第26話 歌姫と最後の世代

終末少年をワシらの家族に迎え、あっと言う間の3年じゃった。

楽しい時が過ぎるのは、早いものだの。

各地を旅するのが好きな婿殿と、婿殿から離れたくないうちの娘が、終末少年のことを可愛がってのう。ワシとイルカも入れて、不思議な家族の時間だったぞ。

まさか、このワシが家庭を持って、一家団欒を味わう日が来るとはな。



その頃、王都では、書王が帰宅した現王妃と、夕食前の2人の時間を過ごしていた。

彼らが結婚してすぐ授かった、一人娘の育児が話題のようだ。


「あの子のこと、お義母様達に丸投げしちゃってないかな」

「『夜泣き? よく寝るわよこの子』なんてキョトンとされてますからね」

「私、母親失格だわ」

「いえ、王族は人手があるものですよ。私達だって乳母は居ました」

「お義母様達、楽しいって仰るけど、無理なさってない?」

「母達は、君にも言いたいことはズバズバ言います。大丈夫ですよ」


王妃は、母になったことと、住む家が王城になったこと以外、彼女の愛する生活に何の変化も無かった。今まで通り、学院に勤めている。結婚前に書王が用意した「契約書」は全て守られた。

母親失格と言いつつ、もちろん娘の育児の主体になっている。

仕事も育児も完璧にこなしたい彼女を、夫や前女王達が潰れないよう見守る状態だ。


「そういえば、領主の街へ国立図書館の分館を用意なさったでしょ」

「ええ、もう3年になります」

「評判いいわね。私は領主の娘でしょ? 幼い頃は、王都まで来ないと

 本を借りられなかったから、買って頂いていたの。

 あの頃図書館があれば、絶対喜んで通ったわ」

「君がそう言ってくれて誇らしいです。試験的に幾つかの領主の街で

 行いましたが、これから時間をかけて国中に分館を建てます」


書王と王妃は、こんな家庭を築いていた。



一方、夢想村長の長男(18)・次男(15)は、「お母様みたいな、歌い手になりたい」と、学院ではなくエルフの里で学ぶことを選んだ。彼らは祖母の情熱女房や、姉の火の君ほど苛烈な性格では無いが、精霊達に愛されている。


「お祖母様は、村にいた頃より若くなっていませんか?」

「歳は取ってるのよ? 食べ物やこの里の風土が良かったのかねえ」

「僕はね、次期長老さんがイケメンだからだと思うの」

「こんなお婆さんを、好き好き言うんだもの、困るわよねえ」


エルフの里は、ゆったりと静かな時間が流れている。



彼らの姉、火の君は学院で学び続けている。だが、彼女の夫は一箇所にじっとしている性分では無い。刀の君に連れられて、旅をしたり、『鉄棍会議』へ精霊魔法使いとして関わる等、以前より関わる世界が広がっている。


「あの色欲魔神に、殴り込みをかけた子が、大人になったなあ」

「もー。先生それ、面白がって皆に話すのよ?」

「ああ、オレも直接聞いた」

「入学した頃、危険人物だと思われたんだからっ」

「そりゃ、じゃじゃ馬どころか暴れ馬だからな」

「あらそう。私馬なの? なら、お夕食は人参にしなきゃ♡」

「悪かった」

「人参のスープに、人参のサラダに、人参のパンでしょ……」

「謝る。許してくれ」

「好き嫌いはいけません」

「その分、お前のこと好きだから、な?」

「人参の分まで愛されるより、あなたに健康でいて欲しいわ」


刀の君と火の君はこんな家庭を築いていた。



なあ、お前さん。お前さんは「運命」って好きかね?

ワシは、そんなもの粉砕したい性格じゃ。とはいえ、難問はあるよなあ。


終末少年はこの3年で、村の子と同じように成長し、思春期を迎えた。

「賢者さん、僕大人に成りたくありません」

「ほう、来たか思春期」

「茶化さないで下さい。だって、この村はこんなに美しくて、

 僕は村の人達のこと大好きなんですよ。

 なのに、大人に成れば、『選ぶ』ことを強制されます」

「ふむ」

「僕は、神であることを捨てて、この役割も捨てたいです」

「不可能と分かっていても、そう言いたくなるよな」

「大人に成らずに済む方法はありませんか?」

「お前の成長を止めると、歪みが大きく出るじゃろうな。

 それに、大人はいいもんじゃ。まあ、成ってみなさい」

「役割の強制があってでもですか?」

「それは、ワシが預かる。お前はワシの子であり孫でもある。

 ま、この爺に任せなさい。それより、お前の好きな子の話を聞こうか」

「いないです。みんな大好きですけど、そういうのはまだです」

「ほう。おーい、イルカ」

「はい賢者様。何をお調べしますか?」

「終末少年の想い人を頼む。どうせ小町魔王が把握しとる」

「行ってきまーす」

「賢者さん。本当に行っちゃいました!」

「命令したからな」

「小町魔王さん、こういう話、力加減おかしいですから!」


な、『母神』が、良かれと思って世界のために設定した役割がある以外は、普通の男の子じゃろ。この子をからかうのも、楽しくてな。

たまにイジり過ぎて、婿殿に叱られるんじゃ。それも、なんか嬉しくてな。

奴も、やっとワシに遠慮しなくなったからの。



さて、3人の子の手が離れた、この村の自慢の、夢想村長の話をしよう。


「エルフも親離れは早いですけど、うちの子達もあっという間でしたね」

「寂しい?」

「そうね。この前、産んだばかりみたいな気持ちですから

 膝が寂しいことはあります」

「4人目頑張る?」

「それは、その、授かったらでお願いします」

「『僕の一生をかけて、君に、君は素晴らしいって納得して貰う』って

 約束したからね。出来ることは全てするよ」

「ちょっ、あなた顔が近いです。真顔で何を仰るの?」


夢想村長は居住まいを正し、力のある瞳で、赤面している妻の瞳を見つる。

しばらく、そのまま黙った。

そして、口を開く。


「僕は老いる。あと数十年先は、君にとって一瞬でも

 その頃、僕はお爺さんだからね」

「それが自然なことよ」

「君が望んだ時に、『無理』なのは嫌なんだ」


扇情エルフは、夫の隣に座り直し、彼にもたれかかった。

耳元で囁く。

「それでいいの。それがいいの」

「『あなたが居なくなったら』って、もう泣かないんだね」

「泣いたのはちょっとです」

「そういうことにしておこう」

「ちょっとです」

「分かりました」

「私は、あなたが好きよ。私が誰よりあなたのことを理解し記憶します」

「母さんや、村の人達や、賢者の爺ちゃんと、よく僕のこと話してるもんね」

「出会う前のあなたのことも、あなたのご両親のことも、全て私が持って行きます」

「君の中に、住ませてくれるんだね」

「ええ。でも、お別れにはまだ時間があるでしょう?

 ゆっくり時間をかけて、色んな味わい方をしまょう」

「逞しくなったなあ」

「あなた好みになりまして?」


これが、「寿命の長さが異なりすぎて、死別が避けられない異種族婚」への、この夫婦の答えなんじゃ。腹をくくった扇情エルフは、開花した。

色香も凄みが増したぞ。枯れてるワシさえ、ドキッとさせられるほどでな。

村の男衆も気の毒に。


扇情エルフの開花に伴い、あることがあってな。

夫婦は話し合い、村長を辞した。


「黒服美形さん。3代の村長を補佐し、村の子へ教育を与えて下さった、

 あなたこそ、この村の村長に相応しいです」

「私は怪物です」

「なら、僕の妻も怪物ですよね。表出ますか? 

「いえ、奥様を巻き込むつもりは。謝罪します。

 ただ、不老不死の者が、村長として居座るなど、不自然です」

「たかがじゃないですか。この村の衆は、

 みんなあなたの教え子ですよ。これまでと何が変わりますか?」


黒服美形は、彼の功績を、教え子が認めてくれることが嬉しくてな。

村長を引き受けたんじゃ。


黒服美形村長就任の知らせはすぐに村へ伝わり、黒服美形は村の衆に囲まれ、歓声と共に祝福されてなあ。

小町魔王は「愛猫神官も喜ぶわ」と誇らしげだったの。

うちのイルカが、村の動物達から頼まれてな、「ご先祖様の時代から、わたしたちに優しくして下さった、黒服美形さんが、この村のおさになられたこと、本当に嬉しいです」と伝えたんじゃ。

黒服美形は、美しい顔を歪めて、嗚咽を洩らした。


人魚の肉を食べてから、この村へたどり着くまで流浪したこと、この村に受け入れられ多くの友を見送って来たことが、胸の中を駆け巡ったのじゃろうな。

『不老不死という呪い』が溶けて、ヤツは不老不死と共存できたのだろう。


黒服美形があんまり泣くからの、ご先祖様スケルトンが肩を抱いて慰めておった。



それでな、夫婦が村長を辞めたのは、こんな経緯があってな。

夫の通訳ではなく、精霊魔法使いとして『格』と『歌』を認められた、扇情エルフ自身が、水の上位精霊と話し合っておる。

夫は精霊語分からんから、妻が訳してやっている。


『水の上位精霊、使いの精霊をよこされましたが、どうされました』

『歌姫の歌が恋しくてな』

『ふふふ、冗談を仰るようになったの?』

『お前たち夫婦が面白いからな。夫の真似をしてみた』

『精霊に影響与えてしまっていいのかしら』

『構わんだろ。私がそうありたいのだ。じつはな――』


水の上位精霊の言うことは――

・妻を励まし続け、『開花』させたこと見事だ

・我ら上位精霊から、敬意と感謝を贈りたい

・我らを束ねる精霊王になってくれないか


ということでな。


妻が通訳をし、夫が水の上位精霊と話し合う。

「精霊王?」

「うむ。我らを束ね導いて欲しい」

「僕は、うちの奥さんを、あなたたちに

 稀代の『歌姫』と認めて貰えたことで十分だけど」

「それでは、我らの気が済まん。精霊界へ来ないか」

「待ってね。話を整理しよう。精霊王って、そっちに住むの?」

「そうだ。人間の肉体は滅び、お前は精霊になる」

「やだよ、奥さんと居られないじゃない」

「では、死後で構わん、来ないか」

「待ってね」


扇情エルフに、確認した。

「君はどうしたい?」

「私は、あなたが認められて嬉しいです。

 それに、あなたと死に別れる覚悟をしたけど、

 死後は精霊になって下さるなら、いつでも会えるじゃないですか」

「よし、訳してくれる?」

「ええ」


こうして彼らは、歌姫と精霊王に成ったんじゃ。


「ありがとう。妻だけじゃなくて、僕まで認めてくれるなんて」

「何を言う。我らは最初から、お前たち2人を認めていたぞ?」


水の精霊王は、こう言って精霊界へ帰って行ったんじゃ。


扇情エルフと、精霊王は、彼の人間の肉体が動く限り、世界を見て歩くことにした。精霊界に行ってしまえば、出来なくなることだからの。


「ねえ、僕の綺麗な歌姫さん」

「慣れたけど、くすぐったいです」

「村の仕事と、子どものことの他は、ただ君だけを見て生きて来たじゃない」

「そうね」

「旅に出ることは決めたけど、どこに行こうか、何も浮かばないんだ」

「私がビクビクしていた時、あなたが手を引いてくれた」

「そんな日もあったね」

「今度は、私が手を引いてもいいでしょ?」

「頼もしいなあ」

「火の君の恩師の方がね、『まんねり解消について』教えてくれるって

 お手紙下さったことがあるの」

「待って待って。それ、『色欲魔神』って呼ばれてる人だよね?」

「そうよ。同じ里の子が、学院で教授されるなんてねえ」

「ええとね、その人が言ってることは、君が思ってることと違う」

「『旦那さん喜ぶ』って書いてあったの。お料理のことじゃない?」

「あの人は、別のものがなの! お願い、王都は無しで」

「変な人ね。でも良いわ、じゃ、お隣の国を見に行きましょう」


隣国にもエルフの里はあるし、学院もある。『鉄棍会議』に携わる精霊魔法使いもおる。上位精霊達から、『歌姫』と『精霊王』と認められた2人は、彼らに歓迎されたぞ。


その道中でな。いつか話した港町に立ち寄り、遠洋で沈没し助かった者たちに、2人は大歓迎されたんじゃ。見せたかったのう。

でも、またそれは別のお話じゃ。

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