番外編 閉幕後に贈る、5つの歌

番外編01 終末少年からの手紙

『賢者さんが村を去って、しばらく経ちました。

 禁呪の影響で不自由なさっていませんか。

 僕は、兄様(武神)にお願いして、王都へ連れて行って頂きました』


僕が書き物をしていると、姉様が背中から抱きついて、手元を覗き込んできます。

「あら、お手紙?」

「姉様、覗き込むのやめて下さい」

「だって、私が届けるのよ?」

「でもダメです」

「宛先は私のお父様、書いているのは私の弟、見ても構わないじゃない」

「姉様は距離が近すぎます!」

「だって、あなた、赤くなるの可愛いんだもの」

「赤くなってないです。お暇なら、兄様のところへどうぞ」


姉様は、僕が怒ると思ったのかイジるのをやめ、隣へ座りました。

「ねえ、封印されている主神と、連絡の付かない美の神は無理だけど、

 豊穣神と叡智の神があなたに会いたいって言ってるの。どうしたい?」

「豊穣神様はともかく、叡智の神様は主神さんに頼まれて『毒』を作ることに、

 手を貸したのを気にされていますよね」

「うん。『賢者様に任せると言ったのに、言葉を違えてごめんなさい』って」

「僕が、ちゃんと大人になって、神族としての力を獲得したら、

 直接ご挨拶させて頂きます」

「言ってやりたいことでもあるの?」

「違います。本当に『仕組み』を誤認させられているのか。

 僕が大人になっても、神の力に目覚めても、

 世の中に影響が無いのかを見て頂くことが一番ですよね。

 主神さんの封印も解いて上げたいですし」


姉様は、僕の頬にキスをすると、強く抱きしめました。「頼もしいゾ」と耳元で囁くのです。でも、小さな子にするみたいに、キスしたり抱きしめたりと、子ども扱いするのに、何が頼もしいのでしょうか。変ですよね。

書き物したいから、あっち行ってて下さいとお願いすると、鼻歌まじりに部屋を出ていきました。


『賢者さんも、兄様も、姉様に慣れているの凄いと思います。

 姉様は「私の愛は重いの」と開き直っていますけど、距離が近すぎますよね。

 村長さん(黒服美形)に相談してみたら、「問題の無い人は居ないのですよ。

 神族もまた例外では無いのです」と笑ってらしたんです』


僕は書くことを整理しようと、兄様と歩いた王都への道を思い出しました。

そうだ、まずはあの事からお伝えしましょう。

『領主の街の手前で、僕は兄様と野宿しました。焚き火って熱いし眩しいですね。

 ふと気がつくと、兄様と僕の他に、見たこと無いくらい華やかな衣装を

 まとった不死族の方が焚き火に当たっていました。

 兄様が何も言わないということは、害意の無い方なのでしょう――』


「お前らは、不審者に何も言わんのじゃな」

「あんた殴り合いに来たわけじゃないだろ」

「野蛮なことは苦手じゃよ。ワシは自分の手を汚すのは嫌いでな」

「不死族さん、いっぱい勉強すると、うちの賢者さんもそうですけど

 露悪的になるのですか」

「ふはは。ワシの性格が悪いだけなんだがなあ。優しい見方をする子だな」

「おう、うちの弟は、純粋だからな。スレた物言いに不慣れなんだよ」

「ヤツも、ワシが弟子にした頃は、こんな感じでな。

 お前たちが旅をしているのを知って、柄にもなく懐かしくなってな。

 顔を見たくなったのだよ」

「賢者さんの先生なんですね。お会い出来て嬉しいです」

「終末少年よ、困っていることはあるかね?」

「賢者さんが居ないこと以外、何もありません」

「ヤツはややこしい魔法を組んでおってな、ワシもヤツを認識出来なくなっておる。

 だが、手が足りなければ呼びなさい。弟子の家族なら、お前たちは私の身内だ」


『僕達に会いにきてくれた、賢者さんの先生は、そう言い残して消えたんです』



領主の館の敷地に建てられた、王立図書館分館は美しい建物で、中を見学したかったのですけれど、今回の旅では寄ることが出来なくて残念でした。

『領主の館では、溺愛領主さんと職人ドワーフさんが迎えてくれたんですよ――』


「利発そうな子だとは思っておったが、お前にそんな役目があったとはなあ」

「終末少年、あなたは困っていることはありますか」

「毎日楽しいです。

 だから、賢者さんも一緒の食卓を囲んで下さったらって毎日思うんです」

「そうね。離れて暮らさざるを得ないって、悲しいわよね」

「何を言うかね。賢者殿のことだ、私達が認識出来ないだけで、全て見ておるさ」


『ほんとですね。お手紙なんて書かなくても、きっと見ていて下さいますよね』



姉様のも困りますけれど、おそらく性的な意味でって言われるのも、気持ち悪いものですね。

『兄様が王城へ連れて行って下さる途中で、

 目のやり場に困る衣装姿の美しいエルフと、

 とても仲の良さそうな女性と行き会いました。

 お買い物の途中なんだそうです――』


「あら、終末少年君、王都に出てきたの?」

「初めまして、どなたですか」

「通りがかりの綺麗なお姉さんです」

「通りがからずに、そのまま帰れよ。お前は弟の教育に良くない」

「あなた、女神様に守られてるからって油断してない?

 私のハーレムに歓迎するわよ」

「オレは妻、一筋なんだよ」

「本音は」

「あいつを泣かせて、数回殺されてまで、お前としたくない」

「あらあら、残念。でも、坊やはあと5年すれば熟すかな?

 食べ頃になったら迎えに行くわ」

「通りすがりの綺麗なエルフさんは、神族を食べるのですか?」

「そうよー。お子様には想像できない食べ方するのよ?」

「お連れの女性が、さっきから笑ってますよ。

 『食べる』って何かの暗喩なのでしょう?

 ――からかわれるのは不愉快です」

「ごめんなさいね。あんまり綺麗な子だから、構いたくなったの。

 賢者が居なくなったことで、誰かに責められたりしていない?」

「責められず理解して貰えるから、切ないです」

「そういうのあるわよね。あなたのお兄さんが睨んでるからもう行くけど、

 辛くなったら学院で『精霊魔法の教授』って言えば通じるから

 おいでなさいな」


『色んなやり方で、僕のことを案じてくれる人がいます。

 僕が知らない人まで、僕のことを知っているのは不思議な気持ちがします』



王城も書王様の応接室も、綺麗だったなあ。

『兄様は、王族として質素な方だってあとで教えて下さったけど、

 それでも調度品を傷つけたらどうしようって、

 僕は案内されたソファに腰掛けるのもドキドキしました。

 やっぱり、この家が一番いいです。

 賢者さんは、今いる場所でくつろぐことは出来ていますか――』


「私は一国の王に過ぎない。それでも、負担に思う日はあります。

 君に与えられた役割の重さは、想像も出来ません。よく来てくれましたね。

 報告など必要ありませんよ。もう、他国への周知も済ませてあります。

 もちろん、我が主神の教団へも。そんなことは大人に任せなさい。

 さあ、私の家族にも、あなたの元気な姿を見せて下さい」


『書王様は、とても静かに語る方でした。

 王妃様は、サバサバした感じの方で、無駄なことを仰らなかったです。

 鉄棍女王は、僕のことを抱きしめて泣かれるんです。

 どうしたらいいのか分からなくて、固まってました。

 前女王が身につけているメイスは、Lv95以上装備なのだそうです。

 神族の加護を感じる美しいメイスでした。

 前王妃様は、固まっている僕に、「泣かれても困るわよねえ」と

 しゃがんで話しかけて下さいました。

 王女様(2歳)は、書王様が抱いて会わせてくれました。

 僕が珍しいのか、僕の指を握って「だー」って言っていました』



王城を出た僕らは、先陣老年ご夫婦のお宅へ伺いました。

『王都の城下町には、賢者さんのゆかりの方はまだいますよね――』


「僕のせいで、賢者さんと会えなくなってごめんなさい」

「あらあら、謝ることなんてありませんよ」

「そうだね。『母神』が用意した仕組みに、ただ従って来た神族の責任を、

 君一人が背負う必要は無いだろう」

「頭では分かるのですけど、それでも申し訳なくて」

「ええ、ええ。ゆっくり納得しなさい。あなただけの答えを出す為に

 学院や私達の塾で学べばいいのよ」

「社交辞令では無いのだよ。学院へ入ってからでも、入る前でも、

 いつでも構わない。部屋は余っているから、身一つで来なさい」


『僕は、村長さんに教わるのも好きです。でも、城下町でお会いした、

 ご夫妻みたいに、なぜ学ぶのかがハッキリしている方も大好きです』



王都の雑踏で、よく僕らを見つけてくださったなあ。

『旅に出てらっしゃる精霊王と歌姫も、僕の顔を見に来て下さったんですよ――』


「お、もう泣いてないね」

「そうね、心の精霊も、とても穏やかだわ」

「ご夫婦は、本当にうちの弟の顔を見に来たんだな」

「賢者の爺ちゃんのことは心配してないからね」

「僕は心配です」

「禁呪の影響を、あなたのお姉さまは無効化出来たでしょ。

 それを手がかりに、私達は上位精霊と研究を続けています」

「何だか申し訳ないです」

「可愛い弟よ、お前は気にしすぎる。あのな、このご夫婦は、

 上位精霊と語り合って新しい発見を得るのが好きなんだ」

「さすが、賢者の爺ちゃんちの婿殿は、分かってるね」

「でもね、皆さんに聞いて欲しいの。お義母様(情熱女房)は、

 とっくに習得なさったのに、この人は精霊語を覚えてくれないのよ」

「きっと、それだけ難しいんですよ」

「あはは。優しいな君は。違うんだ、私が怠惰なだけなんだよ。

 妻が通訳してくれるのが心地よくてね、甘えてるんだ」

「『死んで精霊になれば勝手に覚えるだろ?』なんて仰るのよ」

「有限の肉体だからね。精霊界へ行って出来ることをするより、

 妻と過ごしたり、こうして終末少年の顔を見ることに時間を使いたいのさ」


『精霊王は、僕の髪をくしゃくしゃっと撫でると、

 奥様の精霊魔法で風の精霊を呼び、風に乗って見えなくなりました。

 賢者さんともう一度会えるようにと、力を尽くされる方がいて、僕は幸せです』



歌姫も精霊魔法の教授も綺麗だったけど、火の君もとても綺麗な方でした。

『賢者さんが禁呪を使って僕らの前から消えたことで、一番傷ついて怒ったのは、

 火の君だと思います。賢者さんは不老不死ですから、数回焼き殺されることは

 覚悟なさった方がいいかもしれないですね――』


「神の幼体は初めて見たぞ。元気か、終末少年」

「はい、刀の君様」

「妻が、ちょっと煮えてるが、あれは君のことを怒っているのではない。

 怖がらなくていいからな」

「私は怒ってないですけど? 怖くないでしょ?」

「姉様、僕も兄ちゃんも、姉様怖いですよ?」

「姉様は悲しいです。弟に怖がられるなんて。

 じゃあ、具体的に怖い私をお見せしようかしら」

「どうどう。あのね、綺麗な君が睨むと迫力あるんだよ。

 弟君は、君のお祖母様の背中に隠れちゃっただろ?」

「あの子とは、あとで話し合う必要がありますね。

 終末少年、ばたばたしてごめんなさいね。

 エルフの里から、家族が遊びに来ているの」

「お邪魔しているのは僕ですから、気になさらないで下さい」

「神族の幼体と比較するのもどうかと思うけど、

 うちの弟よりあなたの方が幼いのに、しっかりしてるわよね。

 うちの弟たちも鍛えなきゃ……。

 あ、ちなみに、賢者さんのことで自責の念を抱えることは、

 私が禁じます。あの方は勝手な方なの。

 あなたを泣かせた分も、私がお仕置きするつもりよ。

 何年かけてでもね?」


『エルフの里の長老も、次期長老やその奥様(情熱女房)も、

 僕の事情を知っていて下さるみたいで、

 「私達に出来ることがあれば、何でも言いなさい」と

 仰って下さいました。

 (それにしても、エルフって不思議な種族ですね。

  火の君の曾祖母でいらっしゃることを知らなければ、

  長老と火の君は、姉妹にしか見えませんから)



 水の君と土の君は、火の君に睨まれてお祖母さんの背中に隠れつつ、

 「一緒に強くなろうな」と、なんだか友達みたいに接してくれました』



骸骨村は、今日も変わらずに穏やかです。

『動物達は元気にしています。学んだり、村の子と遊んだりする他に、

 ご先祖様スケルトンの村の名産品作りも、手伝わせて貰えます。

 まだ、僕は幼体だから、身振り手振りでしか意思の疎通は出来ません。

 でも、賢者さんがと、

 受け止めてくれているようですよ。僕のことも村の子と同じように

 ご自身達の子孫のように扱ってくれます。


 村長さんには、もう学院へ行って構わないと言われています。

 姉様・兄様は、「ゆっくり大人になれ」と言って下さいますから、

 たぶん、もう数年、僕はこの村の子として暮らします。


 村の衆は本を読むのが好きですけど、姉様兄様の痴話喧嘩も村の娯楽ですね。

 僕の教育方針で喧嘩することもあるので、僕は少し恥ずかしいです。


 小町魔王さんも、お腹の小さな命も、ご主人の竜化青年さんも元気です。

 神官の仕事は「産休」とのことでイルカさんに任せ、

 ご家族の時間を大切にされています。


 イルカさんは、「くろさんから預かっただけなんですよ?」と嘆きつつ、

 神官の仕事をし、村の子の遊び相手や、村の衆の相談相手もやってます。

 迷うと「賢者様なら、きっとこう考える」って言っていますね』



あ、姉様が、悪い笑顔で近づいてくる。兄様も一緒です。

「弟くん、お手紙書けました?」

「もう少しです」

「お姉様、見ていてあげましょうか」

「放っておいて欲しいです」

「おー、拒絶されたな」

「反抗期の弟がいじめる」

「違います。賢者さんにお手紙したためているから、集中したいだけです」

「書き上げたら、ベタベタしてもいい?」

「それは兄様の担当です」

「もちろん、夫にもベタベタするわよ?」

「ほら、俺達の弟が、すげえ残念な生き物を見る目してるだろ」

「この子の、あの冷たい眼差しが、癖になるのよ」

「嫌われたら泣くくせに」


あ、姉様が兄様をグーでなぐりました。姉様、華奢な体格なのに、凄い音です。兄様生きてますかー? 兄様の犠牲は無駄にしません。

この時間で、手紙を見直して、結びを書かせて貰います。



『兄様に連れられて、僕は色んな方と会って来ました。

 誰にも責められず、気遣われたことが、切ないです。


 まだ呼び慣れなくて照れくさいですけど、お帰りをお待ちしています。

 愛する



僕は書き上げた手紙に封をして、姉様に渡す支度を終えました。

姉様兄様の、夫婦喧嘩が終わるのを待たないといけませんね。

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