第6章 蕾の歌姫と、2人の答え

第22話 直接確かめてもいいですか?

10年過ぎた。振り返れば一瞬で、まるでのことのように思えるものでな。何から話そうかのう。そうじゃな――


溺愛領主(夢想村長の姉)は、とある理由で仕事に没頭してな、良い領主になったぞ。趣味はだそうじゃ。うむ、ビョーキが悪化しとる。

とはいえ彼女が暴発せずに、弟を異性として好きな気持ちを抱えたまま、社会生活を送れたのは、支え手に恵まれたからでの。この事は、日を改めて話そうな。



溺愛領主が一人前になり、前領主の先陣老年(思春期少年)は隠居出来た。妻と2人で王都に家を構えたぞ。学院生向けの塾を、夫婦で開いた。評判は上々じゃ。

学びの手助けを行い、領主としての経験を活かして「学んだことと実際の問題」の例等も、学院生に乞われれば話してやっているな。

先陣老年夫婦の娘は、学院を卒業し、学院へ残って教授の手伝いをしてきた。

先日、能力を認められ、最近正式に教授として働き始めたのう。


実家に遊びに来た娘は、両親へこんなことを言う。

「お父様、最近、私のこと諦めたよね?」

「ん? 君が幸せそうに仕事してるの見てるとね、

 例えば結婚とか孫とか言う気になれないんだよ。こんなにキラキラされちゃねぇ」

「そうね。あなたは、生きたいように生きられるだけの力を身につけたでしょ?」

「私にべったりだったお父様が、物分りが良くなるってことは、もしかして」

「待ちなさい。何で君たち母娘は、2人でげっそりするんだい?」

「お父様は、王都での生活を第2の新婚生活だと思ってるよね?」

「そうだよ」

「『そうだよ』じゃありません!! お歳を考えて下さい!!」

「お母様ごめんね、そっち行っちゃったかあ」

「そろそろ老い支度を考える歳だって言うのにこの人は」

「お察しします」

「どうして、こういう空気になるのかな? 2人とも愛しているよ」

「「その愛が重いの!!!!!!!」」


隠居した先陣老年は、妻と娘のことになるとポンコツになるんじゃ。普段は、出来る男なんだぞ、一応。いや、本当に、な?

ま、塾の生徒達は、このポンコツ具合を知らんし。

知らないほうがいいことって、あるよな?



女王は退位し、「ひまー」って言っておるぞ。まだ若いしな。こいつ、また主神を悩ませたりするんじゃろうか。

前王妃は図書館長の補佐をしておる。図書館長にしてみれば、自分が仕えたい人物が部下にいるわけで、緊張してはおる。でもな、前王妃の人柄はふんわかしとるじゃろ? 王立図書館全体が、ふんわかした空気をまとったぞ。

――新たな国王の物語は、また日を改めて語ることにしよう。

(ちなみに、あいつら、モテるんだが、縁談は断り続けておるな)



うちの娘は、小町魔王の宿屋で、夫のことを相談しておった。

「……というわけでね、その」

こと、言わなくていいですよ、女神様」

「だって、説明しないと、知恵借りられないじゃない」

「ご主人の体のことでしょ?

 女神様の、その様子を見てれば、だいたい分かるわよ」

「ほんと?」

「ええ。神官として、村の女衆から相談されますもの」

「そうなんだね。男の人って、繊細なとこあるのね」

「その件は、ご主人すごく気にしてるはずだから、

 女神様の力でどうにかしようって思っちゃだめですよ。

 悩みすぎたことが関係してるはずだから、まずはそこを解きほぐしましょ」

「やってみます。いつかは、赤ちゃん欲しいもの」

「うちも一緒よ。私達、規格外の体でしょ。

 妊娠しにくさはエルフの比じゃないですもの」

「ねえ。それにしても、私達ってあべこべじゃない?」

「ふふ。信仰の対象から、個人的な相談をされる神官なんて、

 私くらいかもしれませんね。でも、女神と神官というよりは、

 これは不老不死という規格外の体を持つ者同士の、友達としての会話でしょ?」

うちの娘は、小町魔王の言葉を、嬉しそうに聴いておったな。



夢想村長夫婦は、この10年で、新たに男の子2人を授かり、長女を含めて3人の子の親になったぞ。

「エルフって子宝に恵まれにくいんだよね? 扇情エルフちゃんち凄いよね。ご利益があるんじゃないか?」と、そろそろ村の衆が拝みかねない勢いでな。扇情エルフが真っ赤になるので、やめてやってくれと、夢想村長が村人に頼み込んでおる。

「お願い、妻を拝まないで!」とな。


この夫婦は精霊魔法を使って、村の暮らしを良くしてくれているのだが、その話はまた日を改めよう。


長女は、異国風の容貌をしておる。まだ11かそこらじゃろ? 確かに父にも母にも似てはおらんが、蕾のように可愛らしい子じゃぞ。

とはいえ、エルフやハーフエルフは、なところがあるじゃろ? この子は、この辺りでは見かけない顔立ちでは、あるよな。

「お母様に似たかったな。私、ハーフエルフなのに、ちっとも綺麗じゃない」

「誰がそんなこと言うの?」

「みんな気を使ってし、鏡を見れば分かるもん」

「ゆっくり大人になりなさい。あなたは綺麗よ」

「むー。私は小町魔王さんとかお母様みたいに、誰が見ても美人なのがいいの」

気の弱かった扇情エルフは、村の仕事や子育てを通して、少しずつ少しずつ、自信を取り戻しておるな。夢想村長は、そんな妻を嬉しそうに見守っておる。


長女は炎の精霊、長男は水の精霊、末っ子の次男は土の精霊が好きでな。

まだ幼児の末っ子は、馬車や荷車が好きでなあ。土の精霊に『歌』で伝えて、小さな馬車や荷車を作って貰うのが、最近のお気に入りなんじゃ。

何故かそこに、うちのイルカも混ざっておる。

――イルカ「私は、乗り物枠なんでしょうか」


扇情エルフを傷つけ、エルフの里を出るきっかけを作ったエルフの若者達は、何が問題だったのか理解した。夢想村長との約束を守り、扇情エルフの前に現れないように気をつけている。5人の内、1人は里へ戻り、長老の補佐をしておるんじゃが、扇情エルフ達が里帰りする日には、「用事」で留守にしておる。

扇情エルフは、「もう、気にしていないから、こんなことしなくていいのに」と言っておるが、夢想村長は「約束を守る姿、僕は好きだよ?」とのことでな。


それでな。隠居した前村長(情熱女房・夢想村長の母)は、夫の死を乗り越えると、エルフの里へ移住したぞ。残りの人生を使って、扇情エルフが聴かせてくれた『歌』を学びたいんじゃと。


【回想シーン「情熱女房から扇情エルフへの言葉」】

『息子と娘は、「母さんらしい」と分かってくれるでしょう。

 可愛い孫達3人は、会えば別れが辛いです。


 エルフの里と文化の異なる人間の村で、村長の妻をし、

 子を産み育てることは、大変でしょう。私も、こういう性格だし。


 扇情エルフちゃん。あなたは私にとって、

 おとぎ話から抜け出してきたような存在なのですよ。


 それなのに、自分の実の娘よりも近く感じられるし、

 一緒に働いた仲間で、年の離れた友達のようでもあるの。


 泣かないで、優しい子。

 あなたの献身がなければ、私は夫の死を乗り越えられませんでした。

 本当にありがとう。


 私達、母親は自分のことを後回しにしがちね。あなたは特に我慢しすぎます。

 もっとワガママを言って、夫を困らせていいのよ。

 たくさん甘えなさい。

 そして、本当にやりたいことに時間を使いなさい。


 今日、あなたは幸せ? そう、良かった。明日も明後日も、幸せでいるのですよ』

【回想シーン、ここまで】


情熱女房は、義理の娘である扇情エルフにだけ、別れの挨拶をしたんじゃ。扇情エルフは泣いてなあ。泣きながらも、遠く離れたエルフの里で義母が困らんよう、祖母(長老)と話をつけてやった。この2人は組み合わせが良かったんじゃろうが、別れが辛いくらい、扇情エルフは義母と「家族」になれたんじゃな。


さて。情熱女房にとってのこの10年は――

・夫の死を乗り越えた

・エルフの里へ移住した

・精霊魔法の『歌』の手引を受けた(既に『格』は精霊に認められている)

・エルフの里で数年暮らした


こんな感じじゃな。これから話すことは、「今」起きていることなんじゃが、触れないわけにはいかんし、さりとて、ワシは話すの抵抗ある。

お前さんたちは、呆れずに聞いてくれるかの?


60半ばの情熱女房が、エルフの里の次期長老(現・補佐)に求婚されておる。

「年寄りをからかうものじゃありません」

「いえ、私は、あなたの不思議な『歌』と激しい『格』に圧倒されました」

「あのねえ。村長をしながら子育てをし、夫を看取り、今は死に支度をしています。

 晩年を生きる私に恋愛は不要なものです。若い人となさいな」

「年齢的にはあなたは年下だが」

「そういうことではありません!!」

「ご子息の、夢想村長殿に、

 『世界が狭い』と王都の学院へ強引に入れて頂いたことがあります。

 本当にその通りで、私達は多様な価値観を理解していませんでした」

「そうですよ。あんな良い子で綺麗な扇情エルフちゃんをいじめるなんて」

「恥じて悔いております。ですが、今は分かるのです、あなたは美しい」

「極端すぎきます!!」

そう言い捨てると、情熱女房は長老のところへ避難したぞ。

伝統的な美形エルフの青年に、「あなたの骨を拾わせてくれ」ってプロポーズされても、複雑なんじゃろ?



さて。気は進まんが、18歳になったくろのことを、語る時が来たのう。

神官犬として、村の生き物と村の衆の健康を見守ってきた子だからな、自分の寿命に気づくのも早かった。村の動物一匹一匹に言葉を遺し、挨拶をしたぞ。


「女の子や縄張りを巡って喧嘩するのは仕方ないけど、

 目を潰したり耳を食いちぎったりするのはやりすぎです。

 神聖魔法は万能じゃないからね。

 痛いとか辛い時には我慢しないで、小町魔王さんにお願いしなさい。

 言葉が通じなくて不安な時は、イルカさんに付き添いと通訳を頼むこと。

 それと、これはお願いです。

 もし助けを求められないくらい幼い子を見かけたら、

 小町魔王さんが保護してくれるから、見捨てずに教えてあげて」

例えば、血の気の多い村のボス猫は、こんな風に言われておった。あの子らにとっては、大切な「くろ先生」じゃろ。ボス猫は生涯この言葉に従った。


人間には言葉が通じないからな、頭を擦り付けたり、診察のついでに目を意識的に合わすように工夫しておった。


うちの娘は、「くろちゃんは永遠の命あげるの!」って暴れとるし、静養させて貰った恩を律儀に覚えている主神は「殿は、私が責任をもって星座にしよう」と息巻いておる。

くろは笑って『却下です。私は、土に帰ります』と、神にさえダメ出しをしおった。


小町魔王は「あなたは家族で、私達には娘も同然なのよ。本当に寂しい。こんなにお願いしても、神による寿命の延長は受け入れてくれないの?」と、くろを抱きしめてさめざめ泣いておる。

竜化青年も、妻とくろに気を使いつつも、いつもの覇気は無い。


イルカが、以下のくろの言葉を訳してやった。

(ワシは直接話せるようにしてやると言ったのだが、これが私らしいと断られてな)


『お姉ちゃんもお兄ちゃんも大好きです。

 お父さん(愛猫神官)を失って、生きるのを諦めそうだった私が、

 こんなに元気に一生を過ごせたのは、2人が家族になってくれたからだよ。

 私は、烈火おばあ様を尊敬しています。

 そして、烈火おばあ様が尊敬しているあおおじい様のことも大切に思っているの。

 あの方たちは、女神様の寿命の延長を断ったでしょ? 私も、そうありたいの』


くろはこうして、別れに言葉を尽くした。

母犬・烈火・愛猫神官との別れを乗り越えることから始めたこの子は、遺していく者たちの心残りを、出来るだけ作らないで済むように取り組んだんじゃ。


くろは女神と相談し、与えられた力をイルカに委ねることにした。小町魔王がいるとはいえ、まだ皆が寝ている時間に起き出して村を巡回するくろは居なくなる。動物の言葉が分かる癒やし手も必要だろうということでな。

イルカは「くろさんのような方が現れるまで、一時いっとき預かるだけですからね?」と言っておったなあ。

もう、くろは神聖魔法を使えない。

イルカが代わりに、くろが独学した分も含めてLv40の神官になった。魔法生命体の神官は、初めてなんじゃないかの?



いよいよ、時間が尽きた。

小町魔王夫婦・黒服美形・夢想村長夫婦と3人のハーフエルフ・溺愛領主(夢想村長の姉)・ワシとイルカ・ワシの娘夫婦・主神が、小町魔王の宿屋へ集まったんじゃ。もう、うちの娘も主神も、くろへ想いを押し付けることはやめた。ただ、見守っておる。


小町魔王に抱かれたくろは、『夢想村長さんちのお子さん達、大好きだから私は嬉しいけれど、私の旅の終わりを見せてショック与えたりしないかしら』って気にしてな。ワシが夢想村長に確認すると、「気にしないで、くろ。この子達はくろが大好きなんだよ。くろを失えばこの子達は傷つくだろう。それでいいんだよ。君が乗り越えたように、この子達も乗り越える。僕と妻が責任を持つから、安心して任せてよ」と、優しく語りかけておった。


『ねえ女神様。私、みんなに一杯褒めて貰えたから頑張れました。

 出来る限りの事はしました。

 ……お父さん、私のこと覚えていてくれるかな。

 まだ子犬だったのに、こんなお婆ちゃんになってるし。

 お父さんは私を褒めてくれるかしら』

「くろちゃん。そんなこと言うと、小町魔王に怒られますよ。

 愛猫神官があなたを忘れるはずないでしょ」

『ごめんなさい。そうだといいな』

「女神として宣言します。あなたは、死後、愛猫神官と再会出来ます」

「ああ、主神としても約束しよう。君らは再会できる」

『じゃあ、お父さんに直接、確かめられるのね。

 安心したら、なんだかすごく眠くなってきました。少し、眠ります』


――『お姉ちゃんが神聖魔法使うの見てて、私も少し出来るようになったの。

   私もお勉強できるかな? この村で、痛い思いする人も動物も減らしたいの』

こう、ワシに話しかけてきた日が、つい昨日のようでな。


くろは、まどろみながら、『みんな、大好きだよ』と最後の息で伝えると、愛猫神官のところへ胸を張って旅立って行った。くろを失って、ワシらは人と同じように葬儀を行い、この村の母のように働き続けてくれたあの子を思い、喪に服したんじゃ。


くろが別れに時間をかけてくれたおかげでな。泣いたり沈んでいる者もおるが、泣き笑いしながら、くろとの思い出を語り合う者も多かったぞ。

きっとくろは、そんな風に笑っていて欲しかったんじゃろうな。

自分の事で『痛い思い』をする人や動物を出したくなかったわけじゃから。

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