第28話 言いたいことは言えますか?

骸骨村へ訪れてから51年かけて、彼は「寒村の賢者」として、他国まで知られる存在になったの。彼が永遠に村を見守るものだと、誰もが思っていたわ。

そんな賢者が、昨夜姿を消したんですって。


広い寝室で、私は土の上位精霊へ『歌』を歌い続けているの。

小声でね。だって、他の子達を起こしてもいけないじゃない?

裸でベッドに腰かけているんだけど、そろそろ足を組みかえようかしら。


「朝早くから、どうでもいいことで起こさないでよ」

「そうなのか。お前にも関わりがあることかと判断したのだが」

「賢者の知性は興味があるけれど、私はの。

 朝早く起こされると、調子狂うのよね」

「それは済まなかった、私は精霊界へ戻ろう」

「お待ちなさいな。もう目が覚めたわよ。知ってること話して」


――そう。賢者はもう居ないのね。火の君ちゃん大丈夫かしら?



旅先の精霊王と歌姫は、水の上位精霊から、報告を受けた。

「村へ帰るなって精霊に言われたけど、見せないでくれたのか」

「彼らはあなたが傷つくと思ったのよ」

「僕はそんなに打たれ弱いかい?」

「あなたが生まれた時から、賢者様はいらしたのでしょ」

「そうだね。思い出せる限り昔の記憶でも、爺ちゃんは爺ちゃんだね」

「一緒に、お義父様を見送りましたね」

「あの時は、君の歌に助けられたね」

「お義母様にぴったりくっついて、歌ってないと

 私が泣いちゃいそうだったから」

「家族なんだから、一緒に泣いて良かったのに」

「でも、お義父に大切にして頂いたでしょ。私がそうしたかったの」

「父さんと違って、爺ちゃんはまだ生きてる。

 2人で、『禁呪』の代償とやらをどうにか出来ないか考えよう」

――2人は、精霊魔法で何が出来るか、研究を始めた。



王都の刀の君の館では、火の君が炎の上位精霊から説明を受けた。

「オレがイルカと遊んでる間に、そんなことが起きていたのか」

「気にしなくていいのよ。神族が賢者様に丸投げしたんですから、

 私達に出来ることは何も無かったの。自己犠牲に見える?」

「縁のある者から認識出来なくなるなんて、辛すぎるだろ」

「あの方は、やりたくないことはしないのよ。したいからした。

 一人で抱え一人で決め、一人で消えるなんて、ほんと腹が立つわ。

 探し出してお仕置きしようかしら」

「なあ」

「なあに」

「怒るか、泣くか、どっちかにしないか」

「泣いてません」

「こらこら、オレの肩で涙とハナを拭うな」

「偶然、夫に甘えただけだもん」

「なら、怒るか甘えるかどっちかにしてくれ」

――火の君は、刀の君を伴って、先陣老年夫婦の家へ向かった。



「刀の君が呆れるくらい、火の君は怒っていたね」

「幼かったあの子の、避難所になった方ですもの」

「ああ、先生(黒服美形)から聞いてる」

「あなたが事故に遭われた時と同じですね」

「先生に、後から聞かされた時には驚いたよ。

 賢者の爺ちゃんは、躊躇ちゅうちょ無くやるよね」

「私も、教え子達に、そんな先生でありたいわ」

「もちろん。でも、孫娘がいるから、捨て身になれないんだ」

「あなたは頑張りすぎるから、それでいいのよ」

「孫娘の求婚者は全員敵だからね」

「またそのビョーキですか? あの子はまだ2歳ですよ」

――60代後半になった2人は、塾と孫娘が生き甲斐だ。



鉄棍女王と前王妃は、叡智の女神から説明を受けた。

なぜ、主神が来れないのかも。

「そんな大切なことを、私達にも息子達にも相談なさらないで、

 しかも主神様を封印しただなんて!!」

「そんな怖い顔すると、シワが増えますよ。

 ほらほら、メイスを振り回さないの」

「怖い顔にもなります! 賢者様は、私達の友人でしょ?」

「賢者様がなさったことなら、必ず理由があります。

 あなたは私達の息子を信じていないの?

 じきに、書王が調べて、話してくれます」

「なら、教団に説明してくる」

「いけません。あなたは退位したでしょ。今の世代に任せるのも仕事です。

 息子が話してくれるまで、知らないふりをなさい」

「苦手なのよねぇ」

「分かってますよ。それでも、今の世代に委ねるの。

 そういえば、小町魔王様からお手紙を頂戴したのでしょ?」

「ふふふ。お姉さまのお顔を見るついでに、

 たまたま主神様の封印された場所を通りかかるのは、仕方ないわよね?」

――前王妃は、じっとしていられない鉄棍女王を、笑って送り出した。



書王は、応接室で溺愛領主と職人ドワーフから説明を受けた。

「溺愛領主はが、予想できない出来事が起きた。

 私は、そう受け取りました」

「書王様、私は『握りつぶした』罪による処刑をお願いしています」

「あなたと、あなたの理解者の、いたわりと忠誠は確かに受け取りました。

 次は、あなたたちと、苦しみも喜びも、共にさせて頂きたいと

 私は願っています。約束してくれますか?」

「書王よ、この娘は、私達ドワーフより頑固でなあ」

「頼もしい、あなたになら安心して領主を任せられます」

遺書を用意し、この場に臨んだ溺愛領主は、己を恥じた。

――書王の静かな強さを見誤っていた。溺愛領主は苦笑いして遺書を破り捨てた。



私室に戻った書王は、妻に愚痴をこぼした。

「私は、賢者様にも、領主にも、話して頂けない王なのですね」

「あら? 相談されたら、あなたはどうされたかしら」

「主神様に従うでしょう」

「だからですよ」

「間違っていますか」

「王として正しいからです。主神様の封印も、賢者様の自己犠牲も、

 あなたの立場なら反対して当然です」

「ええ」

「では、私達の娘の父として、終末少年の悲しみを考えてみて」

「王として同じ答えを出しますが、情で判断がブレます」

「賢者様は、情の塊みたいな人よ?

 あの方は、正しいか正しくないかでは動きません。

 あなたがそう考えることは理解されていますよ」

「無力な王です」

「立場と価値観が異なります。しかも神族の手に余る問題ですよ。

 ご自身を責める必要はありません」

――書王は切り替えると、賢者の後始末に奔走した。



その頃、エルフ達は、里の広場で長老から説明を受けていた。

「私の友であり、この里から出た『歌姫』を受け入れて下さった、

 骸骨村の賢者が、私達の前から姿を消されました」


神族の問題を、賢者一人に背負わせてしまったことを、エルフ達は悔いた。


「みな、話は最後まで聞きなさい。賢者はしたくないことは、

 絶対にしない人なの。一緒に旅をした時に、呆れたんですよ。

 精霊王の母君、どう思われますか?」

「未熟な『歌』しか歌えない私が、この場でお話しするのはお恥ずかしいけれど、

 賢者様は長老の仰る通りの方です。

 私は、老い先短い身ですから、感情は横に置いて、今できることに取り組みます」

「ありがとう、精霊王の母君。みなも聞きましたね?

 はい、私の話は終わりです。私達の暮らしに取り組みましょう」


情熱女房は家に帰る道すがら、夫の次期長老へこう尋ねた。

「上位精霊と交流するために『歌』を歌うと、消耗するんです」

「そうだね。彼らと話すのは負荷が大きい」

「お婆ちゃんの私でも、疲れない『歌』の歌い方を工夫したら、

 里のみんなに、役立てて頂けないかしら?」

「いいと思います。精霊王と歌姫を見習って、私達も2人で研究しましょう」


水の君と土の君は、もう賢者に会えないことにショックを受けていた。

広場に彼らが残り、立ちすくんでいることを、曾祖母である長老は気がついているが、今は2人だけにしておくことにした。


末の弟の土の君が、兄の水の君へ宣言した。

「次に、爺ちゃんに会った時には、力になれるように、僕は強くなる」

「ああ。それには、爺ちゃんに会う方法を探さないとな」

「相談した方がいいよね。姉様と父様・母様のどっちにしようか」

「姉様は、きっと超怒ってるけど、覚悟できてる?」

――兄弟達は、精霊に、父母宛の言伝を頼んだ。



骸骨村は、賢者がいた日々と同じように、穏やかだった。


『賢者様のにおいがしなくなったね。寂しい』

『僕らの世代で会えるのかは分からないけれど、

 その内、帰ってくるでしょ』

『それより、「くろ先生」に言われたこと、今日も守らなきゃ』

――猫も犬も他の動物も、「くろ先生」を忘れてはいない。

くろだけではない。

動物の時間では、烈火やあおは、遥か昔の存在だ。だが、語り継がれている。



黒服美形は、村の衆へ、賢者が留守にしていることを話した。

「賢者様が、村長にも相談出来なかったなら余程のことだろう」

「イルカさんは遊んでくれるけど、爺ちゃんお留守なの寂しいね」

「ご用が済んだら、また戻られますよ」

「そうだな、いつ戻られてもいいようにしなきゃな」


村の衆は満ち足りていた。

もう、飢饉や疫病の心配はない。精霊王夫婦のおかげで、農作業はずっと楽になった。土の精霊と炎の精霊が手を貸してくれる分だけ余暇が生まれた。

イルカが出してくれる本の他に、領主の館に立てられた王立図書館分館を利用する者も増えた。

明らかに能力の高い者は、黒服美形がこれまで通り、私財で学院へ行かせてくれる。だが、学院に進む蓄えは無くても、黒服美形がいて、図書館がある。

それでも学びたければ、王都の先陣老年が喜んで塾に迎えてくれる。

彼らは、約50年かけて変化したこの村の暮らしを愛した。

――唯一足りないものがあるとしたら、賢者の存在だ。


イルカは、肝心な時に留守にしていたこと、使役者である賢者との繋がりを認識出来ないことで、落ち込んでいた。

「イルカちゃん、子ども達と遊んできなさいよ」

「女神様、私、ここに居ていいんでしょうか」

「お父様ならなんて言う?」

「私に任せると仰られる気がします」

「ええ、私もそう思う。今まで通りにして欲しいのよ、きっと」

――子どもと遊び、女衆の相談を受け、これまで通りイルカは忙しい。



小町魔王の宿へ、黒服美形の話を聞いた竜化青年が帰宅した。

「今日は過ごしやすいかい?」

「ええ、どこか出かけたいくらい」

「じゃあ、昼頃に時間作るから、くろが好きな草原行こうか」

「いいわね。それで、村長さんはどんなお話をされたの?」

「爺ちゃんが姿を消したことを、終末少年君のことはボカして話した」

「村長らしいわね」

「うん。僕らには時間がいくらでもあるから、爺ちゃんのことは、

 そのうちなんとかできるよ。それより今は、君にゆったりしていて欲しいんだ」

「あまり甘やかすと、知らないわよ?」

「大歓迎ですけど。約束したでしょ。

 『これまで学院で学んだことも、これから学ぶことも、

  僕が身につける力は全てあなたに捧げます』って」

「まったくねえ。学院で何を学んだのやら」

「君と生きる為に必要なことですけど?」

――近い未来、彼らは親になる。竜化青年は、じつに良い父になった。



小町魔王の宿へ、馬車が来た。竜化青年は、仕事で留守だ。

「お姉さま、お返事書くのもどかしくて、来ちゃいました」

「あら、顔を見せてくれて嬉しいわ」

「ご主人は留守なのね」

「昼頃には戻るから、会って上げて」

「ええ。どうですか、母になる気持ちは」

「まだ実感無いのよ。あなたのお孫さんはどう?」

「目に入れたら痛いですけど、ほんと可愛いものね。

 息子達の時と違って、育てて導くのは私ではないでしょ?

 息子達も可愛かったはずだけど、必死で気づけなかったから」

「子育て済ませて、孫の育児も手伝ってるんだものね。色々教えてね、先輩」

「任せて下さい。人手が足りなければ、仰ってね」

「それは無理」

「?」

「あなたに頼んだら、お供を何人連れてくるか分からなくて怖いわよ」

「私だって、分別はありますよ。ご先祖様スケルトンが1000体くらい

 いる村なんだから、30人くらいなら連れてきても目立たないでしょ」

「基準おかしいから」

――昼に戻ってきた竜化青年と話すと、鉄棍女王は墓地へ向かった。

  そして、自分の力では封印を解除出来ないことを知った。



賢者の洞穴の、奥の部屋で、終末少年が泣いていた。

「賢者さんが居なくなるなんて、僕は知らなかった」

「お前が悲しむから、言えなかったんだよ」

「私とこの人が、あなたを全てから守ります」

「姉様と兄様が、賢者さんと暮らせなくなったのは、僕のせいなのに?」

「それは違うぞ」

「そう。お父様がいないのは、お父様のせいなのよ」

「?」

「お父様は、やりたくない事はしないの。

 あなたのために禁呪を使いたいというのは、お父様のワガママなのよ」

「姉様は優しいから……」

「お父様も、同じこと言うわよ?

 ゆっくり大人になりなさい。そして、あなたが神の力を得たら、

 この村でお父様の代わりをすればいいじゃない。

 神族の力だって、なかなかのものよ?」

「そうだ。それには、筋肉つけなきゃな」

――終末少年は、素直に鍛錬に励んだ。女神は苦笑して2人を見守った。




賢者は王都のダンジョン最下層で、全てを見ていた。

娘夫婦が暮らしたので覚悟はしていたが、かつての自らの部屋が、娘の手によって少女趣味全開で改装されていた。


「まいったのう。これ、元に戻しても、最下層の下に階層を増やしても、

 娘に感づかれる。ワシを認識できなくても、ここにいる事は知られてしまう」


「婿殿はよくここで暮らせたのう。どれ、腰掛けるか。

 ふむ、家具の作り自体は上質なんじゃな。装飾過多なだけで」


「皆の様子を見てみたが、もう正直に認めよう。ワシは寂しい。

 ちょっと、格好つけすぎたかのう。

 まったくあいつらは、勝手にワシの中に住み着きおって」


「終末少年が大人になり神の力を獲れば、

 『誤認の禁呪』だけでは足りなくなるかもしれん。

 ここは静かだ。どれ、今から備えておこうかのう」

――今日も、賢者は忙しい。



部屋の戸がズバンと開いた。娘が仁王立ちしている。

「みいつけた♡ お父様なら、ここだと思ったの」


賢者は言葉が出ない。

「反対したのに。自己犠牲なんて、カッコつけ過ぎです」

「お前、認識できなくなっとるはずじゃろ」

「私の執着の前に、そんな物は障害になりません」

「ワシ、孤独な賢者としてだな、静かに研究に勤しもうかと」

「だって、一人ぼっちなんて寂しいじゃない!」

「ワシらの業界では、当たり前じゃぞ?」

「ダメですう。禁呪の影響は私しか無効化出来ないけど、

 お父様は私がいればいいよね?」

「親離れの予定を伺おうか」

「ありません」

「言い切った!」

「ねえ、お父様。孤独と孤立は違うの。孤立はダメです」

「むう」

「それにね。うちの人と喧嘩した時に、帰る場所って必要でしょ?」

「それが本音か! ワシ、ちょっと感動したのに。感動を返せ」

「私の前から消えるなんて、許しません。お父様はご存知でしょ。

 私の愛は、重いの。私からは離れられませんからね?」


ワシの望む静かな生活は、娘から奪い返す必要があるぞ。

やれやれ、どうしたものかの。幸い、時間だけはいくらでもある。

でも、ワシ知ってる、これは勝てない喧嘩って言うんじゃろ?



fin.

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