番外編05 「母神」始めました!

孫娘が18になった。

ワシの欲目もあるじゃろうが、この子は、やや中性的な香りのする、じつに美しい子に育った。つややかな髪は腰まで伸ばしておる。母に似て華奢な体つきだが、背は高く父の肩まである。ワシの娘と並ぶと、姉に見えるな。


先日、お前さんに話を聞いて貰った時は、確か4つだった。あの幼女が、まるで一瞬で、大人になったかのようじゃ。時の流れは、本当に早いものですな。


ワシの生活も変化した。今は、懐かしい骸骨村の洞穴で暮らせているんじゃ。

数年前に、孫娘がふらっとダンジョン最下層のワシのところへやって来たんじゃ。

「お祖父様、初めまして」

「おや、来てくれたのかね」

「ちっともお祖父様が来てくれないから、来ました」


ワシが禁呪を発動した時点では、この子は居なかったからな、こうして普通に会話することができる。


「可愛い子。許しておくれ。村の衆・お前・お前の母には会えるが、

 ワシの大切な者達には禁呪の影響が今でも続いておるのだよ」


孫娘は腰に手を当てて、ワシを睨んで見せた。睨まれても可愛いのう。


「叔父様(終末少年)のことは、私が引き受けます。

 お祖父様は、もう、そうしたことから隠居なさって下さい」

「ワシ、お払い箱か?」

「これからは、私が矢面に立ちます。お祖父様は、自己犠牲を払うからダメ」

「むう」

「それでね、今、禁呪を解除すると、面倒なことになるの。

 先代『母神』の仕事を書き換える準備をしていますけど、

 私の心身が成熟しないと実行できないから。もう数年かかります」

「待つぞ」

「今日、連れて帰るの。ね、お聞きになって。

 要は『代償』を払ってさえいれば、禁呪は『仕組み』を誤認させ続けます」

「ふむ」

「お祖父様は、限界を越えた力を行使したから、『縁のある者から認識されない』

 代償を支払いました。でも、未成熟な今の私でも、その魔法は私の限界の

 範囲に収まります。私にとってはただの魔法です。代償は魔力だけなの。

 というわけで、今、支払いました。今日から私が肩代わりします」


神聖魔法と精霊魔法の件で、世話になった不死族の青年は、ワシらを笑って送り出してくれたんじゃ。

こうして、ワシは約300年ぶりに、娘婿達と会うことが出来た。

直接会えたこと、そして孫娘が力を付けてくれたこと、様々なことで、あやうく泣くところだったわい。


さて、孫娘が18歳の「今」の話に戻そうかの。



――絵本や、村の衆が思い描く天界と、あまりに違うわね、ココは。


賢者の孫娘は、新たな『母神』を継いだことを周知する為に、7柱の神を集めた。そこは、壁も天井も無い部屋だった。地平線が見える。一抱えある光沢のある球体が、バラバラに7個置かれている。彼女は、そこを見下ろす位置で、彼らを照らしていた。今は、慣れ親しんだ肉体の姿はとっていない。


賢者の孫娘は、球体達へ思念を用いて語りかける。

神々の思念でのやり取りは、人が感知出来ないほど速い。

そのため、通常の人間の会話の形を借りて、お伝えしよう。


「私は心身が成熟し、『母神』の座に就きました。

 私はあなた方の姪であり娘です。しかし、神族の長として振る舞います」


「7柱を代表して、祝福します。

 先代の『母神』さえ、あなたが現れることは想像なさらなかったでしょう」


「主神よ、ありがとう。これから数点、確認事項を伝えます」


 ・私が現れたことを知るのは、神族と上位精霊のみ許可します。

  人間やエルフやドワーフや亜人達へ話すことを禁じます。

 ・私は、創世神話の『母神』と同等の力を持つ存在です。

  『仕組み』も作り変えることができます。

 ・あなた達神族を「世界の外」へ追放することが出来ます。


「質問や、急いで変更したいことはありますか?」

7柱の神族達は、それぞれ「無い」と答えた。


「あなた方のこれまでの働きは、全て見ました。


 主神。7柱の長兄としての働きに期待します。

 あなたは思いつめる場面が多いですね、他の神族の力を借りなさい。


 結婚と恋人の神。力を乱用しすぎますね。落ち着きを学びなさい。


 豊穣神。あなたの大らかさを好ましく思います。

 これまで通り、民を祝福し続けなさい。


 美の神。あなたは問題を起こしすぎました。後ほど、私の結論を述べます。


 叡智の女神。これまで通り、知を求める者を慈しみなさい。


 武神。モンスターや冒険者を中心に導いていますね。あなたが重視する、

 身体の鍛錬は、戦うことの出来ない民にも意味があります。

 私はあなたに、民の「健康」も任せます。


 眠りと終末の神。この瞬間からあなたは「末の神」です。

 『終末』の役割は、破棄しました。

 6柱の神達の行き届かない部分を、見守りなさい」


主神      「仰せのままに」

結婚と恋人の神 「……努力いたします」

豊穣神     「はい。新たな母神様」

美の神     「覚悟は出来ております」

叡智の女神   「私の喜びですもの」

武神      「仕事が増えましたな。励みます」

末の神     「心から喜んで」



「さて、美の神の処遇についてです。

 私は、彼の子の半神達が、彼らの人生を浪費することを望みません。

 そのため、この問題に介入します。

 半神達は、「『追放』か『役割の変更』を、父親に選ばせること」ならば、

 納得出来ると言っています。


 『追放』は説明するまでもありませんね。

 あなたを廃し、私が新たな神を1柱産みましょう。


 『役割の変更』は、あなたが溺れた恋と性愛を、あなたから遠ざけます。


 お選びなさい」


――美の神は、『役割の変更』を選び、あらゆる「美」の守護者として、役割を再定義された。


「7柱の神よ。集まってくれて感謝します。それぞれの場へお戻りなさい」


7つの球体から気配が消え、が少し下がった。賢者の孫娘は「母神」として、美の神の血を引く半神達へ一斉に話しかけた。


「あなたの父は、『役割の変更』を選びました。

 彼はもう、問題を起こすことは出来ません。長年苦労させましたね。

 あなたが父への憎しみに費やした時間で、本来成し得たことを与えます。

 戸惑うことがあれば、なんでも7柱の神に相談なさい。

 あなたは私を呼ぶことも、私について語ることも出来ないのですから」


半神達の反応は様々だった。それでも憎いと言う者、寿命で死んで行った兄や姉達にもこの時を経験させたいと思う者、自分たちの手で問題を解決出来なかったことを悔やむ者、長年の問題に区切りが付き呆然とする者。

賢者の孫娘は、それぞれの言葉を受け止めた。


そして、新たな「母神」も天界を後にした。



「はぁ、初仕事終わったぁ」

脱ぎちらした服や本で、色彩が豊か過ぎるほど散らかった部屋で、ワシの孫娘は大きく伸びをする。ベッドにあぐらをかいておるな。寝癖のついたぼさぼさの髪のまま、私室を出て行く。これこれ、若い娘が尻を掻くのではない。


娘夫婦は、村の衆の暮らす慎ましい家と同じ作りの家で暮らしている。食卓は、ワシや「末の神(終末少年)」も顔を揃える。

時には、孫娘の育ての母である「歌の母様(歌姫)」「華の母様(元学院長・元精霊魔法の教授)」「小町の母様(小町魔王)」や、その家族が来ることもあるんじゃ。


「おう、お疲れさん」

「あれ、お父様とお母様だけ?」

「叔父さんは、私のご飯は口に合わないんですって」

「お母様、拗ねない拗ねない。叔父さんお昼召し上がらないのかな」

「君に新しい役割を与えられて、張り切ってるんだよ」

「ていうか、あなた、私達夫婦と叔父さんにだけ、当たりキツくない?」

「お仕事ですから」

「お母様だけ叱られてたんですけど!」

「お仕事ですから♡」

「そもそも、初仕事なのに、そんな姿であなたは!」

「どうせ、天界じゃ見えないもん。合理的よ」

「毎日その姿でしょ。もう、顔くらい洗ってらっしゃい」

「はーい」


――孫娘はちょっと個性的な子でな。



昼食を終えた頃、小町魔王が大きな革鞄を持ってやって来た。

「あの子は、またお部屋?」

「ああ。会ってやってくれ」

「女神様は?」

「向こうで拗ねてる。そのうち落ち着くさ」

「あら、またなの? 皆、すっかり慣れたわよね」

武神は苦笑いした。


小町魔王は散らかった、ワシの孫娘の部屋へ通された。

「小町の母様、適当に座って」

「あなたの汚部屋には慣れたけど、座る場所ってあなたのベッドしか無いわよ?」

「じゃ、そこで」

「あなたがどこに何があるか把握出来ることも、一瞬で片付けられることも、

 知ってますけど、どうして綺麗な状態に保てないの?」

「向いて無いんじゃない?」


小町魔王は「私達の育て方が間違っていたのかしら」と呟きつつ、革鞄から華やかな衣類と、孫娘の好む灰色の簡素なローブを幾つか取り出した。


「小町の母様、ローブまだあるわよ? 洗い替えもあるし」

「私が耐えられないから着て」

「はあい」

「そっちの、王女が着るような華やかなのは、着てく場所無いわよ」

「機会を設ければいいじゃない」

「私は部屋が好きなの」

「じゃ、部屋着にしていいから」

「やあよ、それ窮屈だもん。私は素材が良いから、何を着ても可愛いでしょ?

 着心地重視なの」

「あなたねえ、お化粧もせず、髪の毛もそんなで……。

 『雲の巣・改』ばっかやってるのでしょ?」

「あら、お仕事よ?」


小町魔王は孫娘用の化粧道具も一式用意していたが、嫌がられたので、ひとしきり雑談をして引き上げて行ったんじゃ。の初仕事を、案じたんじゃろうな。



小町魔王と入れ替えに、元学院長が孫娘の部屋へ入った。

「華の母様も来て下さったの?」

「小町魔王が、げんなりして帰ってったわよ」

「だって、お化粧も華やかな服も、いらないもん」

「あなたは綺麗なのに、恋愛は興味無いものねえ」

「華の母様はご存知じゃない。

 私は精神的に完結しているし、私独りだけで『命』を産むことができるもの」

「だから伴侶はいらないし、恋もしないのよね?」

「うんうん」

「その割には、愛されたいし、理解されたいし、甘えたいのでしょ?」

「それはー、習慣? 家族に愛されたり、甘えるの心地よいわ」

「まあ、無理に勧めないけど、他人と家族になるのも良いものよ」

「この前、華の母様が経験した全ての快楽を、見せて下さったでしょ?

 そもそも、私の脳には快楽を感じる部分無いみたい」

「作ったら?」

「やあよ、ひたすらネチョネチョしてたじゃない」

「私の快楽に費やした数百年を『ネチョネチョ』の一言にされた!」

「母を理解するのは娘の務めですから」

「もう。それで、あなたを『理解』出来る者がいないから、引きこもってるわけ?」

「夜風に当たりながら、この村を散歩することで十分なの」

「『理解』のことは?」


孫娘は答えず、話をはぐらかした。「理解者を与えられない」ことへの抗議は、確かにあるじゃろうな。でも、そんなこと、大切な人に言えんよな。


「華の母様、私、お仕事してもいい?」

「あなた初日から飛ばしすぎじゃない?」

「えへへー」

「ちゃんとご飯食べるのよ?」

元学院長はの部屋を後にした。



(平和であることが苦しい子達がいるのよね。精霊王に感化された精霊達のこともあるし……。さ、ちゃちゃっと終わらせよ)


孫娘は、世界中の血の気の多い者達へ、一斉に干渉した。そして、思念で武神に語りかけたんじゃ

『武神よ、仕事をお願いします』

『おう。じゃない、はい、新しい「母神」よ』

『……私は公私の区別をつけようと頑張ってるんだからね!』

『悪かったよ』

『ゲームを作って欲しいの』

『?』

『平和な世の中に合わない子って居るでしょ』

『血の気の多い奴らな』

『その子達が、殺し合い以外で楽しめる遊びを用意してあげて』

『人も亜人もモンスターも交えて、殴り合いでもさせるのか?』

『子ども達が、石けりしたり、球を投げて遊んだりするじゃない。

 あれを、大人でも熱中できるようになさったら?』

『難問ですな』

『血の気の多い子達は、全員、武神の話を聞く姿勢にしてあります。

 任せましたよ』

『引き受けた』


(家族と仕事するって、距離が近くてやりにくいわね)


孫娘は、精霊界にいる精霊王へ直接語りかけた。

『やあ、妻が心配してたよ。初仕事はどうだった』

『精霊王、こんにちは。無難にやってますよ。

 今日は、精霊王が精霊達に影響を与えた件で連絡しました』

『仕事増やしたねえ』

『ほんとよー。でも、ずっと世界を支えてくれていた、

 精霊たちの変化は好ましく思います』


上位精霊をはじめ様々な精霊達は、精霊魔法使いに呼ばれるか、創世神話の頃からそれぞれが担っている役割で一切の自然を保ち続けるか、この2つしか世の中との接点が無いんじゃ。

だが、精霊王から様々な人間としての経験を聞くじゃろ? その影響で、例えば、「王都で評判の屋台は、どんな味なんだろう?」等と、精霊たちが思うようになったんじゃ。


――孫娘は答えを伝えた。


『人間に混ざって見分けが付かない程度の義体と、お小遣いを用意しました。

 1万体では足りないでしょうけど、精霊たちに「休暇」を与えて、

 交代で義体を使って下さい。分からないことがあれば、仰って』

『ずいぶん作ったね。各地に用意してくれた義体の事は把握しました。

 ありがとう、精霊たちは自分たちが支えている世界を体験出来て喜ぶよ』

『頑張った甲斐があるわ。では、またね精霊王』



「終わったぁ。もう今日は仕事しないからね!」

孫娘は、ベッドの上でゴロゴロしておる。この子は、お部屋が大好きでな。

ワシ知っとる、職住接近ってやつじゃろ。む? 「在宅勤務」だったかの。


孫娘は、鏡も見ずに手櫛で髪を整えた。小町魔王が届けてくれた、新しいローブに着替える。装飾性は無いが、良い生地を使った、お高い品じゃな。

自室を出た孫娘は――


「お母様、いつまで拗ねてるのー? 機嫌直して下さいね」

「お父様、ちょっとそこまで出てきます」

「明るいうちに、君が出るなんて珍しいね」

「今日のお仕事終えたから、一月ぶりのお散歩してきます」

「どんどん行きなさい」



村の子や動物達に珍しがられつつ、孫娘は近所にある、歌姫の家を訪れた。

「歌の母様、いらっしゃる?」

「いますよー。あの人から、そろそろ来るって知らされたの。

 私の可愛い甘えん坊さん。おやつにする? それとも子守唄?」

「まだお腹いっぱいです。それに、寝ちゃうじゃない」

「寝ていいのよ。あなた、あまり寝ないでしょ」

「集中すると忘れちゃうの」


孫娘は、歌姫の側に愛用のクッションを抱えてきて、寝っ転がる。

「えへへー、初仕事終えました」

「お疲れ様」

「褒めて褒めて」

「ふふふ。あなたは私達の誇りよ。

 ねえ、あなた最近低い声で話すように意識している?」

「うん」

「理由聴いてもいい?」

「『母神』の座に就くと、神族へ命令するでしょ?

 小娘の高い声で話されると嫌かなって思って」

「あらあら。あなたの声は、私が羨ましく思うほどの美声よ。

 耳障りなことなんてないから、変な気を使わないの」

「自分だと分からないけど、歌の母様が言って下さるならそうなのかな」

「ええ。低く話すよりも、その声に笑顔を乗せてご覧なさい」

「歌の母様みたいに、私もできるかしら」

「出来ますよ」


孫娘は歌姫の側にいると落ち着くのじゃろう。しばらく黙ってゴロゴロしておった。この子は、ちょっと猫みたいなところがあるな。


「歌の母様は、優れた精霊魔法使いであることが辛い日はある?」

「そうねえ。私達は精霊と相談して助力を乞う者だから、

 辛さまではないかな。『歌姫』って呼ばれるのは重圧あるけれど」

「そっかあ」

「まだ、力が怖い?」

「両親の下に生まれ、私は多くのことに恵まれたわ。

 それでも、恋をして老いて死んでいく子達が羨ましいことはあるの」

「その気持ちを、半分背負ってくれる人を伴侶と呼ぶの」

「私は、そう出来て無いんだってば」

「本当に? 試して無いでしょ。あなたは、自身の事は予知したり、

 見通すことが出来ないわよね?」

「そうだけど、私は今いてくれる大切な人で満ち足りているの」

「あらあら」


歌姫は、孫娘に頼まれるままに、様々な歌を歌ってやった。やがて、心が満たされた孫娘は、「お祖父様にも報告してきますね」と、歌姫の家を後にしたんじゃ。



ワシの洞穴(書斎・部屋)は、家具類を直して使っておる。あおや烈火が好きだった、椅子も本棚もあの頃のままじゃ。孫娘も、この椅子が好きでな。足を組んで座っておる。


「ワシにはそもそも見えない領域じゃが、『母神』の仕事にそんな面があったのか」

「そうなの。例えば叔父様の『終末』って役割を書き換えるのも、

 先代『母神』の言葉を解読する必要があったのよ? 私が現れることは、

 想定して無かったのでしょうね。『母神』にしか読めない状態だもの」

「次元は異なるが、悪筆の魔導書を解読する苦労なら分かる」

「似てると思う」


イルカは村で忙しくしておるからな、孫娘が台所でお茶を用意し、ワシの分も持ってきてくれた。


「神族の長として、表に出ないことを選んだのだな」

「うん。私がでしゃばると、メチャクチャになるもん」

「そうだな」

「だって、私は7柱の神達の上位互換よ? 人々が混乱するわ。

 彼らの信じる神を『世界の外』へ追放したり、新たな神を産めるし、

 世の中を作り変えることも出来る存在が現れたら、乗り換えるでしょ?」

「そう考える者もおるじゃろう」

「私は、人間もエルフもドワーフも、他の亜人達も、モンスターも、動物達も、

 つまり『全ての命』と、一斉に話をし、要望を聞き、

 適切だと判断すれば願いを叶えたり力を与える事ができるわ」

「お前による、直接統治だな」

「そう。諸国の王も『鉄棍会議』も各教団も、形骸化するわ。

 私は、彼らが今日まで積み上げて来たことを壊すのいやなの」


孫娘は椅子を引きずって、ワシの側へ持ってきた。座り直して、言う。

「お祖父様の遠見の術と見え方は違うけど、私も多くのものが見えるの。

 命ある者がニコニコしているのを見るの、好きなの。

 星空を眺めるのと同じで、ずっと見ていられる」

「優しく育ったのう」

「もっと褒めていいのよ?」

「わはは」

「お祖父様は、私が『母神』の座に就いて、不安に思わない?」

「微塵も」

「どうして?」

「ワシの孫だからな。信じたいのだよ。何を賭けてでもな」

「もう、お祖父様って。ほんっと、家族に甘いわよね」

「ワシの弱点だからな」

「宝物って言いたいけど恥ずかしいんでしょう?」(ニヤッと笑って)

「ああ、ワシの宝は、なかなか手厳しくてな」(ニヤッと笑い返す)


この子は、これから重圧を背負って行くのだな。

理解してくれる者を孫娘が求める気持ちになるまでは、ワシらがそれぞれの限界の中で、この規格外中の規格外の子を理解するしかあるまい。


「なあ」

「なあに、お祖父様」

「ワシは必ず間違える。だから、間違えることを前提に物事を考える」

「神族の長でも、間違えていい?」

「歴史をご覧。美の神を始め、神族もワシらと変わらず間違えてきたぞ」

「そうねー。でも、力が大きい分だけ、かける迷惑も大きいのが問題よね」

「その大きな力で、お前が間違えても、みなが平気な顔をしていられるくらい、

 柔軟で強靭な世にしてみてはどうかね」

「簡単に仰るけどぉ、安心を得るための労力、すっごいのよ?」

「それでも、試してご覧。何も出来なくても、ワシはお前を見ているよ」

「うん。それは、本当に心強いです」

「お前が安心できるようになると、部屋に引きこもらなくなるのかな?」

「私はお部屋を愛してるだけで、引きこもって無いもん」

「そうか、そうか。そろそろ、夕食の時間じゃろ。行くか?」


孫娘は軽やかに立ち上がり、椅子を元の場所へ戻した。この子は、自室は散らかすくせに、ワシの部屋では行儀よく振る舞うんじゃ。

やれば出来る子なのに、なぜ、汚部屋を愛するのだ、孫娘よ……。


「それにしても、大きくなったのう。ついこの前、4つだったんじゃがな」

「みんな言うのよ。お母様なんて、私が背を抜いたって膨れるし」


子ども扱いされる不満をこぼす孫娘とともに、ワシらは食卓に向かった。

それぞれの屋根の下で、夕食の支度をする村の衆の活気が感じられる。


「いい風だ。大人になったお前と、こうして歩けてワシは嬉しいぞ」

「私も」

「お前は夜の散歩が好きだが、たまには夕暮れ時に歩くか?」

「お祖父様は好きだけど、私は夜の散歩が好きなの。

 だって、村の衆が幸せな夢を見ているのが、

 潮騒みたいでとてもとても美しいんだもの」


やれやれ。機嫌よく歩く孫娘とともに、ワシは夕暮れに染まったんじゃ。

さあ、家へ帰ろう。



fin.

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