第2話 ハイドロ

「畜生! この穴野郎アスファッカーどもめ」

 ハイドロは酔っていた。何も彼が酔うほど呑むことは珍しことではない。

 だが今回は賭博場で大負けした訳でもなく女に逃げられた訳でも無い。ただ、腐敗した社会へのやり場のない憤りを紛らわすため酒に逃避していたのだ。これはハイドロだけの話では無く多くの人間にとって生きにくい時代になっているのだろう。

 こうした小市民の不満の声を拾い上げテロ組織は増長していった。一抹の希望を求めて共和国に弓引かんと組織に参加するものは後を絶たない。だがその多くは人権停止処分により悲惨な末路を辿る。

 ハイドロは人生の岐路に立たされたときそうした人種とは真逆の道を選んだ。

 そう、軍人になったのだ。

 口で不平不満を述べてもこの世界は何も変わらない。なら世界と和解するためには自分が変わるしかない。ハイドロはそう考えていた。だから不可抗力に遭ったら公憤し酒に逃避するのだ。

 ハイドロは軍に入隊した。

 テロが蔓延し、隣国と緊張状態にあり、幾度なく戒厳令が敷かれたこのドミナリア共和国においても徴兵制はなく職業選択の自由はある程度は認められていた。それは共和国は建国以来一貫して小さな政府政策を採っていたからである。規制を緩和し民間の競争を促すことで共和国の国是である旧時代の再興を成し遂げようとしたのだ。


 ――街角のバーにて


 ハイドロは夜になるとまだ物足りない様子でバーに立ち入る。

「ぷは〜」

 ハイドロは盃一杯を豪快に飲み干す。度数40°のアルコールを水のようにぐいぐいと喉に流し込む。

「飲み過ぎですよお客さん」

 時代は変わろうと酒は人類の良き友であった。200年前の大変動のあとにヒトが最初に復興した技術は造酒と蒸留であったと言い伝えられている。安全な水を確保するために蒸留器を作るのはまだしも酒は完全に生存には無用の嗜好品である。やはりヒトが歴史の中で追求してきた精神的快楽というのは無駄を楽しむことなのかもしれない。

「そう…確かに飲み過ぎかもしれない」

「これくらいで勘弁してくださいよ。戻したら掃除するのは私なんですからネェ」

 ハイドロは酒代を置いてバーを後にしようとした。

「一発ヌッ……抜きたい……抜きたくない?」

 酔いのせいか言動がちぐはぐでろれつが回らなくなっている。

「毎度あり〜お気をつけてお帰り下さい」

 店主の心配を余所にハイドロは何時ものお楽しみのため千鳥足で自宅に向かった。


 ――ハイドロ宅


 ドミナリア共和国の建築は共通して大変合理的な造りになっている。ハイドロ宅もその例外ではない。

 特筆すべきはその防塵性にある。大変動の際に地球の大部分が砂漠化しためである。

 玄関前でヤギが帰宅した主人を出迎える。

「メェー」

「ただいまサニー! 寂しかったかい?」

 この飼いヤギはサニー(♀)、ヤギの乳はこの時代では貴重なタンパク源だ。そしてもう一つこのサニーには重大な役割ロールがあった。

「帰ってそうそう物欲しそうな顔して……」

「メェー」

「よし、そんじゃぶち込んでやるぜ〜」

 そう、この変態ズーフィリアの性処理係である。

 本来ならば、飲酒後はアルコールを分解するために臓器が働くので下半身の機能に支障が出ると言われている。にも関わらず直ちに行為に及ぼうとするこの男の精力は流石と言ったところである。


 行為を終えたあとは体を休ませる。明日は月曜日だ。ハイドロは日曜の夜だけはマンデーブルーで憂鬱にならないためにも早寝早起きを心掛けていた。

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