第25話 終末の到来と王達の結婚

今日は、気持ちのいい雨が、さやさやと降っておる。

ねぎらいたい心持ちになってのう、ワシは水の上位精霊へ『歌』を歌った。

「お疲れさん。いい雨だな。情緒がある」

「ただ降ってるだけだぞ? お前たちはいつも面白い」


火の君(夢想村長夫婦の長女)が、学院を襲おうとしてから4年が経った。


小雨の中を、ワシのところへやってくる男の子がおってな。

「こんにちは」

「おお、見かけない子だの。こんにちは。ワシに用事かな」

「はい。姉様に会いたくて。王都の教団だと、騒ぎになりますから」

「お前さん、神なのか?」

「僕は『眠りと終末の神』って呼ばれていますね」

「ふむ。終末少年というわけじゃな。

 ま、そこにかけなさい。今、お茶を用意しよう」


いつもの通り、イルカにお茶の用意を頼んだんじゃ。ついでに、この子の着替えも用意させた。神とはいえ、雨で濡れたままなんて、ワシは嫌じゃからのう。


武神の営業活動という名のモンスター討伐に、うちの娘も同行しておる。神がらみのことなら、娘夫婦がおらんとな。ワシは2人に事情を伝え、「転移」の魔法で呼び寄せた。


「待って待って、気持ちが追いつかない。

 美少年が上目遣いに『姉様』って言ってくるのは、悪くないですけど、

 この子、起きちゃいけない子でしょ?」

「姉様、初めまして。そうですね。僕は『終末』を担う者ですから」

「それにしちゃあ、ずいぶん、かわいい姿で降臨したな」

「『母様』がこう作られたのです。

 子どもとして現れ、僕が大人になった時に、終わりを行うか決められるように」


ざっくり言うと――

・この子は殺せないし封印も出来ない(眠らせることは出来る)

・終末とは、「世界の初期化」である。

 創世神話の四大上位精霊が世界を作り、「母神」が命と7柱の神を産み、

 この世界を去った状態への「初期化」だ

・死の苦しみ等は一切ない(終末は知覚出来ない)が、

 終末から逃れられる者は、精霊のみだ

 (精霊たちは初期化された世界の記憶も持つことが出来る)

・現時点では「幼体」なので神としての力は無い


ということでな。


「んー。それで、あなたどうして今なの?」

「暇だったので」

「え」

「ですから、姉様や兄様達が、楽しそうにしてるのが羨ましくて」

「来ちゃったのね」(こめかみを押さえながら)

「来ちゃいました」(いい笑顔で)

「姉によく似とるな」


ワシ、娘に超怒られたぞ。個人の見解だというのに。

娘は、末弟の扱いをどうするか、神々と連絡を取ったんじゃ。

神とはいえ、終末少年に聞かせるのは酷な話も出るじゃろう。イルカが終末少年を奥の部屋へ連れて行った。


主神   「寝かせろ」

豊穣神  「可愛い子ね。どうにかならないかしら?」

美の神  『神の思念の届かない所にいます』(謎のメッセージ音)

叡智の女神「賢者様にお任せしましょ」


というわけでな。

美の神、まだ半神の息子・娘達に追い込みかけられとるんじゃろうなあ。叡智の女神に見込まれるのは、賢者冥利に尽きるが、丸投げは良くないですぞ。


「で、お前たちはどうしたいんじゃ」

「私は、妻に任せます」

「婿殿は決定権無いんじゃな」

「はっはっは。妻の望みは私の望みです」

婿殿は、尻に敷かれることに慣れてしまったんじゃのう。


「うーん。この体になる前のことだから記憶はしてないけどさ、

 私は封印されてたじゃない? 一人ぼっちは、寂しいの分かるのよね。

 お父様、どうにかできない?」

「お前ら神族は、一族の問題をワシに丸投げする仕様なのか」

「お父様は、私に頼られるの好きなくせに」

「主神の意思は無視でいいのか」

「嫌なら力づくで介入してくるでしょ。迎え撃ちます。

 私達夫婦は神2柱ですもの、お手並み拝見しましょ♡」

「主神も気の毒にのう」


終末少年は大人になって、世界の初期化(終末)を行うか決めるわけじゃ。今は、見守るだけで問題なかろ。こうして、

あの子はすぐに村へ溶け込んだ。

村の子に混じって、黒服美形に習ったり、村の仕事を手伝ったり、ご先祖様スケルトン達のところへ行ったり、新生活を満喫しとる。



さて、王国の物語は、女王統治時代までしか話せておらんかったな。


女王統治時代の末期のこと。

2人の王子は、女王の退位の意向を伝えられ、話し合ったんじゃ。

武官王子(当時)は、「オレは乱世向きだろ。お前の下で、遊軍やらせてくれ」と、文官王子(当時)に言ったそうじゃ。


こうして、書王(文官王子)の治世が始まった。

武官王子は、刀の君と呼ばれておる。前女王と前王妃のやり方を踏襲し、積極的に『鉄棍会議』と連携するのが、書王のやり方じゃな。

周囲の「お世継ぎを」と言う声は、前女王が笑顔で鎮圧したぞ。おかげで奴らは焦る必要も無く、多くの縁談を断りおって今日に至るわけじゃ。


そんな2人にも、意中の女性がおってな。

聞いてくれるか?



学院生になって4年が経ち、18歳になった火の君は、待ち合わせ場所へ急いでいた。

緊張しているが、緊張させて貰えなかった。


「ね、ね、もうオトナでしょ? いいじゃない」

「先生、『大人』の響きが淫靡いんびでヤ」

「私とあなたの仲じゃない」

「親のかたきですけど」

「教え子と、綺麗な先生でしょ♡」


精霊魔法の教授が、今日も、この物語の限界に挑むけしからん衣装で、早足の火の君にまとわりついている。

享楽的な彼女は、美しい男も女も等しく愛する。


「私、急いでるの分かるでしょ」

「私は4年待ったわよ。蕾がこうして花開くのを待つの、素敵よね」

「先生って、残念美人って言われない?」

「しらなーい。だと思ってるから」

「聞きなれない言葉ね。専門用語?」

「ふふ、あなたにはまだ早かったかな」


火の君の歩みがますます早くなる。


「そもそも、私、女の人とそういうことできません」

「あら、先代の女王様たちみたいに、女同士の愛もあるでしょ」

「前女王様達は素敵よ。先生のハーレムと同列に扱うの失礼だわ」

「だって、綺麗で食べ頃なら、全部欲しいじゃない」

「ハーレムに帰れ」

「あなたが本命よ? 全員と別れても惜しくない」

「別れずに求愛してる時点で不誠実です。さよなら」

「もう! 頑固な子ね。後悔させないわよ? すっごくキモチイイんだから」

「……先生って」

「なあに♡」

「そこさえなければ、こんな素敵な人いないのにねえ」

「直します。改めます。――はい、今、生まれ変わりました!」

「別の人になれなんて言ってません。嘆いただけよ。

 私は先生と価値観違うの。はい、この話はおしまいです」

「もう。恋人と喧嘩したり、将来旦那さんが出来て喧嘩したりしたら、

 付け込ませてもら、じゃなくて、相談に乗りますからね? 遠慮せずに来るのよ」


待ち合わせ場所には刀の君(武官王子)が居た。


「よう、色欲魔神」

「あら、刀の君。やっぱり、私が欲しくなったの?」

「お前は、俺らのエルフに対する夢を壊すよな。

 あ、火の君、気にしなくていい。どうせ、こいつが着いてきたんだろ?」

「ごめんなさい。先生帰ってくれなくて」

「構わんよ。学院へ伺うのが筋だが、オレが目立って迷惑かけてもなあ。

 呼び出して済まなかった。

 というわけで、帰れよ色欲魔神」


精霊魔法の教授は、なまめかしく刀の君へ抱きついた。

「ねえ? あなた達の夢なんて、知らないわあ。

 考えてごらんなさいな。エルフの体ってね、人間で言えば

 若者の心身が、ほぼ永遠に続くのよ?

 淫らなことに耽溺して当たり前じゃない?」

「お前、夢魔サッキュバスと気が合うだろ」

「うん。友達にいるわよ。紹介しようか?」

「いらん。そして帰れ。いいから帰れよ。

 オレは、お前が口説いてる教え子に用があんの」

「まさか、私から奪うというの」

「お前、断られてただろ」

「そうとも言うわね」


刀の君は、精霊魔法の教授を振り払うと、火の君と向かい合った。

「なあ、火の君。親子ほど歳が離れてはいるけれど、オレを選んでくれないか?」

「?」

「妻になってくれ」

「火の君ちゃん、こんな男より私の方があなたを満足させられるわよ?」

「先生黙って。刀の君様は、私の父より1つ上ですよね」

「そうだな」

「尊敬していますけど、私が妻になると恥をかかせます」

「なぜだ」

「私は、お母様や先生みたいに、美人じゃないから」

「オレの一生をかけて、君に、君は美しい人だと納得して貰う」

「やだ……」

火の君は、吹き出すと、申し訳なさそうにしている。


「なぜ笑われるのだ」

「だって、父が母と約束したことと、すごく似ているんですもの。

 男の人って、口説くときには、みんなそう仰るの?」

「君の父上と被ったのか? 参ったな、格好つかないじゃないか」

「ううん。私ね。お母様にすごく憧れていたの」

「うむ。立派な方だな」

「私には、そんなこと言ってくれる人は現れないって信じてきました。

 だから、今、部屋に帰りたいくらい恥ずかしいけど、嬉しいの」

「火の君ちゃん、それ気の迷いよ!」

「先生、まだ居たの? 刀の君様、あっち行きましょう。お話の続きをしたいわ」

「ああ、2人の未来を話そう」


夢想村長夫婦の所に、ほどなく例の馬車が乗り付けられてな。刀の君が火の君を連れて、挨拶を済ませた。王家での挨拶では、前女王・王妃もハッキリした性格の火の君に、一目で惚れ込んだぞ。婚礼は、書王と相談して行うことになったんじゃ。



書王は、友人である先陣老年の娘の部屋で寛いでいた。


「君の母上のご結婚は、私の祖父と君の祖父が揃って、説得したと聞いています」

「変な家族でしょ」

「いえ、羨ましく思います……。私も母達を連れてきましょうか」

「およしなさいな、あなたのお祖父様が自由過ぎるの」

「君が学院生の頃から断られいますが、君の仕事も順調ですし

 そろそろ頃合いではないでしょうか」

「もー。王妃は無理よ。向いてないもの」


書王は、革鞄から丁寧に書類を取り出した。

「そこで、契約書を用意してみました」

「はい?」

「君を王妃に迎えたいのです」

「あなたは何を契約するつもりなの?」

「婚姻にあたり、君が今、大切にしている『生活』を壊さぬよう、

 出来る限り配慮するための契約です」

「断りすぎて、壊れちゃったの?」

「まあ、聞いて下さい」

「どうぞ、続けて」

「君は『仕事に満足しており、生活を変えたくない。

 王妃に向かない』と聞かせてくれました。

 学院で教授職を続けたいということですよね」

「うん。仕事超楽しいもの」

「王妃として同席していただく機会は出来るだけ減らします。

 この契約書に項目があります。ここです」(指で指し示す)


先陣老年の娘は、少し言いにくそうに――

「お世継ぎのこととかもあるでしょ?」

「私自体、養子ですから、養子も検討できます」

「待って。それは書かないで。

 ひ、1人くらいは、その、産みたい気持ちはあるの」

「では、そのことは、可能性の1つとして書き留めましょう」

「私の暮らしの変化を最小限にして下さるのは嬉しいけど、

 どうしてそこまでなさるの?」

「君と生きたいからです。私が好きになったのですから、当然でしょう」

「ふふ、契約書まで用意するなんて、お仕事みたいね。情緒が無いわ」

「家族にも言われます。口下手ですみません」

「違うの。これって、私達らしくて、すごくいい。一緒に頑張りましょう」

「頼りにしています、私の



こうして、書王と刀の君の結婚式が、盛大に開かれたんじゃ。

「ほら、任せておけば、素敵な子連れてくるじゃない」と、元女王は自慢げじゃな。

ワシの娘夫婦も王都へ見物へ行っての、終末少年もじゃからの、連れてって案内してやったんじゃ。


「姉様、人がたくさんいます」

「そうよ。なかなか結婚しなかった国王達がやっと結婚したからね」

「終末少年、そこの屋台は美味いんだ。ほら、熱いうちに食え」

「兄様、ありがとうございます。アツアツですね。いい香りです」



終末少年は村へ帰ってくると、見たこと聞いたこと、何が綺麗だった、何が美味かったと、じつに楽しそうに聞かせてくれてな。

ワシとイルカは、この子の目に何が映ったのかを、じっくり聞かせて貰ったんじゃ。



主神は娘夫婦に内緒で、「今は可愛く見えても、幼虫と同じだ。羽化すれば終わる。眠らせろ」と、ワシに言ってくるんじゃ。だが、こんなに嬉しそうにしている子から、どうして美しい物を取り上げることができよう。


ワシ言ってやったんじゃ。「」ってな。

以来、主神がまた悩んでおるが、それはまた別の話じゃ。

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