第8話

みんなと別れてから、あたしは家に帰らず、ふらふらと歩いていた。ふと気がつくと、町の端にいた。目の前にはあたしの身長の倍以上の高さの柵がある。棒と棒の間はワイヤーで繋がれていて、よじ登ろうと思えば出来そうだ。夏衣さんは、この町から出られないと言っていたけど、ここからなら出られるかもしれない。あたしはワイヤーに手を伸ばした。

「…っぶない!」

勢いよく後ろに引っ張られた。引っ張ったのは、秀くんだった。秀くんは、倒れたあたしの腕を掴み、起き上がらせた。パンっ、と乾いた音が聞こえた。左頬がじわじわと痛くなって、叩かれたのだと理解する。

「何してんだよ!死ぬ気か⁈」

あたしは頬に手を当て、秀くんを見上げた。

「ったく、後をつけておいて正解だったな。」

秀くんはあたしを立ち上がらせた。

「この柵は、電気柵だよ。動物よけの電気柵より、もっと強力な電気が流れるようになってる。……実際にこれに触って死んだ人がいるんだ。」

それを聞いて、脚に力が入らなくなり、再び座り込んでしまった。あたしはそんなものに触ろうとしていたのか…。

秀くんは、頭を掻きながらため息をついた。

「ここから出られないのはよくわかっただろ。ほら、立て。帰るぞ。」

そう言って、あたしの腕を掴んだ。あたしは立とうとして体に違和感を感じた。

「……ごめん。腰抜けた。」

「お前…、迷惑なやつだな。…ほら、乗れよ。」

秀くんは、あたしの前に背中を向けてしゃがんだ。あたしは、秀くんの背中に乗った。

「お前、小さいわりに重い。」

「失礼ね、標準体重だもん。」

「計算間違えてるだろ、絶対。」

「数学は得意だよ。」

「信じられねえ。馬鹿そうに見えるぜ。」

「…否定はしない。」

しないのかよ、と秀くんは笑った。そんな軽口を叩きながら、家まで送ってもらった。


家の前に着く頃には、あたしも立てるようになっていた。

「送ってくれて、ありがとう。」

「…明日筋肉痛になったら、お前のせいだからな。」

じゃあな、と言って、秀くんは帰っていった。あたしは、家の戸を開けた。


居間に行くと、両親がいた。ただいま、と声をかける。

「沙月、座りなさい。話がある。」

お父さんが、真剣な顔をして言った。話の内容は予想できた。あたしは入り口に立ったまま聞いた。

「この町から出られないって話?」

両親が驚いた顔をして、顔を見合わせた。

「知ってるのか?」

「うん。今日ね、この町の人に教えてもらった。」

そうか、と言って、お父さんは黙った。

「まあ、納得のいかないところとか分かんないこととか色々あるけど、今はここの生活に慣れることが先かな、って思ってる。」

あたしは居間に入り、それでさ、と続けた。

「お腹空いちゃった。」

両親は一瞬、目を丸くし、そして笑った。

「もう3時よ。リンゴがあったはずだからそれ食べて、夕飯まで待ってね。今、剥いてあげる。手を洗ってきなさい。」

お母さんは立ち上がり台所に、あたしは返事をして、洗面台に向かった。

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