第3話 わらしべ諜者①
パイロは夢を見ていた。ありえたかもしれないもう一つの可能性を夢としてを見ていた。
夢とは奇妙なもので俯瞰して自分とその周囲を取り巻くものを三人称視点で見渡すことができた。そこにいたもう一人の
彼は新しく設計した弾が目標に命中した際に及ぼす力積について試験している最中だ。銃の威力とはその弾丸のした仕事即ち力積によって決まる。
張り詰めた空気の中彼が試験をしていたのは悪名高いダムダム弾だ。対象となる人体に運動エネルギを効率よく伝えるように目標の体内で弾頭が変形するように設計されたそれはその非人道性から旧時代では条約によって戦争目的の使用を禁じられていた。
だがこの時代では倫理という足枷は存在しない。皆が皆生きるのに必死であるから必然的にその行動は合理的に収束される。時にはその反動に享楽的になったりもする。ヒトの持つ恒常性がそうさせてしまう。
彼が調整している試験装置の先にいる試料は人権停止処分を受けた人間だ。当然、人体に痛撃を与えるために作られたものを試験するのに生きた人間ほど有用な
彼は殺意もなく敵意もないままに引き金を引いた。評価試験のために室内では発射された銃弾に与える外的影響を最小限に留めてある。発砲音とほぼ同時に目標に着弾した。
苦悶に満ちた表情でうめき声をあげていた。試料は既に虫の息であった。
彼をはじめとした科学者たちは試料の拘束具を外してキャスター付きの執刀台に乗せ、解剖室に運び出した。
「もう少し初速が欲しいな。衣服一枚貫通するのに多くのエネルギ損失があるように思える」
彼は試料を解剖して取り出した変形した弾頭の破片を眺めながら淡々とした口調で言い放った。
「だが、これ以上バレルを長くすると取り回しが悪くなるな。試験と違って的は常に動くんだ。強力な兵器も狙いが付かなければ意味がない」
それに関しては宙に浮いて傍観しているパイロも同意見であった。不思議なことに夢の中で別の自分が殺人を犯しても何の感慨も湧かなかった。パイロは自分でも驚くほど冷静に状況を分析できた。それは
「いくつか仕様の異なる試作品を現場に回そう。その声をフィードバックすればいい」
「私はその案に賛成だ。技術屋が先走ってもロクなことにはならない」
彼と同僚たちとの意見はおおよそ一致したようだ。
ここでパイロの夢は途切れた。
「アホらしい」
パイロは短く吐き捨てた。
パイロにとって初めて経験する明晰夢は最悪の目覚めで終わった。今日は何をやっても上手くいかない気がしてくる。当人からすれば捨てた夢に未練など無かったつもりでいただろう。
――ドミナリア共和国首都イスタンブール
最盛期では東西の中継地として隆盛を極めたこの地は再び世界の覇権を握りつつある。
日差しの強い朝。地球上の大部分に四季というものが無くなってから久しい。人類の主食は農業的生産性の高い米とトウモロコシである。加工すれば日持ち点も主食として適している。
今回パイロに転がり込んできた仕事はこの食料に関しての事である。
「……であるからにして、以上でパイロ三尉の任務を解き、同三尉に新たな辞令を下す。詳細は追って通知する」
「サー、謹んでお受けします」
眠気を顔に出さないように引き締める。この男は命令違反の常習犯でありながら返事は一人前である。
「それから君が以前から具申していた君の部隊の人員補充についてだが、総務部の方ではアテが見つかったそうだ。そのことに関しては書類を読むといい」
「サー」
手渡された書類を手に取る
バイロの念願が叶った。彼の指揮する112特別調査隊はその規模に反して人員があまりにも少なすぎた。かつての112部隊は大層な肩書が付いているがその実は統制局直属の便利屋であった。
しかし、パイロの辣腕により幕僚長ではなく統制局に指揮系統が連なることを逆手に取り、主にテロリストの取締や軍の内部ゲバルト等の方面で成果を挙げた。それに伴い部隊の権限も増大したが、多くの人手が民間に流出する軍の内情を受けてか人員補充の件に関しては保留されていたのだ。
早速、書類に記された人員に目星を付けていく。しかし、最初の項に記された名前を見てパイロは青ざめた。
「どうかな、君の御眼鏡に適うような男は見つけたかね」
「閣下もお人が悪い……」
パイロは上層部の意図の全てを悟った。厄介者の独立愚連隊に厄介者を回そうということか。書面の第1項に記された軍席抄本はハイドロと書かれていた。
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