第14話

 目が覚め、時計を見ると12時を指していた。鞄から手帳を取り出し、今日の予定を確認する。15時から美容院を予約していた。机の上に残っている缶ビールを冷蔵庫に入れ、空き缶を片付ける。顔を洗い、髭を剃り、冷蔵庫にあったもので昼食にする。カセットテープをCDに焼き、スマホに入れた。時計を見ると、14時30分を過ぎていた。俺は慌てて家を出た。歩いて20分の場所に馴染みの美容院がある。ドアを開けると、いらっしゃい、と60代のおじいさんと20代のおにいさんの声が聞こえる。

「由晴くん、今日はどうする?」

「いつもと一緒で。」

 おじいさん——いや、利さんは、はいよ、と返事をした。

「よっしー、またいつもと一緒ー? ちょっと変えてみるとかしないの? つまんないじゃん。」

「仕事があるから、そんな事言ってられないよ。……あと、よっしーはやめてくれ。恥ずかしい。」

 光流くんは、わかってるよ〜、と笑いながら言った。彼は、2年前からこの美容院で働いている見習いだ。利さんが厳しいのか、中々カットをやらせて貰えないらしい。だが、寡黙な利さんの代わりに色んな事を話してくれる。しかも、聞き上手でもある。俺はよく仕事の愚痴なんかを喋る。他の客もそんな感じで、光流くんに話を聞いて貰ったりしている。今、この美容院には客は俺しかいない。コーヒーを持ってきてくれた光流くんを俺は呼びとめた。

「光流くん、ちょっと聞きたい事があるんだけど。」

「何?」

には、どうしたらいいと思う?」

 光流くんは黙った。利さんのハサミの音が響く。彼は、見た目はヤンキーのようだが、頭のいい子だ。俺が言おうとしている事に気付いたんだろう。

「——……それって、篦懸町が関係する?」

 利さんの手が止まった。鏡越しに見ると、利さんと目が合った。すぐに逸らされ、ハサミの音が再び響く。

「……うん。」

 俺は、ゆっくりと返事をした。

「——……聞かなかったことにしてあげる。オレ、片付けあるから。」

 光流くんが俺から離れた。

「君以外に聞ける人がいないんだ! 君の従兄弟が篦懸町に行ってしまったのは知っている。連絡が取れないことも、君がとても心配している事も。……俺の兄もこの前、篦懸町に行ってしまったよ。その娘からの、俺の姪のお願いなんだ。頼む……!」

 少しの間、沈黙が続いた。光流くんが、ゆっくりと口を開いた。

「利さん、よっしーのカット終わったら、オレも上がっていい?」

「……ああ。」

 光流くんは、俺の方を向いて言った。

「後で、よっしーんちで教えてあげるよ。」

「……! ありがとう!」

 光流くんは、片付けをしに裏に行った。俺は、イスに座りなおした。

「由晴くん……、いつもと一緒の髪型は無理かもしれない。」

「え?」

 どうやら、俺が動いたせいで、後ろをバッサリ切ってしまったらしい。もとがそんなに長くないので、そこだけ禿げたみたいになったみたいだ。俺は仕方なく、丸刈りにしてもらった。野球をやっていた頃を思い出した。

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