第十五話 買っちゃった

 中古バイク用品店のウェア売り場には冬用グローブが多数並んでいたが、礼子の気に入った物はなかなか見つからない様子。

 小熊の使っている物と同じような革製やナイロン製、電熱式のグローブもあって、値段もピンキリだが、礼子はこういう時、幾つも候補を挙げてその中から消去法で選ぶようなことをしない。

 それを使う自分しか考えられなくなるくらい最高で、傑出した物のみを買うと決めている礼子は、夏季にグローブを選んだ時に同様の判断を下した滑り止め軍手を使い続けていて、新しい物を選ぶことに消極的な様子。

 礼子がまたグローブ売り場から離れ、今日はバイクの冬支度のために来たという目的を忘れてエンジンパーツの売り場を覗いている。

「これも冬装備なの!わたしのハンターカブは湿度とか吸入温度が下がる冬季には、燃料と冷却を調整しなおさなきゃいけないから」

 小熊は言い訳をする礼子を引っ張ってバイク用品店を出た。要するにこの店には、常に一番で最高の物を欲しがる礼子を魅了するような物は無かった。

 礼子は言っていた、そういう物と出会った時は、いつも向こうからこっちの視界に飛び込んで来る、語りかけてくると。馬鹿なんじゃないかと思う。

 

 小熊は礼子の手を引き、中古バイク店の通り向かいにある古書チェーン系リサイクルショップに行く。体育館ほどもある売り場に古本や中古品が並んでいるこの店でも、礼子はあちこちに寄り道をした挙句、勝手に疲れて勝手にお茶したいと言っている。

 もう今日は一通り眺めて回ったら帰ろう、そう思いながら商品を見ていた小熊は、ある物が気になって立ち止まった。

 弁当箱。

 奨学金便りの慎ましい暮らしでは、昼食を買うのも手間をかけて作るのも余分なコストになるので、学校に持って行くのはいつも家で炊いたご飯とレトルトフードにしている。

 学校だけでなく休日にカブに乗って出かける時にも使う弁当箱は実用品で、小熊はいつも韮崎や甲府の百均で買ったタッパーを使い、汚れたりフタの閉まりが悪くなったりした時はさっさと新しく買い換えていた。

 最近ではカブを整備する時の部品やネジを入れるという用途に再利用するようになったこともあって、小熊は百円の弁当箱でも問題は無かった。

 不平も不満も不足も無い。好きでもない。


 小熊が家庭用品売り場の棚で見つけた赤いギンガムチェック模様の弁当箱は、お椀や重箱に使うような食器用樹脂製で、タッパーよりも上等そう。

 興味を持って手に取る。自分がこの弁当箱で昼食の時間を過ごす様を想像した。弁当の味が変わるわけないし、気持ちもあまり変わらない。

 ただ、カブのシートやリアボックスの上に赤いチェックの弁当箱が置かれてる様は、少し可愛らしいのではないかと思った。

 財布の残金を頭で計算しながら、小熊は弁当箱をひっくり返す。値札シールが貼ってあった。

 次の瞬間、小熊は手に取った弁当箱を、半ば叩きつけるように売り場の棚に戻す。

 値段は小熊が使っているタッパーの十倍以上。問題外。

 さっきまで小熊に手を引かれてた礼子が、小熊を不思議そうに見る。

「買わないの?」

 小熊は負け惜しみのように答えた。

「弱そう。カブで走ってる時に落としたら割れる」

 値段が折り合わないなら、機能に文句をつけるしかない。


 さっきに増して強く礼子を引っ張りながら、リサイクルショップを出ようとした小熊は、もう一度足を止めた。 

 アウトドアグッズのコーナー、バーナーやナイフ、ランプ等が並ぶ中に、屋外で使う調理器具も置かれている。

 小熊の足が自然に止まり、吸い寄せられるように棚に近づく、自分でも意識しないまま、気付いたら手に取っていたのは、四角いアルミの箱。

 礼子が後ろから話しかける。

「トランギアのメスティンね、小型の飯盒よ」

 箱はよく見ると、太い鉄線の折り畳みハンドルがついた蓋付きの小鍋。小熊がこれを手に取ったのは、弁当箱として理想的なサイズだったから。自分がこれを使っている様が、瞬間的に頭の中に結像した。

 礼子はメスティンについて話している。目一杯使えば二合の米が炊けるとか、蓋が一合の米が入る計量カップを兼ねているとか、炊飯だけでなく色々な料理に使えるとか。

 細かい機能はどうでも良かった。ただ、このメスティンという箱が小熊に語りかけて来ている。明日から小熊を腹一杯にしてやると言っている。

 裏返して値段を見た。さっきの弁当箱より少し高い、頷いた小熊はメスティンを手に、わき目も振らずレジに向かった。

 一番で最高の物が見つかるまでは、寄り道迷い道をしながら探し続けるという礼子の思考や行動は、未だに良く理解できないが、小熊は自分もそういうものに出会ったことは認めようと思った。

 その気持ちは、スーパーカブで一度味わっている。 

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