第10話

 8月25日17時50分、あたしは、中学校の前にいた。昨日の浴衣をお母さんに着付けてもらい、少し化粧をし、髪をアップにして、下駄だと待ち合わせ場所に着いた頃には靴擦れで歩けなくなるのが目に見えているので、浴衣に合わせ、黒色のサンダルで行った。

「あれー? サツキちゃんだけ?」

 達也くんが来た。紺色に吉原つなぎの浴衣を着て、中折れハットを被っていた。右肩にリュックを掛けている。

「うん、まだ誰も来てない。」

「まあ、みんなルーズだからね。それより、浴衣似合ってるよ、サツキちゃん。かわいい。」

「……ありがとう。」

 俺は? と聞かれたので、似合ってるよ、と答えた。

「あんまり気持ちがこもってない……。」

「お前が言わせたからだろ。」

 後ろから秀くんの声がした。深緑のかすれ縞柄の浴衣を着ていた。秀くんの後ろには、弥恵ちゃんがいて、黒と白の不揃いの横縞にすずらんが描かれた浴衣を着ていた。

「みなさん、早いですね。」

 達也くんが来た方からキールくんと知世ちゃんが来た。キールくんは黒地に虎柄の浴衣を、知世ちゃんは薄ピンクに撫子が描かれた浴衣を着ていた。

「よし。全員揃ったし、行こうか。」

 弥恵ちゃんと秀くん、知世ちゃんとキールくん、あたしと達也くんの順で歩き始めた。

 ……なんとなく、なんとなくね、そうかな、とは思っていたんだけど。

「知世ちゃんとキールくんって、付き合ってる?」

「そうだよ。サツキちゃん、よくわかったね。」

「……目の前で、手を繋いでるの見せられてるからね。」

 昨日の帰り道も、さっき来た時も繋いでたし。むしろ、わかんない方がおかしい。

「ちなみに、弥恵は秀のことが好きだよ。」

「いらん情報をありがとう、達也くん。」

「いらないって言わないでよ。知世とキールはこれでしょ? 弥恵は秀のことが好きし、サツキちゃんがこの町に来なかったら、俺だけ独り身の寂しい奴になってたんだよ〜。」

 達也くんの下手くそな嘘泣きにちょっと苛ついた。

「どのみちあたしが来たところで、達也くんは弥恵ちゃんが好きなんだから、意味ないでしょ。」

「そうだけどさ〜、……って、え! なんで知ってるの⁈」

「知らないよ。カマをかけただけ。——……ふーん、そう。弥恵ちゃんが好きなんだ。」

 達也くんは首まで真っ赤にした。ゆっくり歩きすぎたようで、前にいた4人は随分先を歩いている。

「サツキちゃん、それ弥恵に言わないでね。」

「言わないよ。三角関係に巻き込まれたくないもの。」

 よかった、と達也くんは安心したように言った。

 歩いて15分、お祭り会場に着いた。夏祭りといっても、商売は禁止なので、焼きそばとたこ焼き、イカ焼きを作っている屋台があるだけだった。もう少し暗くなると、打ち上げ花火が上がるそうで、場所取り組と食料組に分かれる事にした。場所取り組はあたしと達也くん。他の4人は食料組。

「いや〜、今年は沙月ちゃんがいてくれてよかったよ。毎年、場所取り組は俺だけだったから。この道、結構暗いでしょ? 1人だと怖いんだよ。」

 達也くんは、場所取りするための近道だと言って、舗装されていない道を歩き出した。下駄で来なくてほんとによかった……。5分ほど歩くと、広場に出た。人はまだそんなにいない。達也くんは肩に掛けていたリュックを下ろすと、中からビニールシートを取り出した。それを広げ、四隅に荷物やサンダルなどを置き、食料組が来るのを待つ。

「達也くんは、いつから弥恵ちゃんが好きなの?」

「多分、小さい時からじゃないかな。まあ、自覚したのは、秀がこの町に来て、弥恵が秀を好きになってからだけど。」

「……うわ。聞かない方がよかった?」

 達也くんは、そんな事ないよ、と言って帽子を取り、寝そべった。

「ねえ、みんなはいつからこの町にいるの?」

「俺と弥恵は、生まれた時からこの町に。秀は、俺たちが小学校に上がった頃に。次の年に知世が、中学2年の時にキールが来た。」

 そっから秒で知世とキールは付き合ったよ、と笑いながら言った。すると、急に起き上がり、

「あ、もう1つ情報をあげよう! 秀は、知世が好きなんだよ。三角関係じゃなくて五角関係だね。」

 と言った。達也くんがちょっと不憫だな、なんて思っていた数分前の自分を殴りたい。

 しばらくすると、食料組が大量の食料と飲み物を持って来た。6人分にしては量が多い。しかも、飲み物の中にはお酒もある。

「この後ね、夏衣さんとあたしのおばあちゃんと達也のお姉さんの明美さんが来るんだ。」

「夏衣さんと明美さんは2人前くらい食べるんですよ。」

「そうなんだ。だから、シートもこんなに大きいんだね。」


 広場が人で埋め尽くされた頃、夏衣さん達がやってきた。みんなでごはんを食べ、花火を見た。花火は、そんなに沢山打ち上がらなかったが、数が少ないからこそより綺麗に見えた。


 花火を見終え、明美さんは祭りの開催者の1人らしく片付けへ行った。弥恵ちゃんと秀くん、夏衣さん、弥恵ちゃんのおばあさんとはお祭り会場で別れ、知世ちゃんとキールくんとは待ち合わせ場所の中学校で別れた。

「達也くんってさ、知世ちゃん達と同じ方から来なかった?」

「……俺にあの2人と一緒に帰れと? 沙月ちゃん、鬼だね〜。」

「あ、そっか。」

「いつもは姉さんの手伝いしてから帰るんだけど、今年は沙月ちゃんが1人で帰ることになっちゃうからね。街灯がほぼないに等しいこの道を1人で歩くのは、イヤでしょ?」

「うん……。」

 普段、夜遅くに外に出ないからか、こんなに道が暗い事を今、初めて知った。中学校から家までは一本道だから迷う心配はないけど、数メートル先が何も見えないというのは、それだけでホラーだ。

 家に着くまでの15分間、たわいもない話をした。……正確には、質問責めにあった、だけど。あたしが住んでいた所の話やコンビニがどんな所なのかとか、とにかく色々聞かれた。

「へえ、沙月ちゃん、ギター弾けるんだ。すごいね!」

「すごくないよ。あんまり上手くないし。」

 弾けることがすごいんだって、と達也くんは興奮ぎみで言った。

「ねえ、明日弾いてよ。今日行った広場でさ。」

「え〜、ヤダ。」

 おねがい! と懇願され、渋々約束をした。ただし、恥ずかしいのであんまり人がいない時にしてほしい、と言ったら、

「じゃあ、朝の8時30分に広場集合で!」

 と言われた。

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