第23話 創世神話と無口なドワーフ

まだ、くろの喪が明けない頃のことじゃった。

夢想村長の長女が、ワシのところへ遊びに来ておった。いつもの椅子に腰掛け、足をブラブラさせておる。まだ足が地に届かんのだ。

あおや烈火が好んだ椅子を、この子も気に入って座っておるぞ。


「ねえ爺ちゃん、精霊魔法は魔力使わないよね」

「使わないな」

「魔法はどうして使うの」

「何者も頼ることが出来ないからだのう」

「神聖魔法はどうなんだろ?」

「神と信仰で繋がり力を授かる分だけ、魔力の消費は控えめじゃな」

「魔力って精神力でもあるんでしょ」

「そうだね」

「じゃあ、魔法って精霊魔法より疲れちゃうってこと?」

「お前は、歌い続けて疲れることはないかね」

「疲れるー。喉痛くなるよ」

「例えば『転移』の魔法と、風の精霊に運んで貰うことは、

 似たようなことができるな。

 炎や氷を呼び出すこともまた、やり方が異なるだけじゃ。

 だが、精霊魔法にしか出来ないこともあれば、魔法にしか出来ないこともある」

「そっか、魔力使わないから、精霊魔法だけで済む、とはいかないのね」

「ワシが魔法も精霊魔法も、両方極めたのは意味があるのだよ」

「爺ちゃんは、知識を増やすのが好きなのかなって」

趣味だと思われとった!!! じ、実益もあるんじゃぞ?


この子は、母の扇情エルフや小町魔王のように「分かりやすい美人」で無いことが、心の棘でな。じゃないと、両親に愛されないのではないかと怯える面があるんじゃ。

母や小町魔王が「あなたは、異国風の顔立ちなの。綺麗になるわよ」と事実を教えても、美人に言われても棘が痛むばかりじゃろ? 良いお姉ちゃんに疲れたり、容貌のことでくさくさした時は、ワシの所へ来て、魔法で遊ぶんじゃ。


「ほれ、この前の続きじゃ。頭の中の設計図は出来たかね?」

「紙に書いたりして、すごく考えちゃった。

 精霊魔法で精霊さんと相談し慣れているでしょ? 一人でやるの大変だったー」


夢想村長の長女は、ワシが与えた、「ダンジョンの種」を、ふにふにと揉みながら、魔力を込め、頭の中の設計図を流し込んでいく。


「お? 今回は、ダンジョンっぽいな」

「ふー、頭空っぽになっちゃった。魔法って、やっぱり疲れるよう」


ワシは机の上に、この子が作った小さなダンジョンを乗せた。未熟ではあるが、発想が面白い。

・強制的にLv1になる

・ダンジョンからは何も持ち帰れない(記憶のみ可)

・ダンジョン内で拾った物で、装備も食料も魔法も工夫する

・マッピングした地図を蓄積できない(入る度に変化するため)


「うむ、良いな。魔力は急に増やせないことを前回教えたが、活かしたか」

「うん。考えることなら、すぐ出来るもの」

「いつか、お前がワシのように、

 人が探索できる規模のダンジョンを作れるようになったら、

 これを作ってごらん。うちの娘婿殿や竜化青年あたりが、喜ぶぞ」

「ふふふ。ねえ爺ちゃん、私、また来てもいい?」

「当たり前じゃろ。ワシは性格の悪い爺さんだからな?

 我慢してまで、子どもに付き合ったりせんわ」

お、いい笑顔じゃ。

この子は、鏡でこの表情を見たことが無いんじゃろうな。



お前さんは、創世神話を知っておるかね?


『最初に歌があった。

 混沌は歌によって土水火風へ整えられ、

 四大上位精霊は、世界を作った。


 歌が届かない混沌は、世界へ1柱の女神として降り立った。

 名が失われ「母神」と呼ばれるこの女神は

 あらゆる命を生み出し、これらを導くようにと7柱の神を産んだ。

 「母神」は命と神を祝福し、この世界を去った』


ここに出てくる7柱の神は――

 ・主神

 ・女神(結婚と恋人の神・元邪神)

 ・豊穣神(女神)

 ・美の神(男神・零落中)

 ・叡智の女神

 ・武神(この世界を去った)

 ・眠りと終末の神


美の神は、英雄の器の女が好きでな、半神をあちこちで産ませた。気が多くてふらふらするじゃろ、半神の息子・娘らは面白くないよな? ボコられて、「打ち捨てられた神」と呼ばれておる。


武神は、戦乱の世が終わり、世の中が平和になると、「役目を終えた」と言ってな、「母神」同様、この世界を去ったんじゃ。


眠りと終末の神は、起こして活動させると終末をもたらす神だからな、眠り続けておる。7柱の内、主に活動しているのは4柱しか無いんじゃな。


創世神話の時代から、うちの娘の名前が出て来るのは、未だに慣れんな。

今は、夫が好き過ぎる妻の片手間に女神やっとるからな……。

その娘婿殿なんじゃが、平和な世の中で、敵がいないほど鍛えてしまい、娘に与えられた永遠の命に疲れておってな。悩むのは、苦しいよな。


今日は、黒服美形に相談しておる。

「不老不死を生きて、こんなに早く打ちのめされるとは思わなかったです」

「慣れるまで苦しいですね」

「慣れの問題なのでしょうか。私は、自分が弱いからだと思えて」

「私も弱いですよ。この村へたどり着くまで、逃亡生活でしたから」

「それは強さですよ。学院を頼らずに学識も身につけながら逃亡生活を送られたではありませんか」


黒服美形は言葉を選び、婿殿の目を見て伝えた。

「不老不死を生きるには、コツがあります。

 私達は『先が見えない、終わらない』ことを直視すると消耗します。

 『今日一日』でも『手近な目標』でも構いません。

 見る範囲を絞り、あえて『全部』は見ないようにしています」

「正面からぶつかると誰でも折れる、ということですか」

「そうです」


だが、うちの娘婿殿は、正面突破大好きな脳筋仕様じゃろ?

娘を太い腕で抱きしめて懇願しおった。

「なあに、私だけ見る覚悟ができたの?」

「見てるよ、超見てる。――なあ、はぐらかさないでくれよ」

「あなた、私に何を頼んだか理解されているの」

「精神世界に落として死ぬほど追い詰めてくれってこと?」

「私は重い女ですけど、夫をいじめ抜く趣味は無いの」

「プレイの話じゃないんだって。

 あのね、オレは君と対等でいたい。君に相応ふさわしい男でいたい」

「今のあなたで、良いって私が言ってるでしょ」

「オレが許せないんだよ。

 たかだか数十年不老不死で生きただけで、精神的にまいるなんて、軟弱だ」

「魂は誰でもやわらかいの。筋肉と同じようには鍛錬できないの」

「それでも頼む。――君に惚れ直して貰いたい」

「あなた、言い出したらきかないものね。

 に宣言したんですからね。

 今だって惚れてる私を、もっと惚れさせてご覧なさい」


娘は婿殿の額に唇をあて、力を注ぎ込んだ。婿殿は、ストンとその場へ崩れ落ちる。

精神世界へ飛ばされた婿殿は、死者で埋め尽くされた、巨大な螺旋階段を下へ下へと進んだ。亡骸に突き刺さった、大剣を引き抜いて担いでおる。


精神世界であるためか。そのため、婿殿は何かしらと出会っては大剣でぶん殴り、断ち切り、あるいは拳で粉砕しながら、先を目指した。底の底まで潜ると、気品のある長髪の男が、玉座に座っておった。長髪の男は体が透けておる。


「卑小な者よ。暴れて見せたまえ」


長髪の男に促され、婿殿は切りかかったが、半身でかわされ足払いを喰らう。大剣を投げ捨て、掴みかかろうとすれば、投げられる。床に叩きつけられ、そのまま両腕を封じられ、顔の形が変わるほど殴られる。顎を砕かれ、まとめてへし折られた歯を、なんとか吐き出す。


「こんなものか。やり直しだ、不死人」


長髪の男は、婿殿の超人的な回復力で、傷が癒えるのを待つと、また一方的な暴力を奮った。関節を決めたまま投げられ、手首と肘を一度に壊される。噛み付こうとすれば、前蹴りで前歯を根こそぎ折られる。足にしがみついて引き倒そうとすれば、頭を踏まれ、ぐしゃりと首を折られた。


何百回、長髪の男に負け、その度に回復したんじゃろう。

だが、少しずつ、婿殿は受ける傷は減ってきた。反撃もまだかわされるが、かするようにはなった。

そして、とうとう長髪の男を掴むことが出来た。膂力で無理矢理に投げる。叩きつけられた衝撃で、長髪の男の動きが一瞬止まる。その隙に短刀を引き抜き、背中から肝臓を狙って突き刺した。


「私を刺すか。気に入ったぞ、不死人」

「あんた、何の目的で?」

「伸び代が見えた」

「わからん。そもそもあんたは誰だ」

「私は、武神の抜け殻みたいなものかな」

「蛇かよ」

「私自身は、もうこの世界にはいないからな。似たようなものだ」

「抜け殻に勝っても、意味ねえだろ」

「いや、私はお前に力を与えるぞ? 励めよ、不死人」


長髪の男が爆発するように強烈な光を発し、婿殿は精神世界から吹き飛ばされた。


「あなた、分かる?」

「そんなに揺さぶらないでくれ、目は覚めた」

「何があったの?

 私があなたに与えた恩恵も加護――それは不老不死とかも含めて何もかも!――

 全て断ち切られているわ。どうしよう、このままじゃあなたを死なせてしまう」

「精神世界で、『武神』を名乗る男にボコボコにされて、殴り返しただけだよ」

「武神は、もう世界を去っているのに?」

「抜け殻なんだとさ」

「何かされなかった?

 どうしよう、改めてあなたを不老不死にしようとしても、

 私の力が弾かれてしまうの」

「武神の抜け殻は、オレに力を与えるって言ってたな」

「……あら?」

娘は、婿殿の体をあちこち入念にチェックし始めた。「すんすん」と、においまでかいどるぞ。娘の野生が強まっとる。


「あなた神族になってる。何これ? 私、すごーくすごーく心配したのよ?」

「力を与えるって、オレを2代目武神にするって意味なのかな」

「ふうん。いずれにせよ、私の愛を受け入れない体ってことよね?」

「待て待て待て、その鈍器のような物をおろせ! 痛いから、危ないから!」

「あらあ? いいじゃない。死んで生き返らせれば、元通りですもん」

娘は鈍器のようなものを、こう、ぐしゃっとだな……。おおう。

はてさて、婿殿の体は、どうなっておるんじゃろうな。



そうじゃった。まだ、溺愛領主の10年間を話しておらんかったな。先日、話せなかった分を、話すとしよう。

先陣領主の元で学び、領主になった。慣れない仕事に、心に秘めた想いの苦しさが重なり、精神的に張り詰める頃になると、決まって骸骨村から職人ドワーフがやってきてな。身の回りの道具を調整してくれるんじゃ。


職人ドワーフは対価を受け取らんかった。定期的に通っては面倒を見てくれる。溺愛領主は期待させても悪いと思い、「私が好きなの?」と尋ねたことがあった。

「お前さんは、弟以外の男をどう思うね」

「答えたくないわ」

「答えたくない質問をできる程度には、お前さんを理解しておる。ただそれだけだ」


職人ドワーフは無口な男でな。溺愛領主は、彼が道具を修繕している横で、愚痴を言う機会が増えた。そして、それはとても心地が良い時間だったんじゃ。


「義妹は良い子なんだけど、嫉妬しちゃうから、側に行けないのよね」

「学院で、学んだり恋したり出来ない青春を過ごしたこと、悔しいの」

「何で実の弟なんだろう。良い男は他にもいるのにね? 生理的に無理で」


職人ドワーフは、何も言わない。ただ聴いていた。溺愛領主が助言を求めていないことは、分かっていたからのう。そんな日々が、この10年の間に度々あったんじゃ。


最近、10年欠かさず通ってくれた職人ドワーフへ、溺愛領主は改めて訊ねた。

「ねえ、昔も訊いたけど、あなたは私が好きなの?」

「お前さんの、歪な部分も、想いに殉じて、黙って沈んで行こうと、

 既に晩年を生きている生き方も、気に入っている」

「褒められたのかな? ねえ、それって、私を抱きたいって気持ちとは違うの?」

「お前を抱いてどうするね。私達は人とドワーフだぞ? 添い寝でもするのか?」

「そうよねえ」

「そもそも、お前さんが寝たい男とは、寝るわけにいかんのだろ」

「いじわるね。悪い? 想ってるだけで、私、何もしてないわよ」

「想うのは自由だ。行動に移していないことを、ワシは尊敬する」

「何が自由よ。弟に知られたら、気持ち悪がられる」

「だから、秘めてきたのだろ?」


「何で、私は、こうなんだろう。気がついたらこうだったの。

 いくら考えても、どこで人生を誤ったのか分からないの」


「お前は、弟に惹かれるように出来ているのだろ?

 考えても分からんことはある。

 だが、今のお前を変えることは難しく、

 そっと現状を保つのが精一杯なのだろ?」


「そうね。『良い領主』『良い姉』『良い娘』『良い義姉』

 『良い伯母』じゃないから、資格は無いかもしれないけど、そう振る舞うの。

 私は私の想いと添い遂げるつもり。だって他の生き方出来ないんだもの」


「私はドワーフだ。岩と鉄で鍛えられたのは肉体だけではない。

 私達は、審美眼にも自負を持っている。

 お前の想いと現実の折り合いの付け方は、じつに美しい」


「私自身でさえ認められない、私の人生を、どうしてそこまで認めてくれるの?」

「お前は伴侶を必要とはしていない。

 お前がお前の気持ちと添い遂げるなら、私はそれを励まし見守ろう」

「してもらうばかりで、何も返してあげられない私なのに?」

「お前は美を持っている。私はその美を愛でる。ただそれだけのことだ」



夫ではない。友達とも恋人とも少し違う。溺愛領主が自らの想いに押しつぶされずに、仕事に没頭出来たのは、種族も性別も異なる1人の理解者のおかげじゃった。

そのことは誰も知らない。職人ドワーフは、それで満足だ。今日もふらりと、ご先祖様スケルトンの長屋から、領主の館へ「道具の修繕」に訪れるんじゃ。


道具を直している時に、ちょっとした雑談があったとしても、誰も気にせんよな?

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