第13話

 疲れた……。くそ上司、散々こき使いやがって。俺は、ヘトヘトになって誰もいない家に帰ってきた。途中のコンビニで買ったビールを袋から取り出し、テレビの電源をつけ、1本目の缶ビールを煽った。テレビはろくな事をやってない。つけておくのもバカバカしくなりテレビを消した。机の上に置いてある封筒に目をやり、2本目の缶ビールを開ける。1ヶ月前、兄さんから電話が来て、篦懸町に行く事になった、と伝えられたっきり音沙汰なかったが、突然姪の沙月から封筒が届いたのだ。封筒の中にはカセットテープとメモが入っていた。メモには、当たり障りのない事が文脈無く、しかも全て平仮名で書いてあった。姪のことを知らない奴がこれを読んだら、姪が日本人なのか疑うレベルだろう。箇条書きにしてくれた方がまだ読みやすい。カセットテープの方はまだ聞いていない。聞くための機械は家にある。だが、押入れの奥にあったはずだ。それを取り出す気にはならなかった。俺は、3本目の缶ビールを開けた。机にはビールがあと4本ある。俺は考えた。明日は土曜日で休みだ。例え全て飲んで潰れたとしても、困ることはない。しかし、疲労の度合いと普段の酒の強さを考えると全て飲んだら確実に二日酔いだ。わざわざ貴重な休日を二日酔いで過ごすのは如何なものか……。だが、今日はストレスが溜まりに溜まっている。俺は結局全て飲む事にした。4本目でかなり酔いが回った。それでも、5本目の缶ビールを開ける。ふと、姪のことを思った。沙月が小5の時、気まぐれに誕生日に何が欲しいか聞くと、おじさんのギターが欲しい、と言われ、新しいのを買ったばっかりだった俺はずっと使っていたお古のギターをあげた。沙月は喜んでいた。それからずっとあいつはそのギターを使っている。俺はかなり雑に扱っていたから、所々ガタがきていた。沙月は何度も修理に出して使い続けていた。あいつが中学に上がる時、新しいのを買ってやると言ったが、これがいい、と言って決して首を縦に振らなかった。そういえば、義姉さんが言っていたな。沙月は由晴さんのギターだと上手に弾ける気がするんだ、って言っていたわ、と。お盆や正月に実家に帰ると兄さん達がいて、沙月は、おじさんおじさん、と言って俺の後ろをついて歩いていた。ギターをあげてからはギターを背中に背負って、教えてくれ、とせがまれた。そんな姪っ子が可愛くないわけがない。沙月に会うたびにギターを教えた。九州に転勤になってからは兄さんの家に遊びに行くことも実家に帰ることも減った。昔、面白い事があったな。俺が大学生だった時、ミステリー作家になる、とか言って暗号を考えていた。それを見ていた沙月が同じように暗号を考えて俺に見せてきた。沙月はその時小学校に上がったくらいだった。平仮名しかない文章だが、読み方を横から斜めに変えると違う文章が出てくるという、6歳が考えたとは思えないようなものを持ってきた。あの時は確か、大きくなったらおじさんのお嫁さんになる、とか書いてあったんだよな。……ん? 俺は慌てて封筒を取り、中からメモを取り出した。

「——……そうか! そういうことか!」

 俺は押入れを開け、カセットプレーヤーを探した。奥からそれを引っ張り出し、コンセントを繋ぎ、カセットテープを入れ、電源を押し再生した。プレーヤーから、姪っ子の歌とギターの音が聞こえた。俺は、ビールを飲むのを忘れ、明け方までそれを聞いていた。

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