第7章
遠い空の真っ只中
第132話 出発の朝。俺がリーザロットの想いに応えること。
まだ夜の色が濃く、ひんやりとした頃に、俺達は馬車でリーザロットの館を出発した。
ガタガタと忙しなく揺れる車内には、旅の荷がどっさり積み込まれていた。俺は着替えやら食べ物やらで一杯になってしまったリュックサックを膝に乗せて、見送りについて来てくれたリーザロットと向かい合っていた。
リーザロットは用途のよくわからない大掛かりなキャンプ用品の隙間に、埋まるようにして肩を縮込めて座っていた。勢い胸の谷間が強調されて、彼女はずっと手で胸元を押さえ、申し訳なさそうに俺を見ていた。
「…………ごめんなさい。はしたないですね。違う服を着てくればよかった…………」
頬を赤らめるリーザロットのか細い呟きに、俺は黙って首を横に振った。ほのかなランプに照らされただけの暗い車内では、かえってとても奥ゆかしいだとか、余計なことは言うまい。
それでなくとも、彼女とはもうすぐお別れなのである。
俺とフレイア、グラーゼイ、タリスカ、ツーちゃんは、これから竜に乗って
聞くだに途方も無い、この期に及んでなお実感の湧かない壮大な計画だが、どうやらマジでやる時が来てしまったようだ。万が一遠征が失敗したなら、リーザロットとは今日が最後になるかもしれない。
俺は改めて彼女を見つめ、言った。
「リズ、今までありがとう。…………これからも、よろしくね」
リーザロットはこくんと頷き、微笑んだ。
「こちらこそ。…………ずっと、よろしくね」
それから彼女はさりげなく長い髪を耳に掛け、前へ乗り出してきたかと思うと、そっと俺の唇にキスをした。
驚く俺の目の前で、大きな揺れにリーザロットがよろめく。俺は咄嗟に支えようとしたが、彼女はその前にストンと丁度良く座席に収まった。
無防備な胸元と、いたずらっぽい、少し恥じらった表情に、俺の顔は燃えるように熱くなった。
「リズ…………っ、困るよ。…………どうして?」
しっとりとした唇の、柔い感触がまだ染みついていた。ほんの一瞬の、淡くとろけるような合間だけの触れ合いだったのに、まるで遥か長い時を過ごした後みたいな感覚が刻まれていた。
リーザロットはさざ波に似た、どこか物寂しげな声で返した。
「貴方が好きなの。…………自分勝手でごめんなさい。でも、どうしても今、伝えたかったんです。貴方が遠くへ飛び立ってしまう前に…………」
波が小さく砕けて、静かに引いていく。
馬車は砂利道へ入って、一層けたたましい音を立てて揺れ始めた。
少しだけ、空が明るんできたようだ。
俺は昨晩彼女と用意した分厚いリュックサックを抱きしめ、顔を埋めた。
まさかという気持ちと、やっぱりという気持ちが入り乱れていた。嬉しくないと言えば大嘘になる。だけど、今は…………。
「…………。
…………、
…………ごめん、リズ」
俺は少しだけ頭を上げて、意外なぐらいに落ち着いた――――蜃気楼じみた蒼玉色の瞳を見つめて続けた。
「どう君の気持ちに応えていいのか、わからない。…………俺…………」
リーザロットは胸元を隠し、言葉を遮った。
「いいんです。どうか謝らないで。…………先の無い想いなのは、よくわかっているの。
三寵姫は生涯、主の傍を離れることはありません。この世界の全ての魂の、最も深みに寄り添うために、魔海の水面を超えた場所で誰かと交わることはない…………。そういうものなのですから。
ただ一度でいいから、こうして貴方を愛したかったんです。隠すことなく…………貴方みたいに、真っ直ぐに」
「俺が、真っ直ぐ…………?」
「コウ君は、ひょっとしたら自分では気付いていないのかもしれないけれど、光みたいなのよ。
どんなに気持ちが揺れても、言葉が揺れても、貴方の魂に灯った火はずっと消えないでいる。誰かを焦がす業火じゃない。人の行くべき道を照らし出す煌々とした灯火でもない。それでも、私も…………あの子も、貴方の明かりに魅かれていくの」
蒼い瞳が静かに閉じられる。
俺は何も言えずに彼女を見つめ続けていた。
そんなものじゃないと言いたかったが、それがどれだけ格好悪いことかもよくわかった。否定なんかするよりも、そうありたいと見栄を張っていく方が、ほんの少しだとしても彼女の気持ちに応えることになるだろう。
俺は祈るような姿勢のリーザロットに、声を掛けた。
「君の願いを叶えてくるよ、きっと。…………
リーザロットは胸に埋めた手をきゅっと握り締め、いつものように上品に、そよ風みたいに笑った。
竜の発着場に辿り着くと、すでに人が集まっていた。
フレイアやグラーゼイ、クラウスといった精鋭隊の面々を始めとして、この計画に少なからぬ投資をした西の貴族・コンスタンティンやエレノアさん、そして竜達の飼い主にして、この作戦一番のスポンサーであるサモワールのオーナーと、その知り合いのシスイがいた。
「おはようございます、蒼姫様、コウ様!」
俺達が馬車から降りるや否や、フレイア達が明るい声で挨拶を投げてきた。
彼女達は俺達と入れ違いに馬車の中へ乗り込むと、手際良く荷物を降ろしてまとめていった。いかにも旅慣れている雰囲気だ。
グラーゼイはリーザロットに丁重に挨拶したきり無言で、クラウスはと言えば、姫への挨拶もそこそこに、目敏く俺に問いかけてきた。
「おはようございます、コウ様。今朝は特に眠そうですね。
…………ところで、蒼姫様の顔色が心なしか曇っていらっしゃるように見受けられるのですが、何かご存知ですか?」
俺はモタモタと荷下ろしを手伝いつつ、まごついた。
「え…………っと、どうだろう? よくわからないな、俺には…………」
「そうですか? なら、何で俺と目を合わせてくださらないんですか? こっちを見てくださいよ、寂しいなぁ」
「え? い、いや、見てるよ。気のせいだってば…………。何だか顔が怖いよ、君…………。それより、クラウスはどうしてここに?」
「蒼姫様の護衛のためです。コウ様達が発たれた後に、館までご一緒するんです」
「そ、そう…………なるほど…………」
「ですから、ぜひとも事情を把握しておきたいんです。…………コウ様、本当に何も心当たり無いのですか?」
「う…………ううん、どうだろうなぁ…………。っていうか君、呪われ竜から受けた傷の方はもういいの? 腕の包帯、まだ取れてないみたいだけど」
「平気です。…………ねぇコウ様? やっぱり目を逸らされますよね? なぜです? こっち見てください」
「う、いや、その…………特に、理由は無いけども…………」
「けども…………何です?」
「あっ! 荷物、これで全部だね! じゃあ俺、向こうの方見てくるから!」
俺は最後の荷物を運び出すや、そそくさと場を離れた。クラウスは未だ訝しげな視線を俺に送っていたが、やがてグラーゼイに呼ばれて目を逸らした。
それから少し遅れて、フレイアが俺についてきた。彼女はオースタンから俺を連れ出した時とほぼ同じ格好で、朝露に濡れる原っぱを軽やかに駆けてきた。
「コウ様、お待ちください!」
呼ばれて、仕方無しに俺は立ち止まった。また何か問い詰められるのではと怯えていたのだが、フレイアはそんな心配もよそに、朗らかに話し始めた。
「いよいよ出発ですね! 昨晩は、よく寝られましたか? フレイアは緊張してなかなか寝付けませんでしたが、少し素振りをしたら、バッチリ休めました。おかげで体調も剣の調子も万全です! 今日もよろしくお願いします!」
あっけらかんとした笑顔につられて、俺もつい笑った。
「ハハ。相変わらず頼りがいあるね、君は。俺も元気だよ。ありがとう」
それから俺は辺りを見回し、会話を継いだ。
「それにしても、発着場なんて言うからにはもっと色んな施設があるのかと思っていたんだけど、案外ただの牧草地なんだね。竜達はどこにいるんだろう?」
フレイアは俺の問いにハキハキと答えた。
「あちらに厩舎がございますので、今はそこで待機しているかと思います。世話役の方々が最終的な体調のチェックを行った後に、こちらへ回してくださる手筈です。
それから、あちらの山際に観測所があるのがご覧になれますでしょうか?」
そう言ってフレイアの指差した先には、一見するとサイロのような背の高い塔が立っていた。よくよく見れば屋根に、赤い明かりがポツンとついているのが見える。
フレイアはこちらへ向き直って話を続けた。
「今、琥珀様があそこにいらっしゃる風読みの方々と今朝の気脈の状態を見てくださっています。そちらの確認と竜の体調とが全て整ったら、出発となります」
「大掛かりだね」
「元々、竜は人には馴れません。人もまた、本来空を飛ぶ生き物ではありません。それだけに入念な準備が必要です。魂獣と共力場を編むのとは違い、人と動物…………しかも竜とで力場を編むのには、たくさんの障害があります。私達と竜とでは身体のつくりはもちろんのこと、見る景色も、聞こえる音も、暮らす場所も、食べる物も、何もかも違うのですから。仲良くなるのはとても難しいのです。
かつては力任せに縄を巻いて飛んでいたこともあったそうですが…………コウ様と私で黒蛾竜に乗った時には、図らずもそんな状態でしたね…………それではやはり限界があるとのことで、このように魔術的な手法も併用して、操竜することになったのです」
「…………ん? ちょっと待って。共力場を編むの? 竜と? 乗るためだけに?」
「はい。一部の感覚だけを繋いだ、限定的なものですけれど」
「はぁ、マジか…………」
俺は半ば呆れて溜息を吐いた。サンラインでは本当に、どこまで行っても魔術だ。もしこの国に魔術が無かったらなんて、想像すら成り立たない。魔術が先か、人が先かなんて考えだしたら、それこそ夜も眠れなくなりそうだ。
密かに俺が考えていると、それとなく誰かが会話に混ざってきた。
「…………特別なことじゃない。命は全て、因果の力場の内にある。故にどんな結びつきも自然なんだ」
俺とフレイアが振り返ると、そこにはいつの間にかシスイが立っていた。
シスイは紺の着物風の衣装の上に毛皮のマフラーを巻き、街ではあまり見ない柔らかそうな皮のブーツを履いていた。オパールに似た虹色の石のイヤリングが、彫りの浅い顔立ちに不思議とよく馴染んでいる。腰の朱色の帯にはククリナイフじみた山刀と、見間違いでなければ、螺鈿細工が緻密に施されたブーメランが一つ下がっていた。
彼は黒く賢そうな瞳をやや細め、俺達をひたと見て言った。
「前に一度サモワールで会ったと思うが、改めて挨拶をしたい。俺は、今回の旅で案内役を務めるシスイ・キリンジだ。サモワールのオーナーであるトリスは、俺の叔父にあたる。琥珀氏や叔父から「勇者」様達の事情はある程度聞いてきた。俺の方も、それなりに荒事には慣れているから、気遣いなくやってくれ」
シスイの口調には、ずしりとした流木のような重さと、羽根のような軽さとを同時に感じた。朝方の冷たい風に乗って伝わってくる彼の魔力もまた、礫石じみた硬質な湿りと、水のような透き通った柔和を一緒くたに孕んでいる。
俺は彼に挨拶を返した。
「どうも、挨拶ありがとうございます。その…………貴方も一緒に行くんだったんですね。俺、竜に乗るのは初めてで、まだ全然勝手がわからないんですけども、よろしくお願いします。
俺はミナセ・コウって言います。コウとか、ミナセとかって呼んでください」
「わかった。では、コウさんと呼ばせてもらおう。
早速だが、コウさんは今日はどの竜に乗るつもりなんだ? 急ぐ旅と聞いているから、こちらでも案はいくつか考えてきたんだが。何かそちらに希望があれば聞かせてくれないか?」
俺はフレイアの方へ目をやり、肩をすくめた。
「いえ…………実は俺の方では全く決めてません。さっきこの子とも話をしていたんですけど、俺、どうやって竜に乗るかすらも知らなかったんです」
シスイは腕を組むと「やはりか」と呟き、フレイアへと視線を移した。
彼は柔らかな口調で彼女に尋ねた。
「失礼、お嬢さんのお名前を伺っても?」
「フレイア・エレシィ・ツイードです」
「ああ、では君が例の…………。余計なお世話だが、ご実家の方は本当に納得しているのか? この遠征について」
「蒼姫様にお仕えすることは、すでにお話してありますので」
「あくまでも騎士として生きる、か。…………。
ともあれ、お嬢さんがあのタリスカ氏の高弟であるなら、操竜の腕は全く問題無さそうだな。そこで相談なのだが、お嬢さん…………フレイアさんが、コウさんを乗せて飛んではもらえないだろうか?
今朝、琥珀氏から唐突に聞かされたのだが、これから急遽、遠征隊に一人加わるそうでな。なるべく体重の軽い者がコウさんを連れて飛ばなければならないのだが…………。俺の見立てだと、君の方が琥珀氏よりも適任に見えるのだが、どうだろうか?」
フレイアは目を瞬かせてシスイを見、それからチラと俺を見上げて、またシスイへと向き直った。
「あの、私は構いません。もし、コウ様がよろしければのお話ですが…………」
「俺は全然、いいよ!」
俺は間髪入れず答えた。こんな喜ばしい提案を、みすみす逃してなるものか。ぜひとも、あの面倒くさいオオカミ男が聞きつける前に話をまとめてしまうべきだった。
俺の食い付きっぷりに少々面食らったのか、フレイアは赤くなって言った。
「では、恐縮ですが…………私がコウ様とご一緒させて頂きます。けれど、遠征に加わるもう一人の方というのは、一体どなたなのでしょうか? 私は何も伺っていないのですが」
シスイが軽く溜息を吐き、口を開こうとしたまさにその時だった。
突如として、甲高いウマのいななきが草原に響いた。
ギョッとして振り返ってみると、発着場へと至る砂利道をウマが一騎、凄まじい勢いで疾走してきていた。乗り手は漆黒のマントを大いに風に靡かせ、左腕に鮮やかな刺青の入った少女を抱えている。
「いやぁーっ!! タリスカさん、飛ばし過ぎ!! 飛ばし過ぎだってばぁっ!!」
少女の悲鳴が茜雲たなびく夜明けの空をつんざく。俺は声の主の姿を認めて、頭を抱えた。
あれほど連れてくるなって、言ったのに…………!
タリスカは弾丸のように発着場へ入ってくると、夜闇を世界に押し広げる死神の如き仕草でマントを翻し、鮮やかに地に降り立った。
少女は薄手の普段着に、やっつけで羽織ってきたらしき厚手の上着といった出で立ちであった。足下はヒールのないシンプルなサンダルであり、見ているこちらまで心許無くなってくる。
彼女はぺたんと草の上に座り込むと、今にも泣き出しそうな…………否、実際にさっきまでは泣いていたと見えるグズグズの顔で、誰にともなく叫んだ。
「何でこうなるの!? 私が何をしたって言うんスか――――!?」
俺はその少女…………化粧もままならぬままに拉致されてきた哀れなナタリーに、大急ぎで駆け寄っていった。
ナタリーはやって来た俺を見るなり、キッと睨みつけてきた。
「ちょっとミナセさん!! これ、どういうことッスか!? 朝起きて仕事に行こうとしたら、急にタリスカさんがやってきて、「テッサロスタへ行く、支度しろ」って!!
私、遠征は行きたくないって言ったじゃないスか!! どうしてちゃんと伝えてくれなかったんスか!?」
今にも胸ぐらに掴みかかってこんばかりのナタリーに、俺はどうにか落ち着くよう(無茶な話だよなぁ…………)伝えた。
「ご、ごめん! 伝えたつもりだったんだけども…………。今、ツーちゃん…………責任者を呼んでくるから、待ってて。
っていうか、タリスカもどうしてこんなヒドイことを? いくら言われたからって、誘拐はマズイだろうに!!」
俺の訴えに、タリスカは飄々と答えた。
「問題無い。自警団には昨晩、すでに話をつけておいた。頭領のモロという男は、首を幾度も縦に振っていた」
「そりゃあ、夜更けにいきなり巨漢の骸骨男に迫られたら、誰も断れないですよ! そんなことより、ナタリー本人の気持ちを考えろって言っているんですよ、俺は!!」
タリスカはスッと頭蓋骨をナタリーの方へ向けると、静やかに尋ねた。
「勇者が必ずやお前を守る。…………不安か?」
「えぇっ!? いや、それは…………」
ナタリーが困惑を顔に滲ませる。彼女は俺を見て、すぐに目を背けた。
「不安…………じゃない、けど…………。でも、それとこれとは話が別ッス! 私、こんな大役を務められるほど強くないし、それに、ミナセさんには…………」
ナタリーの視線の先に、ゆっくりと人影が歩み寄ってくる。
人影は組んだ手をふっくらと豊かな胸の上に添え、申し訳無さを蒼い瞳一杯に湛えてナタリーに話しかけた。
「ごめんなさい、ナタリーさん。全て私の責任です。昨晩、何としてでも琥珀を止めるべきでした。
…………ですが、それができなかったのには、一重に私の方にも期待があったからに他なりません。旧き時に世を統べし「水先人」の末裔である貴女と、その偉大なる魂獣・レヴィの力は、やはり考えれば考える程、この遠征にとって不可欠です。
このような乱暴なお呼び立てをした上で、非常に厚かましいお願いであることは承知しております。しかし、どうか何卒…………何卒、遠征へのご同行を再考願えませんでしょうか?」
ナタリーの翠玉色の瞳が、こぼれてしまいそうなぐらいに潤んでいる。彼女はいじましい流し目で俺を見、ぽってりとした唇を小さく開いた。
「ミナセさん…………」
ナタリーの長く、美しく筋肉の引き締まった足が草の上に無造作に投げ出されている。この間の擦り傷は、不思議なくらい跡を残していない。
彼女はその足を自分の方へ寄せ、小さく女の子座りの姿勢にまとまって俺を仰いだ。
「…………本当に、守ってくれる…………?」
俺はたじろぎそうになる心を、どうにか抑え込んだ。
「ああ。君も…………君の街も、守るために行くんだ」
ナタリーは唇をちょっと噛んで俯き、しばらくしてから、すっくと立ち上がった。背筋のスラリと伸びたその佇まいは、すっかりいつもの彼女だった。
ナタリーはリーザロットと向かい合い、凛とした口調で言った。
「…………わかりました。それじゃあ、謹んで、引き受けてみます。
考えてみればミナセさんの言う通り、サンラインのための仕事なんスもんね。街を守るのが私の誇りなのだから、出来ることがある限り頑張らなくちゃ。…………正直な話、「水先人」のことも、レヴィのことも、十分に知らないままお父さんの跡を継いじゃったから、望むような力になれるかはわかりません。でも…………ミナセさんが、助けてくれるって言うし。何とかやってきます!」
リーザロットは組んだ手をさらに強く握り締め、
「ありがとうございます」
と、この上ない笑みを浮かべた。
次いでリーザロットの傍らに立っていたクラウスとグラーゼイが、同じように恭しく感謝を述べる。(クラウスはさりげなく肩に手を回している)ナタリーはそのために、またもや萎縮してしまい、澄んだ翠玉色を再び動揺で濁してしまった。
俺は彼女らの様子をホッと一息吐いて見守りつつ、ふと背後から強い視線を感じて振り返った。
見れば、灼熱を湛えた紅玉の眼差しが、じっと微動だにせずに俺を焦がしていた。
フレイアは整った眉をぴくりとも動かすことなく、人形じみた強張った表情で丁寧に尋ねてきた。
「…………コウ様。
…………どなたですか? その、健康的で、大変麗しい方は…………?」
俺は彼女の、しとやかだがどこか尋常でない凄みに息を飲んだ。
「えっ、あっ…………えっと、初めてだっけ? あの、前にサモワールで俺と一緒になった、ナタリー、なんだけど…………」
「サモワールで、ご一緒なさった…………ナタリー様」
「ど、どうしたの、フレイア? 何だかいつもと雰囲気が違うけど…………」
「いいえ。そのようなことは」
フレイアは中途半端に言葉を切ると、至極滑らかな所作で俺の前へ割り込んできた。
小柄なフレイアの存在に、ナタリーはその時になってようやく気付いたようだった。
ナタリーはフレイアを見るなり、ハッと目を大きくして、何か言おうとするみたいに口を開いた。
だが結局、言葉は何も出てこず、フレイアが先に彼女に手を差し出した。
「初めまして、ナタリー様。私は「白い雨」精鋭部隊所属のフレイア・エレシィ・ツイードと申します。この度の遠征へのご協力、誠に感謝いたします。どうぞ、これからよろしくお願いいたします。
…………私も、コウ様の護衛を蒼姫様から仰せつかった身として、全身全霊でもって尽力させていただく所存です」
ナタリーはフレイアの手をおそるおそる取って複雑な面持ちをしていたが、すぐに気を持ち直してか、握手する手にぐっと力を込めた。
「こちらこそ…………よろしくお願いします! サンラインのために、ミナセさんと一緒に、頑張ります!」
いつになく異様な熱気に包まれる二人を、俺は力無く微笑んで見ていた。
遠征前で気が立っているせいか、二人の眼差しは昇り始めた太陽に負けぬぐらい鋭く、輝かしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます