パイロとハイドロ

@VITA_SEXUALIS

第1話 パイロ

 カビ臭く埃が舞うコンクリート作りの一室にて


 捜査局が凶悪犯に取り調べを執り行っていた。書類上はともかくその実態は拷問である椅子に縛り付けられた男には生傷が絶えず今もこうして暴力の中に曝されている。

「……」

「こいつ中々口割らないですぜ」

「全くテロリストときたらクズの分際で仲間意識だけは一丁前だからなぁ……これだけは使いたくなかったが」

 そう言って拷問を仕切っている男はケースから注射器と薬品を取り出す。

「おい、パイロさん何をする気だ」

「瞼を切っても、タマキン蹴飛ばしてもこいつは口を割はしねぇ。肉体的に痛めつけても無駄だ。こいつは殉教者気取りのマゾヒストに違いない。なら違う手法で吐かせるまで」

 監査官等が見守る中拷問を取り仕切る男の名はパイロ。軍人である彼は現在は拷問のプロフェッショナルとして軍から警察へ派遣されている。そして今回のテロリストの一斉摘発のためには軍と警察の連携が不可欠であった。パイロはそんな二つの官庁の潤滑油としても働いていた。気が変な男ではあるが不思議なカリスマを持ち合わせているのだ。


「オイオイオイ」「ダメだわアイツ」

 ガラス一枚越しの別室から取り調べ部屋の様子を伺う監査局の特派員が野次を飛ばす。監査官たちは中々口を割らせないパイロの様子を見て呆れていた。

 だが老齢の監察官は薬品のラベルに目を向けた。そしてその野獣の如き眼光でパイロの思惑を看破したのだ。

「ほうチオペンタールですか……やりますねぇ!チオペンタールは即効性の麻酔薬で判断力を低下させるため旧時代には自白剤や洗脳のために使う宗教団体もあったとか……」


 注射の前にパイロは慣れた手付で捕縛した男の口に布を詰める。薬が効くまでの間に舌を噛み切り自殺する恐れがあるからだ。

「いいんですか? 上に何も言わないままこんなの使っちゃて」

 補佐官が懸念を示す。尤もなことである。

「俺みたいな下っ端が意見を通すには具申書を出して幾つもの書類審査を経てようやく知事の御目に届くんだ。その間に敵さん達も動く訳だからそんな悠長な真似はできねぇのさ……情報は鮮度が生命だ」

「はぁ……」

 血管を探して注射を打つ。本来なら麻酔を扱うには専門医の随行が望ましいのだが、正規の手続きを踏んでいないパイロの行動にそんな人手が回されるわけもない。

「用量は守った、効いてくれよ……」

「うわぁ……行き当たりばったりっすね」

 途端にこの哀れな被験者の目から生気が失せる。次に自殺防止の猿轡は外すと全く口を利かななかった男がうわ言を言い始めた。

 早速、パイロはペンを取って尋問に取り掛かった。

「落ち着くんだ、ここに君の敵などいない。私たちはトモダチだ」

「友……達」

「そうだ、その友達の私に洗いざらい全てを話してくれないかね? 関係者はどこに潜伏してる?」

 虚ろな目で遠くを見つめながら、男は受け答えをする。パイロは有用な情報を報告書にまとめた。


 ―― 一週間後 治安維持局本部テロ対策委員会にて


 上官の前でパイロは構える。

「君の報告書は読ませてもらったよ。お役目御苦労……と言いたいところだが、また問題行動に出たようだね」

「サー取り急ぎの任務のため手段を選んでられませんでした」

 パイロの独断専行は今回に限った話ではない。それでも結果を出しているため表向きは処分は免れていた。

「だからといって薬物で廃人を作るなんて行き過ぎた行為だ! 君が取り調べを行った男は殺処分されたよ。臓器は使い物にならないと判断されたからな」

 局長は激した。無理もないことだ。ブルジョア相手の臓器売買は行政の貴重な財源だからだ。だが抜け目のないパイロはそんな上官の機嫌取りのための土産を用意していた。

「サーその点はご心配なく。男が吐いた情報を元手に新たに3人捕縛しました。罪状が確定したら人権停止処分が下ること間違いないでしょう。そのときは3人の生殺与奪は閣下に御委ねします」

「3人分の臓器か……嬉しい臨時収入になるな、今回の件はこれまでとする、御苦労であった」

「サー」

 人権停止処分を受けたものは人として扱われなくなる。あるものは奴隷に、あるものは人体実験に、あるものは臓器と血液を奪われる。

 人類が文明を失うまでに至った大変動から200余年。かつてのヒトが享受した栄華を取り戻すべく奔走する一つの国家があった。

 ここはかつては中東と呼ばれた地に佇むドミナリア共和国。

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