番外編04 ちび女神のユウウツ

なあ、お前さん。

精霊王は既に精霊界に馴染み、歌姫は15代目の子孫を見守り、今日も彼女の宮で優しい歌を歌っておる。これは、そんな未来の話なんじゃ。

ワシのバカ娘の愚かさと、ワシの孫娘のいじらしさを、語ってもいいかのう。


この春、ワシの孫娘も4つになったんじゃ。


この子は規格外なワシらの中でも、飛び抜けて規格外でのう。

なにせ、産声の代わりに、ヨレヨレの声で「死ぬかとおもったあ」と言いおった。

娘夫婦はたまげておったぞ。

出産に立ち会った小町魔王は、「予想の範囲でしょ」と笑っておった。


まだ娘の乳を飲んでいた頃は、

「お母様、お腹いっぱいです。お背中トントンして下さい」と言っておったからな。


夜泣きする代わりに、「どんどん大きくなるから仕方ないと思うけど、頭も体もムズムズして、落ち着かないです」って言っとったなあ。


つかまり立ちする頃には、「お母様とお揃いがいいの」と、神官やら料理人やら、様々な職に経験値を意味もわからず注ぎ込んでLv99にしておった。

孫娘よ。ワシはフルカンするの、それなりに努力したのだが、お前にかかると一瞬じゃな。



そんな、ワシらのチビ助も、4つになった。

ワシの贔屓目を割り引いても、愛らしい幼女になったぞ。

孫娘は父を見上げて尋ねた。

「お母様が、また、お部屋にひきこもりました」

「君に言い負かされて拗ねてるんだよ」

「私、言い過ぎちゃったの?」

「まだ、力加減難しいもんなあ。

 拗ねてるお母様も、あれはね、恥ずかしくて出てこれないだけなんだよ」

「ふしぎです。だって、お父様。娘って口が達者なものよ?」

婿殿は苦笑いするしか無かったのう。


この子は、歩く王立図書館みたいな幼女だからのう。うちのバカ娘では、口喧嘩になった時点で負けだな。

でもなあ、うちの娘もじゃろ。なかなか、学習せんのだよ。


「叔父様のところへ行ってきますね」

「ああ、いってらっしゃい」


元終末少年も無事大人になり、神としての力を得た。『仕組み』は今も、彼が眠っていて大人になっていないと騙されてくれているんじゃな。

彼は長いこと村を見守ってくれておるんじゃ。


孫娘が家を出たのを確認して、うちの娘が部屋から出て来おった。

「ねえ」

「機嫌直った?」

「絶賛、自己嫌悪中」

「反省しなさい」

「何よ、あの子の味方するの?」

「君は奥さん、あの子は娘。僕は両方の味方だ」

「いつからコウモリになったのよ」

「常識人と言ってくれよ」

「ああ。あなたを、思うままに束縛できた、新婚時代が懐かしい」

「で、自己嫌悪さんは、どうしたいのかな」

「4歳で母を論破する娘をどう教育したらいいのよ」

「論破されるのは、君が学習しないからだ。あの子は、良い子だよ。

 なあ、君は人を愛する力加減に苦しんだろ?」

「うん」

「それの、全能力版だよ。あの子は、大きすぎる力に戸惑ってる。

 怯えている、小さな女の子だよ」



両親が、そんな会話をしている頃、孫娘はご先祖様スケルトン達の所に居た。300年以上経っておるからな、骨ももろくなるじゃろ? 元終末少年が、それぞれの希望を聞いて、自然に任せることもあれば、傷んだ体を元通りにしてやることもある。


「叔父様お手伝いします」

「疲れない程度に、ほどほどにね」

「はーい」


孫娘は、900体のご先祖様スケルトン全員と一度に話をした。

それぞれの希望を聴き、願いを叶えてやる。


「参ったね。相変わらずとんでもない力だ」

「1人ずつ聴くより、全員と一度にお話しをした方が、楽じゃないですか?」

「叔父さんは、1人ずつしか出来ないのさ」

「ごめんなさい。私、また変なことしました?」

「違う違う、君の出来ることと、叔父さんの出来ることが違うだけで、

 君は今、謝る必要はないんだよ」

「ほんとう?」

「本当だよ」

「叔父様は、私のこと嫌いにならない?」

「嫌うわけないだろ。君は僕らのお姫様なんだから」


孫娘は、ほっとしたのか、叔父の足にしがみついた。

そして、小声で囁く。

「私は育てにくい子なの?」

「また、姉様と喧嘩したのかい」

「ううん。お母様が矛盾したことを仰るから、指摘したら感情的になられたの」

「4歳児相手に、大人げないよね」

「ううん。母様が、感情の起伏が激しくて、矛盾を気にしないことを、

 私は知ってるのだから、私が悪い子なの」

「それは違うよ。僕らのお姫様。君の母様も父様も、そうは思っていない」

「ほんとう?」

「例えば、一生懸命、歩く練習している子がいたとするよ」

「はい」

「その子が、転んだら、その子は悪い子かな?」


孫娘は、叔父を見上げて少し考えた。

「その例えだと、私は何を練習しているの?」

「母様・父様から頂いた、『力』の扱いだよ」

「私のフツウと、村のみんなのフツウと、お父様・お母様のフツウが、

 全部違うから、『力』の扱い苦手なの」

「そうだよね。今は苦手でいいのさ。焦らず取り組んでごらん」

「叔父様、ありがとう」


孫娘が居心地の良い場所を探して座ると、隣に村のボス猫が座った。孫娘は、ボス猫をそっと抱きしめて、撫でてやる。ボス猫は色んな匂いがする。

日向の匂い、花の香り、猫独特の匂い。チクチクした気持ちが少し和らいでいく。


「私が変な子な自覚はあるの。村の子と一緒に遊べないもの。課題も分かってるの。

 猫さんを撫でるのはこんなに簡単なのに、力加減ってすごく難しいの」


ボス猫は、孫娘の鼻の頭を、ザリザリと舐めてやる。『嬢ちゃん、よくわかんねえけど、元気だせや。舐めてやるからよ』みたいなとこかの。

孫娘も、ボス猫が言いたいことが分かったのか、嬉しそうにボス猫をもう一度抱きしめると、元気よく立ち上がった。


元気が出たのは良かったんじゃがな。規格外中の規格外な子じゃろ?

「転移」の魔法で王都へ飛びおった。幼女のお出かけの範囲ではないよなあ。



孫娘は、学院の応接室に通された。

「ようこそ学院へ。小さなお客様」

「お約束もなく、いきなり来てごめんなさい。

 学院長先生、お時間作っていただけますか?」

「ええ、喜んで」


かつて、精霊王の妻をいじめたことで、無理やり学院へ入れられ、長く精霊魔法の教授を勤めたエルフは、かれこれ100年は学院長を務めている。

彼女の美貌は相変わらずじゃ。容貌や肢体に変化は無い。

だが、快楽へ耽溺することや放蕩に飽きてな、今は質素なローブで身を包んでいる。


「今日は、どうして、先生のところに来ようと考えたの?」

「図書館でも、大人の人でも分からないことなら、学院だと思いました」

「そっか、そっか。どんなことを知りたいのかな?」

「両親に頂いた『力』を適切に使えるようになりたいの」

「『力』のことで、困ることはあるの?」


孫娘は、ちょこちょこと学院長の所へ行くと、「こんな感じです」と、学院長の手を握り、出来事や困っていることを具体的に、学院長の中に流し込み、見せた。


「いいわよ、席に戻らなくて。私の隣にかけなさい。

 なるほど、あなたがどう困っているかは見せて貰いました」


「育てにくい子だと、両親に嫌われそうで怖いの。

 村の子達と遊びたいけど、子どもっぽいって思ってしまうし」


「そうね。あなたの立場なら、そう不安を抱くわよね。

 でも、私には、こうやって礼儀正しく普通に振る舞えるのだから、

 人間関係の距離が遠ければ、力の管理はしやすいのかな?」

「そうかも。お母様が一番難しいです。

 村の子達とは、難しいというより、私が違いすぎるのだと思います」


「うんうん。あなたの叔父さんは、大人になるまで『幼体』という

 時期があったけど、同じ神族でもあなたは違うのね」

「はい。私は創世神話の『母神』の座が与えられます」

「それは大きな力ね。単独で全ての命と神を産めるわけでしょ?

 神同士で子を授かると、誰でもそうなるの?」


「いいえ。たぶん偶然だと思います。

 私は、お母様自体が、『お祖父様の血を含んだダンジョン』と融合した女神で、

 お父様は、元々は人間だった方が、不老不死化を経て、武神を継ぎました。

 規格外の2人の子という理由はありますけど……」

「半神はいるけど、あなた以外、神族同士の子っていないから、

 検証しようが無いものね」


学院長は、孫娘の髪をそっと撫でてやる。

「小さな体に、それだけ力が詰め込まれたら、戸惑うわよね」

「力加減がよく分からないの」

「うんうん」

「私のフツウと、村のみんなのフツウと、両親のフツウが、全部違うの」

「簡単なのは、あなたの村の村長さん(黒服美形)のフツウを、真似することかな」

「お父様やお母様のフツウじゃなくていいの?」

「ええ、そうよ。あなたにはまだ基準が無いの。

 かといって村人を基準に設定すれば、神族として不便すぎるでしょ」

「村長さんを基準にすると、魔法が使えなくなります」

「うん、使えないね」

「未来を見ることも出来ません」

「見なくていいのよ」

「母様みたいに、自分に経験値を入れてLv99に出来なくなります」

「それは、むしろ、しちゃダメね」


孫娘は、学院長を大きな瞳でじっと見上げる。

「私は、村長さんみたいに、教えたり、相談に乗ったり、導くことはできません」

「幼女に、それを求める人はいないわよ?」

「言われてみれば。

 私、未来を見たりもするから、自分がこの体だって忘れちゃうことが多いの」

「『今』だけで手一杯なんだから、『未来』まで見るのは無理があるわね」

「見えちゃうの」

「そっかあ」


学院長は、孫娘を抱き寄せて、静かに語りかけた。

「やることたくさんだねえ」

「うん」

「村長さんはね、不老不死という、人間としては規格外の力を、

 適切に管理し、村に溶け込んでいるの」

「はい」

「『無難さ』の代名詞みたいなものよね。彼をお手本にしたとするでしょ」

「うん」

「あなたは必ず力加減を間違えます。身につくまで、何度でもね」

「一度の失敗で覚えたいけど、難しいの」


学院長は、孫娘を包み込むように、そっと抱きしめた。

「欲張らないの。あなたはまだ4つでしょ。

 思い出しなさい。あなたは子どもなの。失敗していいの。

 あなたを守り導き育て、失敗の後始末をするのが親なんだから。

 村長さんの例は、あなたが安心して失敗できるようにする工夫なの」


孫娘は、ちょこんと頭を下げてお礼を伝えると、学院を後にしたんじゃ。

学院長は、「いつでもおいで」と微笑んでおった。



やるべきことははっきりした。しかし、それには失敗は避けて通れない。失敗すれば、お母様は拗ね、お父様だってきっと困るだろう。

孫娘は途方に暮れてなあ。無性に歌姫に会いたくなったんじゃ。


「転移」の魔法で、歌姫が暮らす宮へ飛んだ。

「歌姫のお姉ちゃん、こんにちはー」と、孫娘は通い慣れた宮へ入っていく。

宮の者達も、ニコニコ迎え入れてくれる。

この子は、疲れると歌姫に甘えにくるからの。


「あらあら、また難しいこと考えてきたのかな?」

「お姉ちゃん、私、疲れちゃった」

「どうしてか分かる?」

「私が変な子だから?」

「違うわよ。今日はまだお昼寝してないでしょ。おいで」


年季の入った、地上最強の子守唄じゃからの?

くたくたな孫娘が、抗えるはずもない。即、寝たぞ。


「よそのお家のことに口出しはしたくないけれど、

 女神様は、そろそろ大人にならないといけないわね」


歌姫は『歌』で、夫の精霊王へ呼びかけた。

『あなたは、どう思われますか?』

『武神がしっかりしてるのは救いだね。

 ただ、この子が可愛そうだ。母へ甘えられず、君に甘えに来てるだろ』


『私は嬉しいですよ。この子は、不思議な輝きがあるわ。

 でも、この子が本当に甘えたいのは、女神様ですよね』

『ああ。君の役割は「正解」を教えることではなく、

 未熟な女神に代わり、この子にぬくもりを与えることだね』

『ええ』


『君はどうしたい?』

『この子の苦しみを減らしてあげたいわ』

『じゃあ、

『もしかして』


『そういうこと。考えてご覧。大事な孫娘が、「転移」の呪文まで使って、

 あちこち行って幼いなりに『良い子』になろうと努力してるんだ。

 賢者の爺ちゃんも、そろそろ見てられなくて動くだろ』


『そうね。それに、私ちょっと怒っています。

 だって、「母神」へ至る力の問題なんて、

 まだ4つの女の子に背負わせる問題じゃないですもの』

『そうだね。だから、君はただそこで、寝かせて上げなさい』


『ねえ、あなた』

『ん』

『私達は、色んな土地を旅しましたね』

『君と歩いたね』

『この子にも、あんな時間をあげたい』

『大丈夫。必ず、そうなるよ』


歌姫は精霊王との対話を終えると、囁くように、優しく、ただただ優しさを込めて、歌を歌ってくれてなあ。まるで、ぐっすり眠る孫娘へ、歌を注ぎ込んでくれるかのようじゃった。



精霊王に見抜かれたのはしゃくだが、孫娘が助けを求めていることは事実じゃ。

そろそろ、ワシが動いてもよかろう。

ワシは、ダンジョン最下層で、骸骨村にいる娘の話を聞いた。

(娘と同席している婿殿は禁呪の影響でワシを認識できんからの、娘が適宜、伝えてくれている)


初めての子育てで、『母神』に至るほどの力を備えた子を育てる悩みも聞いた。

聞いた上で、ワシが見た、孫娘の今日一日の全てを、娘に見せたんじゃ。


叱るよりも、4つの子が、なんとかしようとした姿を見せたほうが、効くよな?

――ワシの娘が泣き止むまで、ずいぶん時間がかかった。


だが、腹をくくった娘は、早かった。

小町魔王・学院長・歌姫へ、力を貸して欲しいと頭を下げたんじゃ。


小町魔王「何年友達やってると思ってるの?」

学院長 「学院長より、やり甲斐ある仕事ね」

歌姫  「この子の苦しみを減らせるなら」



孫娘にしてみれば、一度に母が4人に増えたようなものだからな。

「小町魔王さんは分かるけど、学院長先生と歌姫のお姉ちゃんはどうして?」

「あなたが可愛いから、学院長辞めて、あなただけの先生になったのよ」

「宮にいるより、懐かしいこの村にいた方が、あなたに会えるでしょ」

前学院長と歌姫は、そう言って笑った。


3人のおかげでなあ。やっと、孫娘が『良い子にならなきゃ』と口にする頻度が減って来たんじゃ。たまには、ワシも驚くようなイタズラをするほど、進歩しおった。

この子がどれほど規格外過ぎようと、村の衆は見守ってくれている。


孫娘は、力に戸惑っているだけじゃ。なら、安心させてやればいいよな。

娘夫婦だけで手に余るなら、手を増やせばいい。

そう気がつくのに、4年必要だったんじゃな。


苦しい4年を通り過ぎたことで、娘夫婦は孫娘をどうすれば安心させてやれるのか、学ぶことができたんじゃ。


心地よい春の光の中で、大人たちに見守られた孫娘の不安は、少しずつ少しずつ溶けていった。夏には、村の子らに混じって、この子がはしゃぐ姿を見られるかもしれんな。今日も村は、穏やかに受け入れてくれる。

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