第4話 わらしべ諜者②
ハイドロは問題行動を除けば腕の良い機械技師として軍内部でも名は知られていた。
だが彼の上官はとうとう痺れを切らし、彼に処分を下した。
「……と言う訳で君は明日付で出向だ」
「異議があります」
「何だね」
上官はこの期に及んでまだ足掻こうとするハイドロに心底呆れたような声で放った。言い渡した側は同情する気は微塵もないが、ハイドロの気持ちもある程度理解できた。あの音に聞こえた112部隊に配属されようものなら誰だって嫌な顔一つはするだろう。
「私めは辞令に関して事前通達を受けておりません。この人事は不当なものですあります」
「この人事は正当なものだ。知事から印も頂いている。急を要する移動なのだ。軍というのは組織の若さを保つためにこうして代謝を活性化させる必要がある」
ハイドロはまだ納得のいかない顔をしている。
「どうしても今回の移動について理由を求めるなら自分の胸に聞いてみるといい」
思い当たる節は両手で数え切れない程ある。賭博、買春、獣姦……etc、品位を保つべき国防軍にあるまじき行為の数々だ。今まで放免にされてきたのが不思議なくらいである。
「サー謹んでお受けいたします」
そう、軍隊において上官の命令とは絶対である。社会不適合者のハイドロでもそれだけは理解している。
引っ越さなければならない。
ハイドロにとってはそれだけが懸念であった。出向先で今よりいい家が見つかるだろうか、愛しの飼い山羊サリー(♀)との生活はどうなる。
当面の間今の家から新しい赴任先へ通うことになりそうである。
「今日のところは帰ってよし、明日からは異動先で新しい任に就いてもらう。向こうでも君の健勝を祈っている」
「サー」
とんだ皮肉であるとハイドロは受け取った。人事が気にくわないからと言って今さら辞表を出すわけにもいかない。自分は軍のカラーに染まりすぎた。民間での再就職は厳しいものになるだろうと考えている。ハイドロにもそれくらいの自覚はあった。
ハイドロは家に帰ると簡単に荷物をまとめた。
――繁華街の人ごみの中
真昼の繁華街はとにかく人に溢れている。そのほとんどは市が目的である。その中で一際異彩を放つ集団がいた。
「予言はまさに成就されました、この世紀末に4人の騎士が下ったのです」
遠目から見ても多くの聴衆が個の演説に耳を傾けている。その中にはサクラも紛れている。公安からマークされている顔もちらほら見受けられた。まだ事件が起きていない以上、バイロには連中を逮捕することはできない。だが連中とテロリストが手を結んでいるのは間違いないと見ていい。あとは物証を押さえるだけだ。尻尾を出すまで忍耐強く待つしかない。
「来るのです、そのときにまで備えなさい」
演説家の方を一瞥する。その若き青年尉官の目にはやり場のない怒りが累積していた。
パイロは宗教というものに憎悪に近い感情を抱いていた。信仰など旧時代の因習だと決めつけている。
「今こそ栄光を! 勝利を!」
信者たちは喝采を上げる。
馬鹿馬鹿しい……
パイロは遠くから小声でそう呟いた。狂信者に聞かれよう物なら
警察内にも連中のシンパは少なくない。彼らが大胆な行動に出れるのはその為だ。
機が熟すまで慎重になるべきだ。パイロはそう自分に言い聞かせて目的地まで進んだ。
「そろそろ時間になる」
宗教団体の監視も重要だが今回の任務は別にある。新たに補充された人員とともにある調査へと向かうことだ。今回の集合は顔合わせも兼ねていた。
パイロの手記
あるいは狂気がそうさせたのか
俺は昨日見た夢を思い出した。
あの場にいたもう一人の自分、夢とは思えぬあの臨場感……。明晰夢を見続けると気が狂うという。事実、理想と現実の乖離はヒトを狂わせるに十分であると思う。
旧時代において凶悪なダムダム弾は国際法により戦争での使用は禁止されていたが、国際法に縛られない国内においてはその限りではなかったという。一体正気と狂気を分かつモノとは何だ。ヒトは自らの思考の枠を超えることはできない以上、それは人ならざる神にしか知りえないのか。
俺の目には共和国がひどく歪んで見えた。旧時代の栄光を夢見て今ある荒廃した世界を、現実を今として生きる人の営みを頑なに否定している。その歪みからハイマンのような男も生まれる。
テロリスト達はその歪みを力を以って正そうとする。連中の言い分も尤もだ。ハイマンのような男が野放しにされていたら、我々は旧時代と同じ轍を踏み破滅へと向かうことになる。
だが連中のやり方で上手く行くとは思えない.有形物に力を加えるとその反動が生じる。それで手痛いしっぺ返しを受けるのが常だ。連中の暴力革命が上手く行ったところで何が残る。不思議なことにテロリスト共は革命後のことに関しては何一つ建設的な案を持たない。
パイロとハイドロ @VITA_SEXUALIS
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