第24話 武神の営業と精霊魔法使い達
「弱肉強食なんだろ?」
『分かった。ワレはお前を信仰する』
武神(うちの婿殿)は、かつての自分と同じように力の有り余ったものの心当たりがあってな。各地で荒ぶっているモンスター達を倒しては、殺さずに自分の信者にして周った。ほれ、ヤツは武神の力を引き継いだが、教団は遥か昔に消滅しておるじゃろ? 教団を作ってはおらんが、モンスター退治の形が変化したんじゃの。
「あなたのやり方に口出ししたくないけど、モンスターを信者にするの?」
「あいつらも暇なんだよ。『我らは殺し喰らう存在だ』とか言いやがるから、『鍛錬して筋肉鍛えろ』って教えておいた」
「あなたのとこの教義なの?」
「まだ、教義(仮)だけどね。筋肉はいいぞ!!! 美容と健康にもいいから、王都で営業すっかな」
「よしてよ。うちの子を取られそう」
「戦う力が欲しい可愛い女の子とか、護身術習いたい子とか、来るかもしれないな」
「ふうん。で、ヤキモチ焼かせたいの?
「妬いて欲しかった」
「ちょっと可愛いけど、めんどくさいわねえ」
「そんな冷ややかな目で見るなよ。ますます惚れちまうだろ。君さ、人間として初めて神になった夫を、ちっとも褒めてくれないじゃないか」
「当たり前です。私の力を与えて、不老不死にしていた方が、『私のもの』『この人は私がいないと生きられない(女神の力的に)』って実感があるじゃない?」
「……オレが不老不死に耐えられなくて弱ってた頃、『赤ちゃんも欲しいし』って悩んでただろ。同じ神として同格になった今なら、出来やすくなったと思うし」
「わ、私にも気持ちの準備ってものがあるの!」(顔真っ赤)
「筋トレ」って言うんじゃろ、ワシ知ってる。たしかに、筋肉はいいよな。
そんなわけで、婿殿は神になろうと、娘の尻にしかれておる。もう定位置じゃな。
時の流れは早いな。婿殿が武神になって3年が過ぎた。
エルフの里で、とうとう情熱女房(67)が折れてな、精霊魔法の手ほどきをしてくれる次期長老エルフと結婚した。今日は、扇情エルフも、体型に合せて仕立ててもらった、伝統衣装・改を身に着けておる。
もう、自信のなさは感じられないな。そろそろ、「蕾」が咲く頃かのう?
溺愛領主 「母さん2度目の結婚おめでとう! 私の分まで幸せになってね」
夢想村長 「まさか母の花嫁姿を見るとはね」
扇情エルフ「ほらお義父様? 私達に萎縮なさらないで。ね、笑って?」
思春期に入った夢想村長の長女は、次期長老エルフのごく普通なエルフとしての美貌にぽかーんとしておる。「お祖母様凄いわ」という気持ちと、「私は美人じゃないから、誰も好きになってくれないんだろうな」という気持ちで、心がざわざわしておる。
弟達は、退屈して、里のエルフ達に遊んでもらっておる。
夢想村長は、新婦の母(情熱女房)に尋ねた。
「母さんは、『死に支度をする』云々言ってなかった?」
「そうなんだけどね、この人、熱心でね。お婆ちゃんだからって断っても、
そのままでいいって言われて」
「うん」
「よく考えたら、『この歳で恥ずかしい』以外に、断る理由無いでしょ?」
「そりゃそうだ。で、お義父さんは、本当にうちの母でいいんですか?
この人、苛烈な人ですよ」
「もちろんです。あなたの言う苛烈さも、妻の老いも、私は美しいと感じます。
私達エルフは、老いに対して無知です。
私達の感覚では、人間は一瞬で成熟します。
そして妻の生きる晩年は、その成熟の収穫期なんです。
そこに家族として夫として関わらせて貰える喜びは、
どうお伝えしていいか分からないほどです」
次期長老は満面の笑みで、愛おしそうに、晴れ着姿の妻を抱き寄せた。
「不満はあります。妻は私を小僧扱いして、なかなか夫として見てくれないのです」
「だってあなた、息子と同世代に見えるのよ? いくら実年齢が私より上でもねえ」
夢想村長の長女は、末の弟がエルフから聞いてきたある話と、次期長老の「家族として夫として関わらせて貰える」という言葉が胸に突き刺さり、ずっと黙っていた。この子に火がついたことを、お祝いに気を取られた大人達は気づけなかったんじゃ。
祖母の婚礼を終えて村に戻ってきたはずが、夢想村長の長女はイルカの背に掴まって飛ばしていた。目指すは王都だ。
「叱られます。戻りましょうよ」
「イルカさんは怒られないわ」
「そういう問題ではありません! あなたが暴力を振るえば、皆が悲しみます」
「それでも、私は怒ったの。お母様は、私の自慢よ。
私の持ってないものを全て持ってる、美しい人だわ。
なのに、エルフの里でいじめられてたなんて」
「そのことは、あなたのお父様が解決しています」
「そんなの知らない。叩きのめしてあげる!」
彼女は炎の精霊と相性が良く、もう上位精霊を呼び出す力は備えている。炎の上位精霊が引き受ければ、破壊は思うがままだ。いくら「火事の無い世界」とはいえ。
夢想村長の長女は殴り込むつもりだったが、学院で「精霊魔法の教授に会いたい」と伝えると、あっさり、教授の部屋へ案内された。
イルカは、教授の指示で、客室で待たされている。
里の伝統的な装束姿の、美しいエルフが出迎えた。
「あらあら、小さなお客様。心の精霊が乱れているわね。
まるでいますぐ炎の上位精霊でも呼び出しそうなくらいに、煮えたぎってる」
「……室内なら、呼ばないと思った?」
「あなたなら、どこでも呼び出せるでしょ?
別に、自慢の玩具を取り上げるつもりはありません。
外でもいいけど、あなた困るわよ? 多感な時期だもの」
「意味分からない」
「分からないでしょ、だから話しましょう」
「話すことなんかない」
「あなたの来訪の意図は知っています。扇情エルフさんの娘でしょ?」
「汚らわしいあなたの口で、お母様の名を呼ぶな!」
「あら、潔癖ね。すごく可愛い、あなた好みよ」
夢想村長の長女は、ゾッとして、炎の上位精霊へ『歌』を歌った。炎の上位精霊は、部屋の中で窮屈そうに姿を表した。
「あの人を焼いて」
『幼い歌い手よ。お前は、相手の力を見誤っているぞ。アレは、お前の格上だ』
「でしょう。本当に可愛いわあ。いきなり切り札を切るなんて、ねぇ?」
精霊魔法の教授は、心の精霊へ涼やかな声で歌いかける。
「可愛いお客様に、私のとっておきを見せて差し上げて?」
『まだ子どもではないか。確認だが、人の倫理的に大丈夫なのか?』
「さあどうかしら? 私、そんなの知らなーい」
心の精霊は、夢想村長の長女へ、とっておきの官能の感覚を、滝のように洪水のように、一気に注ぎ込んだ。
夢想村長の長女は、強烈な不快感や嫌悪感で、歌い続けられない。気持ち悪さにうめき、じきに、心が耐えきれず失神した。
「まったく。攻撃しか考えてないからそうなるの」
ベッドに横たえられていた夢想村長の長女に、意識が戻った。
「まだ動かない方がいいわよ。あなたの心の精霊、すごく混乱してるもの」
「あ、あんなの、卑怯よ」
「お子様には、まだ早いわよねー」
「あなたが、すごく淫らなことは分かった」
「からかい過ぎちゃったかな。ごめんなさい。さ、話をしましょう」
「話せば」
「どうしてこんなことしたの?」
「私と違って、美しいお母様のことを、
あなた達が『牛』っていじめたって知ったから。許せないの」
「許さなくていいわよ。あなたのお父様に、『謝罪の機会は与えない』って、
私達は言い渡されているもの。
私は、当時の自分を恥じて悔いているけれど、あなたに謝らないわ」
「……」
「それより、『私と違って』ってどういうこと?」
「私は、あなたやお母様みたいに、綺麗じゃないから」
「思春期の女の子と、成熟した大人の女を比較しても、無意味じゃない?」
「そうじゃなくて、私は美人じゃないから」
「あらあら。
あなたのお母様は、あなたは綺麗だって言わない?
骸骨村の賢者様とか、他にも言ってくれる人いるでしょ」
「それは、みんなが優しいから、慰めてくれてるの」
「あなたの容貌は、本当に綺麗よ。
この地域の人間やエルフでは見かけない作りなだけで、
じきに、ゾッとするような色気が出ますよ。安心なさい」
「どうして嘘を言うの?」
「わかるまで、お家に帰してあげません。
ここの入学手続きを済ませておくから、
学んだり、恋をしたりしてごらんなさい? あなたも世界が狭すぎるの」
精霊魔法の教授から説明を受けたイルカは、しょんぼりと村へ帰って来おった。
夢想村長夫婦は、娘の不始末を謝罪しに学院へ向かった。
精霊魔法の教授は、詫びる夫婦へ気にするなと笑って伝えた。
「『自慢の母親を侮辱されたから殺してやる』って、飛び込んでくるなんて、あの子は面白い子だわ。あの子は伸びます。
どうか、安心して、私達に、この学院に預けて下さい。鍛えてみせます」
こうして、夢想村長の長女は学院生になった。
夢想村長夫婦の働きを、そういえばまだ話せておらんかったの。
以前、水難事故と火事を世界から一掃した話は、お聞かせしたな。
女王の治世の頃じゃ。
水の精霊は律儀でな、遠洋で沈没した船の乗員・乗客からねずみに至るまで、生き物全てを、溺れぬよう、体温が奪われないよう気をつけて、港まで送り届けたことがあった。
文官王子は助かった者達からの話を整理し、精霊魔法使いの説明を受け、夢想村長の話を聞きに村へ訪れたんじゃ。やはり、例の馬車で来たな。水難事故と火事を一掃した話を聞き、のけぞって驚いていたのう。
武官王子と話し合ってから、『鉄棍会議』へ話を持っていき、精霊魔法の有用性を共有したんじゃ。もっとも、魔法や神聖魔法の使い手のように、精霊魔法の使い手を育成するのは困難じゃ。『格』の有無は精霊が判断するからの。
夢想村長は村の仕事は、幼い頃から見ていて理解しておるじゃろ。妻と話し合って、土の精霊に「畑」とは何かを教え、「畑」の中にあっては困るもの、例えば石とか切り株とかじゃな、そうした物も教えた。
炎の精霊には「畑」を教え、何を育てているかも教え、害虫や雑草は何かを教えた。
土の精霊にしろ、炎の精霊にしろ、夢想夫婦のことを認め気に入っておるからな、何をして欲しいのか丁寧に伝えれば、畑の土壌を整えたり、雑草や害虫を対処するのを手伝ってくれた。
村の衆の負担がずいぶん減ってな。本を読む者が増えたぞ。
イルカは村の衆の頼みに応じて、どしどし本を出してやっておる。
女衆は「こまっちゃん、この前教えてくれた恋愛小説、泣いた! 聞いてー」と、小町魔王と小説の話で盛り上がるようになった。もちろん、男衆も色々読んでおるぞ。
この事例も、文官王子経由で『鉄棍会議』へ反映された。夢想村長夫婦のやり方を、その土地ごとに合せて調整するだけじゃからな。
そんな仕事の中でも、四大上位精霊と同時に話し合った件は、是非、知ってやって欲しいのう。もうこれは、最近の出来事になるな。
長「今日は、『津波・噴火・地震・土石流・嵐』について相談したくて、この場を設けました」
炎「先に言っておくが、それらを『無くせ』と言われても、我らは断るぞ」
長「無くすのは無理なんだ」
風「不可能ではない。しかし、あまりにも生じる歪みが大きすぎる」
長「精霊さん達にとっては『自然災害』という概念が無いことは分かります」
水「やっと理解してくれたか」
長「あはは。ご苦労おかけしています。では、『予告』は無理かな」
炎「予告?」
長「例えば『津波いくよー』とか、国王に精霊魔法使いが仕えているから、あの人に知らせてくれれば、僕らは対策することができる」
土「人間に伝える『程度』を定義してくれ。何が災害にあたる?」
長「目的は、人や動物が出来るだけ被害を受けないようにすることです」
「「「「ふむ」」」」
長「だから、傷つく人や動物を目安にできませんか」
炎「私達は『傷つけている』意識は無い。山はただ噴火するだけだ」
長「どの規模以上を僕らが知りたいかの目安をはっきりしろと」
「「「「たのむ」」」」
長「先ほどお伝えしたように、王に仕える精霊魔法使いがいます。
あの人と話し合って下さい。
最初は『全て』報告してくれて構いません。
報告を受けて、部下と一緒に整理し考えて、必要か不要かを決めます」
水「またお前は手間のかかることを。報告が集まりすぎても知らんぞ?」
長「人と精霊の感覚の違いを、お互いに理解するためですから」
土「たしかになあ。私達も、傷つけずに済むなら、嬉しい」
長「続ければ、そのうち、あなたたちも
『人間が知りたいのはこれくらいの規模から』と分かるようになるでしょう」
炎「お前は、本当に面倒なことを思いつくな」
長「そう言わずに、力を貸してよ。僕らは、あなた達と仲良く共存したいんだ」
「「「「それは私達も願うところだ。
世が荒れれば歌うたいも減ってしまう」」」」
王城で国王に仕えているエルフは、「あの日の仕返しかと思いました」と、やつれた顔で笑っておったな。律儀な精霊たちの報告件数が多すぎて、最初は倒れたらしい。
だが、彼らの働きのおかげで、『津波・噴火・地震・土石流・嵐』といった自然災害が起きる時には、予め避難するなど対応が取れるようになった。
うちの村の村長夫婦も、なかなかやるじゃろ。
今日も村には、良い歌が響いておる。
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