(屋上)

 屋上には、涼しい風が吹いていた。

 五月になってすでに陽射しは強くなりはじめ、季節はいつものように夏に向かおうとしている。ぼくが生まれてから十数年、季節は律儀に我慢強く、いつも必ずやって来た。

 屋上には誰の姿もなく、灰色の床とくすんだ銀色のアルミ柵だけが空間を占めている。

 そしてそのまわりには、青い空が広がっていた。

 ぼくと先輩は屋上の中央辺りにまで進んで、ただ黙って立ち尽くしていた。

 それからしばらくした頃、いつのまにか隣で彼女が泣いていることに気づいた。

 声もなく、涙の気配さえ見せないまま。

「――――」

 彼女は自分が泣いていることになんて、気づいていないみたいだった。彼女は少し微笑って、こう言った。

「藤本くん、空はやっぱり青いんだね」

 彼女は嬉しそうに、楽しそうに、そう言った。まるでそれだけで世界の何もかも許してしまうように。

 ぼくはその時、何故だかすごく悲しい気持ちになった。

 それがどうしてなのかは分からない。

 ただ、胸が痛くて壊れそうで。

 泣きだしてしまいそうで、でも泣きだせなくて。

 ただ、すごく悲しかった。

 自分のことを、〝魔女〟だという少女。

 空が青いと言って、無邪気に笑う少女。

 その空を見て、音もなく涙を流す少女。

 ぼくは何かがすごく悲しくて、でもそれが何故なのか分からなかった。

 分からないまま、ただ悲しかった。

 ぼくは先輩と同じように空を見上げた。

 空は確かに、青かった。


 ――それは彼女がこの世界からいなくなる、一日前のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る