほんの、髪の毛程の些細なものであったとしてもだ…………予想だにしない影響を被りうる。

 魂獣使い共が進んで「無色の魂」を使用し、己の魔力場を透明に、均一に保とうとするのは、一重に魂獣の暴走を恐れてのことなのだ」


 俺がナタリーを振り返ると、ナタリーはちょっと顎を引き、生真面目に言葉を添えた。


「ツーちゃんさんの言う通りッス。………「無色の魂」に色が染みついちゃったら、すぐに交換しなくちゃならないんだ。もし私がレヴィを悪い子に変えちゃったら、誰もあの子を制御できなくなるからね…………」

「だけど、俺は君からちゃんと魔力を…………色を感じるよ。いつも漂白しているって言うなら、あれは何なんだ?」

「それは、さっきもちょろっとツーちゃんさんが言っていたけれど、肉体に元々ある魔力のことだと思う。肉体にも、ほんのちょこっとは宿っているらしいから」

「ううん…………。そしたら、何をしても絶対に「無色」になんてならないじゃないか。永遠に魂を入れ替え続けることになる」


 ツーちゃんが溜息交じりに、俺の言葉を引き取った。


「その通りだ、コウ。そういうものなのだ。

 そして実のところ、交換の他にももう一つ、色を抜く方法が存在する。それが私の言った「荒業」だ」


 ツーちゃんは一息吐いてから、片手を腰に当てて話した。


「魔力場は、主に感情を基盤とした心の在り様によって変化する。翻って見れば、魔力場の状態は心の状態を映し出しているとも言える。感情と魔力場は互いに密接に結びつき、影響を及ぼし合っているのだ」


 ツーちゃんはそれから、はっきりと言い切った。


「端的に言おう。荒業とは、ナタリーの感情を消し去ることだ。

 魂への着色が許容限度を超え、魂獣が急激に乱れた場合、彼女の感情を無にすることによって魂を脱色し、力場を制御する。

 頼むから、「どうやって?」なんてマヌケなことを聞いてくれるなよ。感情を消すやり方など、いくらでもある。遅効性だが、比較的安全性が認められているものから、即効性はあるものの、聞くだけで反吐を催すような方法まで。…………その内のどれが選ばれるかは、その時にならんと判断がつかん。そこまで貴様に説いていては、日が暮れる。それとも「感情」の定義から一つ一つ、丁寧に話が聞きたいか?」


 俺はツーちゃんを睨み、首を振った。


「いいよ、もう。…………よくわかった。…………ありがとう」

「フン。気が済んだのなら、とっとと貴様の仕事に戻れ」


 つっけんどんに背を向ける彼女に、俺はもう一言、付け加えた。


「なぁ、もしかしてその言い方、わざと?」


 ツーちゃんは首だけで振り返ると、これでもかと厭味ったらしい視線をぶつけ、何も言わずにタリスカ達のいる方へと歩いて行った。

 俺は気を取り直し、隣のナタリーに尋ねた。


「…………で、そんなわけなんだけど、君は本当にこれでいいのかな? なるべく、ツーちゃんが言うような事態には陥らないよう、俺も努力するつもりだけど…………」


 ナタリーは俺の顔を覗き込むと、爽やかな笑顔で返した。


「平気だよ。そもそも、何が起ころうと全部承知するつもりで引き受けたんだ。

 …………でも、ミナセさんがたくさん心配してくれて、正直すごく嬉しいッス。やっぱりアナタは他の人とは少し違うね。一緒にいると、元気になれる」


 俺は首の後ろに手を組み、口元を綻ばせた。

 余計な口を挟んだのかもしれないが、それでも彼女の覚悟の一端が知れて良かった。

 俺達の隣では、クラウスが何か言いたげな表情で肩をすくめていた。


「な、何だよ?」


 俺が聞いてみると、彼は無言で視線を横にずらした。つられてその方へ目を向けてみると、そこにはフレイアが、じっと瞬きもせずに立っていた。

 彼女は俺と目が合うなり、静やかに口を開いた。


「コウ様。…………もうすぐ竜が到着する頃かと思います。力場の調整のため、私と一緒に来て頂けませんか?」


 有無を言わさぬ妙な気迫に、俺は「ああ」と頷いた。

 クラウスはさりげなくナタリーの隣に寄りつつ、それとなく俺をフレイアの方へ押しやって囁いた。


「気をつけてくださいね、コウ様。…………俺はコレで、何度か刺されかけたことがあるんですから…………」


「コレって何だよ」と問う暇も無く、フレイアの予告通り、遠方から竜が飛来してくるのが見えてきた。

 逆光で姿は詳らかでないが、比較的小さな赤い竜が4頭と、それらより1.5回りぐらい大きな黒ずんだ竜が1頭。


「さぁ、参りましょう! コウ様! 今すぐに!」


 フレイアが俺を急かし、大股で歩き出した。

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