第19話 主神まで来た

くろの朝は早い。

小町魔王夫婦が暮らす宿屋を静かに抜け出すと、村の動物達の様子を見て回るんじゃ。村の衆が起きると、忙しくなるじゃろ?  もうすっかり大人になったくろに、ドキドキしているオス達はおるが、くろは「やあねえ」と、相手にせんのじゃ。


最近、貧相で陰鬱な男が村へ現れてな。ワシや村長らに挨拶すると、ご先祖様スケルトンの暮らす長屋へ住み着いた。

村長は「気味悪い人ね」と嫌そうにしとるが、「くろも他の動物達も、警戒していないよ。ただ静かな人なんだよ」と、夫は妻をなだめておる。

男は眠りが浅いのか、朝早くから村をぼーっと眺めていることが多くてな。

くろが村の巡回をする際に、貧相な男にも頭を擦り付けて挨拶しているんじゃ。


そんなある日、「雲の巣」経由で、着信があった。

ワシが若い頃、エルフの長老に精霊魔法の手ほどきを受けたのじゃが、彼女からの直送ツブヤキじゃな。彼女は師匠であり友でもある。

『森の妖精殿、どうしたね?』

『相談、いえ、これはお願いですね。お願いがあるのだけど、よろしいかしら』

『話を聞こう』


――エルフって、人間の体を基準に考えると華奢な体つきじゃろ? 「つるぺた」とか「ぺた属性」って言うんじゃ、ワシ知ってる。ワシの友人の孫娘は、仲間たちと体つきが違うらしいんじゃ。胸が大きく腰も張っとるから、エルフの若者達に「牛」といじめられてな、ふさぎ込んでしまったのじゃと。


『お前さんらが閉鎖的なのは知っとるが、そんなつまらんことするのか』

『まったくねえ。一族の愚かさをお聞かせして、私は恥ずかしいです。この機会に、外の世界を見せたいのですけれど、未熟な子でしょ。王都へ行かせても上手くやれないと思うの。あなたに預けてもよろしいかしら』

『構わんよ。ワシの「転移」の呪文で迎えた方がよいかね?』

『いえ、風の精霊に運ばせます。あなたの孫と思って、厳しくして下さいね』


長老の孫娘がおずおずとワシの部屋へ訪れた。ありゃ。これは、騒ぎになるぞ。

エルフ流の丁寧な挨拶をしようとするのを遮り、村の衆の目につかん内に、奥の部屋へ案内した。孫娘は「何か失礼があったのか」と不安げじゃが、「違うんですよ」とイルカが慰めておる。


ここらのエルフは、肌を見せる衣装を伝統的に着ておる。この子の祖母も似たようなの着ておった。じゃが、メリハリのありすぎる肢体で着用するとだな、あー、控えめに言って、状態でな。

ワシみたいに枯れた爺ならともかく、村の男衆にしてみれば、夢魔サッキュバスより効くじゃろ。な? 騒ぎになるじゃろ。


ワシは娘と小町魔王を呼び、扇情エルフ(長老孫娘)の事情を話し頼んだ。

「お2人にご面倒をかけて、ごめんなさい」

「謝らないの。お父様じゃできないし、小町魔王は似合う服を考えるの好きよ」

「そうですよ。扇情エルフさんの希望はあるかしら」

「動きやすくて、目立たなくて、あと私は太ってるから――」

「あなたは太ってないわよ。メリハリがあって、とっても綺麗よ」

「女神様、そんな優しく嘘を仰らないで」

「嘘じゃないんだってば」

「そうよ、目に毒で刺激的過ぎるくらい、あなたは美しいのよ?」


ま、「牛」っていじめられたわけじゃしな。自己評価ボロボロじゃろ。ただでさえ、若い子達は、容姿のことを気にするもんじゃろ。娘も小町魔王も、自分の容姿で悩んだ経験は無いからの、扇情エルフの切なさを理解しにくいのかもしれんな


扇情エルフは、何を着せても色気が出る。

「どれを着せても、似合うんだけどね……」

「何でここまで地味にして、そんなに色っぽいの!?」

結局、ゆったりしたローブが一番マシだということになった。

扇情エルフは、小町魔王と娘に見立ててもらったローブが動きやすいと喜んでおる。


職人ドワーフに加えて、扇情エルフも村へ訪れたことで、村長のところの夢想少年(弟)は「おとぎ話みたいだ!」と大喜びじゃ。弟命の溺愛少女(姉)の方は、ピリピリしておる。

扇情エルフは自信が無くてな、口癖は「ごめんなさい」なんじゃ。この子の傷が癒えるには、時間がかかるかもしれんのう。


村長や村の衆には事情を話してある。男衆は扇情エルフの隠しきれない色香にドキッとすることがあっても、普通に振る舞っておる。女衆は「エルフって初めて見たわ!」「本当に妖精みたいね」等と、扇情エルフの痛い所には触れんように可愛がっておるな。


村の暮らしに慣れた頃、扇情エルフはワシにこう質問したんじゃ。

「賢者様は精霊魔法も習得されていますよね」

「うむ」

「この村の土地は、土の精霊力が弱いのはお気づきですか」

「そうじゃな」

「皆さん良くして下さるから、私が『豊穣の歌』を歌ってもよろしいですか?」

「風と火と水の精霊の働きとも調和を取る必要があるじゃろ」

「ええ。今と少しだけ気候が変化します」

「扇情エルフよ。お前の優しい気持ちと、問題に気がついてくれたことは嬉しい。

 じゃが、気候の変化は、村の衆や生き物達にも影響が出るじゃろ」

「ええ。敏感な方なら気づかれるかも」

「お前が思うより大きな影響が出る。

 まずは、この村と精霊達の働きを観察しておあげ」

扇情エルフは、素直に精霊達のつむぐ歌に耳を傾けておった。



くろは定期的に休日を取ることをワシと約束している。村の衆や生き物達の為に、頑張りすぎてしまうのを理解しておる。……ていうか、理解させた。こいつ放っておくと、餌も食べずに働くじゃろ。小町魔王夫婦のところに帰って『あれ、体が動かないぞ?』などと、ぱったり倒れる始末でな。


愛猫神官の家は、空き家になっておる。じゃが、ヤツが暮らしていた頃の状態に保たれておるぞ。家の補修は職人ドワーフがしてくれる。掃除は村の衆が引き受けてくれた。動物達もヤツを忘れてはおらん。空き家であろうと、ネズミ一匹、住ませては貰えん。

くろは、休日になると、うちのイルカを連れて、ここで過ごすんじゃ。


烈火のこと。烈火が愛した祖父あおのこと。母犬のこと。愛猫神官のこと。

イルカが知っていることを、昔話を聞くように聞いておる。

『ここに来ると、お父さんや烈火おばあ様の匂いがして、優しい気持ちになるの』


気が済むと、くろは小町魔王夫婦の所へ駆けていき、甘えておる。

「今日は、くろお休みなんだね。どっか走りに行こうか? 君も行く?」

「まあ、私はくろちゃんのおまけなの?」

「僕はくろと遊びに行くけど、君の仕事の都合がつくなら、ご一緒しませんか?」

「もう、くろちゃん呆れた顔しないでよ。さ、あなた行きましょ」


竜化青年は「転移」の魔法で、妻とくろを連れて、色んな場所へ出かけとるぞ。今回は、くろの好きな広い草原へ向かったな。くろは目一杯、走っておる。



そうそう。去年各地に送り出された、女王の教え子たちは、それぞれの村でよくやっている。だが、女王が育成に関わり、王妃と女王が彼らの相談を引き受ける今の形では、国中の村へ彼らを行き渡らせるのは無理じゃな。



ある日のこと、くろは貧相で陰鬱な男にんじゃ。

『おじちゃん、私の言葉分かるよね?』

「……」

『私が話しかけるとうるさい?』

「……いや、どう答えようか考えていただけだ」

『困ったことがあるなら、

 賢者さんや女神様やうちのお姉ちゃんたちが、力になってくれるよ』

「ははは。それぞれが、どう力になってくれるかは分かる。

 だが、私はそれを望まない」

『おじちゃんは、放っておいて欲しいの?』

「ああ、そう願いたい」

『でも、みんなことは、

 気がついてるはずだよ』

「彼らなら、そうだろう」

『じゃ、こうしましょ。おじちゃんは静養が必要なです。

 みんなには、私がそう説明します』

「私が君の患者?」

『うん。そういうことにすれば、私に任せてくれる。そっとしておいてくれるよ』

「面白いことを言う子だ。ありがとう、女神の娘よ。

 君は私の主治医で、私は君の患者だ」


ワシは、くろに『というわけだから、みんなに伝えてね。休ませてあげたいから、お願いします』って言われてな。イルカが説明して周ったぞ。


『ね、みんな放っておいてくれるでしょ?』

「調整させて済まない」

『おじちゃんは、とても疲れて見えるけれど、事情を聞いてもいい?』

「君の女神のように、私も多くの子達を抱えている」

『おじちゃん、主神様でしょ?』

「どうして、そう考えたのかな」

『前にね、「豊穣神は話しやすいけど、主神は面倒くさい」って女神様が

 仰ってたから。女神様の言う面倒くさいって、真面目とか色んな意味があるの。

 おじちゃん、真面目ですごく考え込みそうだもの』

「君の女神とは、じっくり話し合う必要がありそうだ。

 女神の娘よ、君の考えた通りだよ。私が主神だ」

『それでおじちゃんは、何があって疲れてしまったの?』


――主神は、自らが主神だと明らかにしても態度の変わらないくろを見て、微笑むと、事情を話した。


・女王の信仰心が篤すぎる

・女王の期待も重い

・女王に感化された子達の信仰も重い


『うちの女神様は、ああいう性格だから気づかれしないけど、

 おじちゃんは、疲れちゃったんだね』

「神が疲れるなど、笑えもしない。ただただ、私は恥ずかしいのだ」

『例えば、女王様達に改宗させて、

 うちの女神様に引き取って欲しいわけではないのでしょ?』

「ああ。私は、女王も、私の信者達も愛している」

『でも、疲れちゃったんだね』

「うむ」

『神様が疲れたっていいじゃない。

 私だってお仕事頑張りすぎると疲れちゃうことあるよ。

 私は犬で、おじちゃんは神様だから、違いはあるけど、

 疲れたら休むのはきっと一緒よ』

「ありがとう、私の主治医よ。この村はじつに静かだ。

 悩んだが、静養先にこの村を選んで良かった」

『うん。神様だからここにいてもお仕事しちゃうんでしょうけど、

 ちゃんと休んでね』


貧相で陰鬱な男は、愛しげにくろを抱きしめたんじゃ。

主神だって、何かにすがりつきたくなる時はあるよな? もちろん、ワシは知らんことになっとるし、女王は主神がこの村に降臨したなど想像もしておらん。

教えると、「お疲れの時は運動しましょう」ってダンジョンに引きずって行きかねんからの、あの脳筋は。



さて。いつも弟と一緒にいたい溺愛少女は、珍しく小町魔王の所へ駆け込んでな。「姉ちゃんは扇情エルフさんを睨んで萎縮させるから、来ないで」って弟に言われたと、泣いておる。母親似で気の強い娘じゃが、可愛くて仕方がない弟に拒絶されたのは堪えたんじゃ。

小町魔王は、あれこれ言わず、溺愛少女を抱きしめて泣き止むのを待っておった。


精霊達の歌を聴きながら村を散策する扇情エルフの歩調にあわせ、姉を泣かしたことを知らない夢想少年はゆっくり隣を歩いておる。

「つまり爺ちゃんの魔法は魔力、

 小町魔王さん達の神聖魔法は信仰、

 精霊魔法は歌なんだね」

「はい。私は精霊魔法しか分からないですけれど、私達は精霊の歌を聴き、

 彼らの力を借りたい時は歌で伝えます。

 最も、精霊から見て私は相手にする『格』ではないと判断すれば、

 歌は届きません」

「そうすると、魔法や神聖魔法と比べると、ダンジョンとかで不利だね。

 発動に時間がかかり過ぎる」

「ええ。私たちは、剣や弓を使います。森で暮らすならそれで十分ですもの。

 誰かが上位精霊を召喚するなら、その人が歌うのを他の人が守ります」

「そうなんだね」

「でも、お祖母様のように冒険者として外の世界を経験する時は、

 他の種族に合わせる必要があるでしょ?」

「うん」

「そんな時は、装備や護符、人によっては入れ墨も使うのですけど、

 そこに予め『歌を貯めておく』工夫をします」

「爺ちゃんの指輪みたいなものだね」

「ええ、そうです。賢者様と旅をした時に、

 指輪を頂いて祖母はどう断ろうかハラハラしたそうですよ」

「爺ちゃんは装備品上げたつもりで」

「お祖母様は、人間のプロポーズかと思ったんですって」

扇情エルフは、小さな声で笑った。


「――ごめんなさい。私、たくさん話しすぎましたね」

「扇情エルフさん、また謝ってる。僕はお話し出来て嬉しいんだから、

 謝られたら悲しいよ。ね、この風はどんな歌を歌っているの?」


扇情エルフは、精霊魔法使いにしか聞こえない世界を、彼にも分かるように伝えようと、言葉を選んでおった。

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