番外編03 鉄棍女王の落胆

先日、私達家族へ、終末少年と彼の保護者である武神が訪れました。

王族としてではなく、私達は友人として彼らを迎えました。

良い時間が与えられたことを、主神に感謝いたします。


私はLv99であることで、傲慢になっていたのでしょうか。

それとも、老いでしょうか。

愛する主神様の封印を解くことが出来ませんでした。


賢者様の強大な魔法であるとはいえ、私の信仰が彼の魔法に負けました。

こんな時は、ダンジョンで体を動かすことで、私は己を調整しています。


え? 前王妃に泣きつくことでもバランスを取っているだろうですって。

聞こえません。

(彼女は私の伴侶ですが、姉や、時には母のように振る舞ってくれます。

 私は伴侶に甘えすぎているかもしれませんね)



私はもう、56歳です。

女神様ご夫妻に連れられて、何度も死んでLv99になった娘時代や、働き盛りの体ではありません。時の流れは残酷です。ステータスこそ落ちてはいませんが、瞬発力もスタミナも最盛期より劣ります。


「あなたはね。はい、ごめんなさいね」

私は、最下層でエンシェントドラゴンの急所をメイスで打ち砕きました。

歳を取ることは失うばかりではありませんね。


瞬発力とスタミナを失った代わりに、私は極限まで無駄を排除して戦うようになりました。疲れますからね、自然と、疲れにくい戦い方が身につきます。

そして、人であれモンスターであれ「急所」が見えるようになりました。

メイスの一撃で倒せれば、疲れにくいですからね。



『書王は賢王だ。しかし、書王の懐刀は錆びている』

巷では、こんな声を耳にします。

私は、息子の刀の君のことで悩んでいます。私が戦えるのもあと数年でしょう。

20年もすれば、あの子を遺して人生を終えます。



私は、王城の練武場へ刀の君を呼び出しました。

「あなたたち息子は、王としての実務は既に私達の代を越えてくれました」

「ありがとうございます」

「でも、あなたが引き受けた武勇は、評判が良くありませんね」

「平和な世ですからな」

「あなたは、なぜLv99まで鍛錬しないの?」

「お母様とは違う『強さ』を得たからです」

「息子よ。母が半生を賭けて身につけた、『確殺クリティカル』を習得してくれませんか」

「それはLv99の先にある境地でしょう」


この子は、仕事と、火の君を愛することにかまけて、鍛錬を重視しないのかしら。


「その身で経験してご覧なさい。有用ですよ?」

「分かりました」

「なぜ構えないのです」

「私は、お母様に向ける剣なぞ持っていません」

「母はあなたにメイスを振るうのですよ?」

「それでもです」


私は、息子のこめかみへメイスを振り下ろしました。即死したこの子を、「蘇生」で蘇らせます。この子が少年の頃も、こんなことがありましたね。

あの日は、書王とこの子を、半日でLv40まで上げたものでした。


人体に急所はいくつかあります。私は、その数だけ息子を殺しました。

殺しては、「蘇生」させます。


「なぜ抵抗しないのです?」

「したくないからですなあ。それに、私は生きる死人でもあります」

「?」

「お母様、私は妻に遺書を預けてあります。

 書王が出来ない汚れ仕事を行うこともあります。

 私には敵が多い。

 暗殺されることもあるでしょう。

 いつ死んでもいいように支度させてくれたのは、妻なのですよ」



この子の強情さは、私譲りですね。

これ以上、無抵抗なこの子を傷つけるのは、耐えられません。


「火の君と話がしたいわ。『蘇生』はしたけれど、

 あなたは血を流して消耗しすぎています。何か食べて、休みなさい」

「お母様が、私に遺して下さろうとする『確殺』という技術を、

 なぜ私が学ぼうとしないのか、ご説明する機会を与えて下さいますか」

「言い訳だと受け取るかもしれませんよ?」

「構いません」


息子は堂々とした足取りで、練武場を後にしました。



私達の私室で、私は前王妃に叱られていました。

火の君はじきにやってくるでしょう。


「書王が賢王と呼ばれるよう、『錆びた刀』という引き立て役を

 笑って引き受けるあの子に、なんて残酷なことをするの」

「『確殺』は便利よ? あの子に私を越えて欲しかったの」

「いくら、「蘇生」の奇跡が約束されているからとはいえ、

 息子に手をかけるなんて、あなたは狂っています」

「焦りすぎた自覚はあるわよ。でも、私達はいずれ死ぬのよ」

「当たり前じゃない。あなたは焦って見えないだけよ。

 刀の君は、既にあなたを越えています」

「Lv80なのに?」

「まあ、見ていてご覧なさい」


火の君の到着が告げられ、私達はこの話を中断しました。


「お義母様、夫のことでお話があると伺いました」


前王妃が、火の君へ微笑みかけてこう言いました。

「この人、気が立っているの。乱暴なことを言うかも

 しれないですけれど、不安に思わなくていいのよ」

「はい、お義母様」


背筋を伸ばし、私へ向き合ってくれる火の君を、私はとても好ましく思います。

息子は、歳の離れた美しい妻が愛おしくて仕方ないのでしょう。

でも、この子に溺れ、鍛錬を疎かにする息子ではありません。

考えても答えは出ませんね。私は尋ねることにしました。


「急に呼び出してごめんなさい。あなたは夫が巷で

 『書王は賢王だ。しかし、書王の懐刀は錆びている』と

 評されていることを、どう思いますか?」

「何とも思いません」

「理由を尋ねても?」

「お義母様は、私の母をご存知ですよね」

「ええ、歌姫様も精霊王も、歴史に名を残す方たちです」

「私の母が、エルフの里にいられなくなった理由はご存知ですか?」

「いえ」

「母は克服しましたが、それは父の献身があったからです。

 母の事情を話すのは娘として抵抗がありますから、

 私自身の心の棘をお話ししますね」


気品と爽やかな色香をまとう、この子は容貌が心の棘だと打ち明けてくれました。

そうね。伝統的なエルフや、私達の国では見かけない、異国風の美貌ね。


「今でも自信はありません。でも、夫が励まして下さるの。

 『君が信じてくれるオレが、美しいと言う言葉まで否定しないでくれ』と

 彼に言わせてしまったこともありました」


火の君の毅然とした瞳は、こうして対峙すると、吸い込まれそうな力があるのね。


「あなたは、歌姫様とあなたの例を出して、

 見る目のない者がいることを教えてくれたのですか?」

「少し違います。どうでもいい人に何を言われたところで、

 痛くも痒くも無いと言いたいのです」

「民はどうでもよくないでしょ」

「あら? 書王様と、私の夫の血と汗の結晶の上で、

 そんなこと言う人なんて、私は

 ねえ、お義母様達。聞いて下さい。

 なのに、それでも、彼はそんな人達も含めて、

 この王家の、そして民達の『盾』になる覚悟なのです。

 私の、自慢の夫です」


火の君は、姪の王妃(2歳)に会って帰りますと、私達に挨拶をしてこの部屋を後にしました。


「脳筋さん」

「なによ」

「自慢の夫って言って貰えましたよ」

「嬉しいけど、刀の君にも、書王と同じように私達を越えて欲しい」

「ねえ。私はあなたより5つ年上です。おそらく先に死にます。

 あなたも、そろそろ、自分のあやし方くらい覚えなさい」

「あら、まだ2,30年は甘えるつもりよ? 元気でいてね」

「あらあら。孫娘に笑われますよ」

「そこまで幼くないもん」

「焦りで何も見えない鈍感さん。私は、繰り返して言います。

 刀の君が、私達を既に越えていることを、理解していないのは、

 あなただけですよ」



翌日、私は刀の君とともにダンジョンへ潜りました。

息子は、火の君と学院の精霊魔法教授、神官、息子同様に複数の職を鍛えている前衛が出来る戦士達3人の6人を連れてきました。

見たところ、Lv80のPTが組める人達ですね。


私の「敵意解除」の神聖魔法を使いましたから、最下層までモンスターと戦わずに潜ることが出来ました。


「お母様、神聖魔法の解除をお願いします。

 みんな、打ち合わせ通り頼む」


戦士が一人控えにまわり、息子がPTの前衛に入りました。後衛は、神官と精霊魔法使い2人ですね。


「お母様、『確殺』を試されますか?」

「ええ、いいですよ」


私は、エンシェントドラゴンの急所を狙い、一撃で討ち滅ぼします。


息子が連れてきた子達は、「さすが鉄棍女王様」などと、驚いてくれますが、息子は何の反応も示しません。自分の体で散々経験しましたものね。


「お母様、それでは、我が友とそこでご覧になっていて下さい」


息子達のPTは新たなエンシェントドラゴンへ狙いを定めました。

「ブレスが来る。色欲魔神、水の精霊の加護を頼む」

「お姉さんに任せなさい」

「火の君、君は炎の上位精霊へ歌って、デカイの叩き込む準備」

「『エンシェントドラゴンは焼けない』って言ってます。平気?」

「炎の上位精霊に、歌姫と精霊王の婿を舐めるなって言ってくれ」

「神官、ヤツの打撃は痛い。神聖魔法の加護を頼む」

「かしこまりました」

「オレが、魔法で前衛3人の剣に力を与える。少し待ってくれ」

「「おう」」


準備が整った息子達は、エンシェントドラゴンのブレスを無効化し、打撃は押し返し、急所近くを3人がかりで深く傷つけました。


「よーし、ヤツ自慢の分厚い皮を破った。妻よ、最大火力で頼む!」


火の君は、炎の精霊への『歌』を続けながら、炎の上位精霊へ指示を出したようね。

歌いながら話すわけにいかないの、不便ね。

なるほど、エンシェントドラゴンの厚い皮を切り開き、無防備になった弱点付近を猛火で燃やし尽くすのね。


息子達が、私の元へ戻って来ました。

「PTで戦えばいいと言いたいの?」

「お母様、ま、見てて下さい。

 もう一回頼む。説明した通り、オレは外れる。頼むから怪我するなよ」


控えの戦士が息子と交代し、再び、彼らはエンシェントドラゴンを倒しました。


「お母様、覚えていますか。私と書王はかつてお母様に意見したことがあります。

 『違います。お母様達は、任せて育てることが苦手なんです。

  お2人でやってしまった方が早く解決しますから』と」

「ええ。あなたたちは、『鉄棍会議』を通じて、

 私達の魂と志を他国にまで広げてくれましたね」

「同じことなんです。お母様という1人の超人を目標に、超人を育てるよりも、

 『私が居なくても、私がいる時と同じ事が出来る仲間』を育てることを

 私は選びました」

「今は他国との戦乱が無いけれど……」

「ええ、竜化青年とも話し合っています。今、ご覧に入れたことと、

 同じように、兵たちも戦場で動けるでしょう。

 彼らは誰もがかけがえのない者達です。

 しかし、誰が欠けても、組織としての力は保てる。

 これが、私と書王の答えです」


年のせいかしら。なんだか、息子がとてもまぶしくて。

「私は、個の力に頼りすぎたのかしら」

「いえ。お母様のように、道を切り開く方は、個の力が大切です。

 しかし、それを受け継ぐ私達は、違うやり方が必要なんです。

 こうした方法を選び、お母様の境地へ至れない私をお許し下さい」


「優しい子。これ以上、私に恥をかかせないで。

 今回も私の負けよ。あなたは、私の誇りです」


私達を見守っていた、息子の仲間達は、そっと火の君の背を押しました。


「あの、お義母様」

「なあに。あなた達の戦い、素晴らしかったわ」

「ありがとうございます。あの、『確殺クリティカル』なんですけど、

 私、槍使いLv99ですので、出来ると思います。

 今は、仲間もいて、蘇生もして貰えますし。

 ご覧になっていて下さる?」


……うちの義娘は、一撃でエンシェントドラゴンを倒して見せました。

精霊魔法教授はニヤニヤして、呆然としている息子をイジっていますね。


そう、あなたが私の技を受け継いでくれるの。優しい子、ありがとう。



『刀の君は、鞘の君。炎の君こそ、書王の懐刀』

巷では、こんな声を耳にするようになりました。

息子は「鞘の君」という言葉が気に入ったようです。

火の君は、激しい子だもの、鞘は必要よね?



ダンジョンから戻って、私は息子に尋ねました。

「昨日、あなたは練武場で、無抵抗でしたね。もし、私が父親であれば、

 武器を構えてくれましたか?」

「私達には、母様達しかいません。もしもの話は無意味です。

 ですが、父であれ母であれ、私は愛する家族に向ける剣なぞ持っていません」

「強情な子ね」


私は、私室へ戻ると、前王妃へ一切を話しました。

「ほら、危ないから。嬉しくても、メイス振り回さないの」

「だって、息子が私達を理解して越えてくれたのよ!」


前王妃は、ゆったりとお茶を飲みながら、涼しい顔でこう言うの。

「私は言いましたよ。あの子達は、私達を越えていると」



私が、あのダンジョンで獲得した、このメイスはLv95以上でなければ装備できません。このメイスを受け継いでくれる者は、現れないかもしれません。

だから何だと言うのでしょう? 愛用のメイスが、いつか骨董品として、王家の宝物庫に眠る日が来ても、少しも悔いはありません。

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