エピローグ

第27話 抵抗は無駄ですか?

骸骨村の村長に黒服美形が就任して間もないころ。

エルフの里では、次期長老のエルフが、収穫を森に感謝し家路を急いでいた。

「妻の健康管理も、私の役目ですからね」

妻の好物を採取できたのが、彼は嬉しかった。


その妻である情熱女房は、『歌』を歌い水の上位精霊と話していた。

「精霊王の母君よ、『歌』を歌って体に負担は無いかね」

「疲れれば、言いますよ。まだ大丈夫です」

「お呼び立てして申し訳なかった。じつはな――」


・眠りと終末の神が目覚め賢者の家族になった

・主神以外の神族は、賢者へ任せている

・主神は終末少年を寝かせろと主張している

・迷ったが、母君にはお伝えすることにした


「あらあら。私が居ない間に、村はそんなことになっていたの」

「そうだ。賢者は主神と考えが異なる」

「そうでしょうね。私は、娘時代から賢者様を見てきましたから」

「私に介入出来ることは無い。だが、私達は、母君や精霊王や

 歌姫が現れた、今の世を気に入っているのだ」

「そう。精霊は、終末によって世界が創世神話の時代まで初期化

 されることを覚えていられるのでしょ。辛かったわね」

「母君達のような存在が、短い寿命の中で生きて死んでいくことは

 悲しくはない。彼らは何かを残していくからな。

 だが全てが失われることは、辛いな」

「それは、私には想像も出来ない喪失感でしょうね」

「うむ」

「あなた達は、何度『終末』を見てきたの?」

「許してくれ。それは、話すことが出来ないのだ」

「そうなのね。話せないことがあるのも、辛かったでしょう。

 無力な私でも、聴くことは出来ます。遠慮せず、また声をかけてね」

「感謝する。人間に愚痴を聞いて貰うとは、思ってもみなかった。

 あなたは、聞き上手だ」


情熱女房は『歌』うことをやめた。上位精霊との交流は、まだ疲れる。そろそろ夫が戻る時間だ。孫達も腹を空かせて帰ってくる。

情熱女房は、上位精霊が聴かせてくれたことを胸にしまい、昼食の段取りを確認した。下ごしらえは済ませてある。

あとは、夫に任せればいい。



その頃、領主の館では――

執務室で溺愛領主と黒服美形が話し合っていた。職人ドワーフは、修繕し壁にかけた絵画の出来栄えを、念入りに確認している。


「ふふ、村長就任の挨拶に、とんでもないお土産を持ってらしたわね。

「申し訳なく思います」

「それで、先生はどうなさるの?」

「そうですね。私は賢者様の気持ちは理解しますが、

 世界と家族を天秤にかけることには反対です。

 領主様から書王へお伝え頂き、判断を仰ぎたいです」

「そうよね。だからこそ、そのお話は私が握りつぶします」

「それは、国家反逆の罪に問われます」

「ええ、露見したら、喜んで処刑されましょう。

 だって、神族の問題だもの。先生も書王も、何も出来ないでしょ?

 書王のことですから、苦しむでしょう。

 なら、知らせない。これが私の忠誠です」


職人ドワーフが、2人の所へやってくる。

「その時は、私の首を持っていけ。頑固なドワーフに邪魔をされたことにせい」

「何でそういうこと言うのよ」

「私は、お前らが気に入っている。こんなつまらんことで、失われてたまるか」

「ねえ、先生。聞いた? 彼の中では、私達は世界と天秤にかけるに足るみたいよ」


溺愛領主に話した以上、直接、王都へ報告することは出来ない。

弟と離れたくないから学院に行かないと言った少女が、黒服美形の感覚では一瞬で大人になった。大人になった教え子と、その理解者であるドワーフのことを、彼は眩しそうに見つめた。



その頃、賢者の暮らす骸骨村では――

うちの娘が、小町魔王の体をチェックしておった。

「うん、何の心配もないわ。今の調子で、無理せずに」

「女神様、妻はつわりが重いんだけど、大丈夫かな」

「そうねえ。小町魔王が望むなら、奇跡使うけどどうする?」

「もう少し様子を見てみます。あなた、心配しすぎよ」


小町魔王の体に、命が宿ってのう。

うちの娘が張り切ってなあ。絶対に守るんじゃそうだ。

教義に「安産祈願」とか増えるかもしれんの。


「こんな時に、ごめんなさい」

「?」

「ほら、賢者の爺ちゃんち、今、終末少年君のことで大変だろ」

「あー。そんなの気にしないで。お父様がなんとかしますよ。

 それより、超可愛い子生まれるんだけど、ね、ね、具体的に聞きたい?」

「「やめて! 私達の感動を奪わないで!!」」

「ふふふ。あなたたちは、その子のことだけ考えていればいいの」


帰宅した娘は、夫の婿殿(武神)に話して聞かせる。

「いいなあ、かわいいなあ。どんな赤ちゃん生まれるか、

 だいたい見えるじゃない?」

「未来のことは、予知しない方針じゃないの?」

「だって、あの夫婦は規格外の体の子達だもの。

 健康に出産できるのか、見守る必要あるでしょ」

「本音は?」

「待ちきれませんでした」

「そうだよな。オレも見て来ようかな」

「いけません。超可愛いから、あなた強引になりそう」

「君相手に、そんな恐ろしいこと出来るかよ。君が決断するまで待つよ」

「本音は?」

「――子どもできたら、君が構ってくれなくなるだろ」

「そこなのよ」

「?」

「私の愛って重いじゃない。子どもに嫌がられそうで怖いの」

「取り越し苦労すぎるだろ。2人で取り組むの忘れてないか?」

「私が暴走したら、止めてくれる?」

「これまで通り、体張る。それがオレだろ」



の調整を終えたワシは、娘夫婦も居ることじゃし、終末少年を呼び、4人で机を囲んだんじゃろ。ん? イルカか。ヤツのことは、またあとでな。


「みな揃ったな。ワシの結論を聞いてくれるか?」

「賢者さん、結論って何についてですか」

「お前から、預かった問題じゃな。

 この子は神であることをやめたい、大人になりたくないと言った。

 『母神』にそう作られたとはいえ、『終末を選ぶかどうか』という

 役割自体を放棄したいわけじゃな」


珍しく娘も黙って聞いておる。婿殿は、終末少年の背中を軽く叩き、「そんな固くならなくていいんだぞ」と笑ってやっている。


「この子が『起きている』『大人になった』という2つの条件を満たすと、

 役割を強制される仕組みじゃな。

 だが、ワシは終末少年をこのまま育て、大人にしてやりたい。

 そこで『仕組み』を騙すことにした」


「「「騙す?」」」


「この子は『眠っている』『大人になっていない』と、誤認させるわけじゃ」

「賢者さん、そんなこと出来るのですか?」

「ワシが預かると言ったじゃろ?

 さ、この話は終わりじゃ。村の子達と遊んでおいで」


村の暮らしを好きになるほどに、苦しんでいた問題に、を与えられ、終末少年は嬉しそうに友達の家へ向かったんじゃ。


「お父様」

「なんじゃね」

「そんな滅茶苦茶な力を振るう、代償について伺いたいわ」

「そうです。あの子に聞かせられない程のことですよね?」

「お前たち夫婦に頼みがある。これからも、あの子の家族でいてくれ」

「あの子は私達の家族よ。これからも変わらずに。

 でも、どうして、私達に頼まれるのかしら?」

「ワシが今回使う禁呪は、『縁のある者から認識されなくなる』ことが

 代償なんじゃ。神や精霊も例外では無いからの。

 神聖魔法と精霊魔法を使えなくなるのは、辛いな」

「落ち着けよ、義父さんに掴みかかろうとしないの」

「だって、『認識されなくなる』って仰ったのよ!」

「ざっくり言うと、お前たちから見れば、死者と変わらん。

 目の前にいても認識できん。思い出は残るが、交流はできぬ」

「それを受け入れろと仰るの?」

よ。頼もしい婿殿よ。ワシはお前らが好きだ。

 魔法に生涯を捧げたワシに、家族が与えられるとは思わなかった。

 お前たちは、ワシの宝なんじゃ。

 終末少年に悲しい役目を背負わせた、『母神』なぞ知ったことか。

 受け入れてくれなくていい。ただ、幸せでいてくれ」


娘は、机をたたき、立ち上がり、ワシを怒鳴りつけた。

「私の幸せには、夫も、あの子も、お父様も、全部必要なの!

 そんな魔法は許しません」

「もしワシが、愛猫神官で、あの子が、

 『あお』や『烈火』や『くろ』だったとしても、同じことを言うかね?」

「ズルいわ。そんなの比べようがないじゃない」

「ありがとう娘よ。婿殿、バカ娘と終末少年を頼みますぞ」

「お約束します」


ワシは、を懐に、暮らし慣れた部屋を後にした。

泣いて荒ぶる娘は、婿殿がなんとかしてくれるじゃろ。



その頃、王都の郊外でイルカは――

「イルカちゃん、無理言ってごめんなさいね」

「やだなあ、火の君様は、前も私に無理を仰ったじゃないですか」

「例の事件だね」

「聞いて下さい、刀の君様」

「その話はしなくていいの! あなたが、イルカちゃんに乗りたいって

 仰ったから、王都に出てきて貰ったのに。どうしてそうなるのよ!」

「妻の武勇伝は詳しく知りたい」

「私も被害者として、是非聞いて頂きたいです」

「ほんとなんなの、もうやだあ」


馬車や馬に乗るのが好きな刀の君に、火の君が「私達は子どもの頃から、イルカに乗せて貰って育ったけど、イルカの背も素敵よ」と話した結果、こうなった。


「この速さで飛べるのは凄いな。馬とは比べ物にならん」

「私は、本来は乗り物ではないんですけどね」


イルカは、火の君夫婦の気が済むまで、王都の周囲を飛んでやった。

刀の君は、「オレも、イルカが欲しい」と言い出して、妻に笑われる。


「『蜘蛛の巣』を使えるようになるために、必要な資格をお調べしますか?」

イルカは涼しい顔でそう言った。



主神は、ワシの娘夫婦に気づかれないように、手紙でワシを呼び出した。いつか、大量にご先祖様スケルトン達が現れた、あの墓場で主神と、完全武装の美しい娘がワシを待っとった。


「来てくれたか」

「終末少年のことかね」

「その予定だったのだが……」


完全武装の美しい娘に、ワシは尋ねた。

「どなたかの?」

「お取り込み中すみません。父は来てませんか?」

「お前さんは美の神の娘さんかの」

「ええ、悲しいことに、あの残念な美の神が父です。

 賢者様のところは、神まで集まると聞いて」

「来てないのう」

「まさか、庇ってらっしゃる?」

「その心配は無い。なぜなら、お前の父に興味が無い」

「うふふ。父のことをそう仰って頂くと、笑いがこみ上げてくるのは、

 困ったものですわ」

「お前さんらは、父に追い込みをかける以外に興味は無いのかね」

「我々の母達を泣かせたのですから、責任を取らせます」


主神が口を挟んだ。

「庇うわけではないが、お前たち、そろそろ許すことを覚えなさい」

「落とし前をつけさせないと、我々の人生が始まらないのです」

「君らの父は、ああできている。無駄だろう?」

「主神。あなたは正しいです。でも、私は納得がいかないのです」


「無駄なのは、ワシも同じ意見じゃな。

 だが、半神のお前さん達、兄弟姉妹は、そう決めたのじゃろ?」

「そうです」

「気が済むまでやりなさい。ここには、この頭の固い神しかおらんよ。

 もし気がつけば、必ず知らせよう。誰に言付ければ良いかね」

「ありがとうございます。では、兄へ直送ツブヤキをお送り下さい」

「ワシの知り合いに、お前さんの兄がおるのか?」

「賢者様の、師に当たります」

「師匠か? ワシが師事した少年時代から爺さんだったからのう。

 長命な師匠だとは思っていたが、まさか半神だったとは」

「兄は、私達を理解してくれますが、生涯を魔法へ捧げました。

 今も、父を見かければ、私達に教えてくれます」

も、必ず知らせよう」


完全武装の娘は、ワシらの邪魔をしたことを詫びると、武器を担いで墓場を去って行ったんじゃ。


「さあ、アレの話をしよう」

「ワシはお前さんに、話すことは無いのですがなあ」

「聞きなさい。叡智の女神と共に、『毒』を作った。

 アレは退屈をして、眠りから覚めて降臨した。

 この『毒』を、お前が魔法に組み込めばアレは深く深く眠る」

「なぜ、ワシにやらせるね」

「叡智の女神は戦いを好まない。お前の娘夫婦は好戦的過ぎる」

「武力で負けるから、ワシを使うか」

「お前は私と考えが異なる。だが、世界に『終末』が訪れることは

 お前とて避けたいだろう」

「主神。お前さんは、3つ間違えておるぞ」

「聞こう」

「1つ目は、『母神』の作った役割に盲目的に従った神族の怠慢を、

 ただの人間に尻拭いさせることは、醜い」

「2つ目は、お前さんは世界の話をしておるが、ワシは世界に興味は無い」

「怠慢かどうかは解釈が別れるだろう。お前は何に興味があるのか」

「ワシは世界なぞどうでもいい。ワシの目が届く範囲の、愛するものたちを

 悲しませたくないだけじゃ」

「遠見の魔法を使えるお前にとって、それは世界そのものではないか」

「そして、3つ目の間違いについて話そうか。

 主神よ。お前さんは、ここにワシを呼び出したことも間違いじゃぞ。

 ワシは家族を『アレ』呼ばわりされるのは、大嫌いでな」


ワシは両手に着けた指輪に貯めた複雑な魔法を、一気に解放した。

主神は魔法に抵抗しようとしたが、ワシの魔法が勝った。

主神は石柱になった。


「前女王の信仰対象だからなあ。友を悲しませたくはないが、

 ワシがこの村を去った後で、終末少年を傷つけられても困るのでな。

 封印させて貰いましたぞ、かつて、『建国王』が行ったようにな」


墓場なら1つくらい石柱が増えても、邪魔にはならんじゃろ?



ワシは生きたいように生きる。その為に、学んだ。

世界を去った『母神』よ、ワシはあなたに抗いますぞ。

終末少年を監視しやがて強制する『仕組み』へ、ワシは禁呪を発動した。

禁呪は成功した。


代償として、この世界で、ワシと縁のある者はワシを認識出来なくなった。

村の動物も、村の衆も、娘夫婦達も終末少年も、誰もワシに気づかない。


ワシは、ゆっくりと村を見て歩くと、「転移」の魔法を唱えたんじゃ。

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