第20話 夢想少年の歌は届きますか?

領主の娘が最年少で王都の学院へ入学した。

「さすが、先陣青年さんの御息女だ」と話題になったんじゃがな、あの家には娘のことになるとバカになるのが2人巣食っておるじゃろ。

娘は学院寮で暮らしておるから、寂しすぎて寝込みおった。

妻は夫と父のそんな様子を、「娘(孫娘)離れの練習なさいな」と笑って見ておる。



娘夫婦が里帰りしてきてな。

義父上ちちうえは、平和な世に飽きませんか?」

「なあになあに、あなたは私見てればいいじゃない」

「ごめんな。義父上と話をさせて欲しいんだ。君は席を外してくれるか」

「はあい。あとで埋め合わせしてもらいますからね♡」

「あの子の扱いに、だいぶ慣れたのう」

婿殿は苦笑し、胸の内を聞かせてくれた――


・戦乱が起きない世の中は好ましい

・ダンジョン探索も、各地のモンスター討伐も飽きた

・兵士達の鍛錬も、最近は興味が持てない

・竜化青年に「本気でオレを倒せ」と頼み、戦ったが、装備無しのハンデを付けても苦戦する程度で、負けることは無かった

・獲得した力を持て余している


「それは難問だの。婿殿が暴れたければ、戦乱を引き起こせばいい。

 だが、そうではないよな。

 『・獲得した力を持て余す

  ・強敵が居ない

  ・強くなってどうするのか?』という問題と、

 『永遠の命を生きる』ことの歪みも関係しておる」

「ええ。私の体は、戦士として一番良い状態で時が止まっていますから」


寂しそうに笑う婿殿に、娘が抱きつく。

「はい、難しいお話はおしまい。

 あなたの持て余した力の使い道が決まるまで、考える時間はいくらでもあるわあ。

 辛くなったら考えるの休めばいいの。

 だから言ったでしょ、



夢想少年は、扇情エルフと精霊魔法のことを研究したんじゃ。

長老の孫娘だけあって、扇情エルフは一流の精霊魔法使いの素質がある。精霊へ思いを伝える「歌」に限れば、もう長老を越えておる。だが、この子は気が弱い。

精霊達は、「歌」を通して呼びかけられても、「格」を認めなければ相手にせん。


「ねえ、扇情エルフさん。

 僕の思いを、君が「歌」に訳して精霊へ伝えることは出来ないかな?」


この発想が突破口になった。

精霊達は夢想少年の「夢みる力」の強さに興味を示し、この子の「格」を認めた。精霊魔法の使えない少年と、気の弱い精霊魔法使いは、2人で補い合い、一年かけて土水火風の四大上位精霊と話し合えるまでになった。

夢想少年は、四大上位精霊に「僕らがお願いするまで、この『歌い手』の里の若者達の呼びかけに応じないで下さい」と頼んだ。四大上位精霊は、彼の願いを受け入れた。


事態の大きさに、扇情エルフは不安がった。だが、「僕に任せて」と、夢想少年は姿を消した。小町魔王とうちの娘に、扇情エルフのことを頼んでな。



「叔父さんは手を出さないでね」

「オレはお前の足代わりだよ。

 可愛い甥っ子が、惚れた女のことで殴り込みかけるってんだから、

 『転移』の呪文くらい使わなきゃな」

「すぐ恋愛の話に繋げるのは、叔母様の影響?」


夢想少年は、叔父(村長の弟)の竜化青年とともに、エルフの里を訪れた。

ワシは何も頼まれておらんが、こっそり長老に連絡入れておいたんじゃ。

そんなわけで、夢想少年は長老の館へすぐ案内された。

ワシは、こうして見ておるし、腹が立てば空から特大隕石くらい降ることもあるよな? 長老は、このことも知っておる。


「若者たちや。客人は、私の孫娘がお世話になっている村からいらしたのですよ」

長老の館に集められた、5人の若者たちは不機嫌さを隠そうともせず、黙り込んでおる。


「自己紹介させて下さい。私は、あなたたちの精霊魔法を封印している者です。

 解除するには、私と扇情エルフさんが上位精霊達に頼む必要があります。

 そこにいる人間は、私の親族です。

 『転移』の魔法を使って貰うために力を借りました」


リーダー格の若者エルフが、夢想少年を睨みつける。

「その男は、竜の気配が強すぎる。

 私達から精霊魔法を取り上げ、その男とこの里で虐殺でもするのか」

「びびんなよ、エルフの兄ちゃん。オレは、何もしねえよ。

 気に食わなけりゃ、甥っ子を半殺しにしたって構わねえ。

 だがな、殺すほどやるなら、オレが暴れる理由になるよなあ?」

「叔父さん、挑発しないで。――今日は、皆さんにお話しがあって伺いました」


・扇情エルフへ2度と近づくな

・謝罪する機会は与えない

・彼女を嘲笑し続けるなら、この里を滅ぼす用意がある

・閉鎖的な里で『衰退』し、ゆるやかに滅びたければ好きにしろ

・あなたたちは世界が狭すぎる


「人間の少年。お前の話は不愉快だが、聞いた。

 疑問なんだが、なぜアレのために短い命を賭けるのだ?」

「今のあなたたちは、分からないと思います。

 彼女の美しさも、どれほど優れた精霊魔法使うたうたいであるかも」

「ああ、分からないな。私達の価値観では、長老様には申し訳ないが、アレは醜い」

「うん。だから、世界が狭いって言ったよね。

 はい、ここに紹介状があります。王都の学院はあなた達を受け入れます。

 行って見聞を広めるのと、今日この里を終わりにするの、どっちを選びますか?」


「「「「「脅迫だよね !!!!!」」」」」

たまりかねたエルフの若者たちが叫んだ。


「夢想少年さん。孫娘の為に、そこまでして下さってありがとう。

 この子達から精霊魔法を取り上げ、

 お一人でこの里を滅ぼせる竜化青年さんもいらして、

 その上、我が友である賢者がこの場を『見て』、

 状況によっては特大隕石を降らせると言っています。

 この状況は交渉ではなく、『命令』であることは理解されていますか?」


「長老様、叔父と賢者のことは忘れて下さい。

 私が殺されない限り、あの人達は手を出しません。

 精霊魔法を封じたのは、この場を設けて頂く為です。

 でも、『命令』だと受け取られても構いません。

 ――それに、私はまだ、手札を

 お見せしていませんよ。叔父や賢者に頼るまでもありません」


長老は夢想少年に微笑むと、若者エルフ達へ言い渡した。

「あなたたちがお決めなさい。

 この里の人達の命を背負う覚悟、あなた達にありますか?」


――5人のエルフ達が、異種族では初めて、王都の学院生になった。

夢想少年は、彼らとの約束を守り、四大上位精霊へ、彼らの呼びかけに再び応じるよう頼んだんじゃ。



夢想少年と扇情エルフがこうした取り組みをする間に、王都では武官王子と文官王子もまた、成長した。

武官王子は、神官Lv80の他に戦士や魔法使い等もLv80になった。勇者(賢者の娘婿)を手本にした脳筋仕様だ。

文官王子は、神官Lv60になるとダンジョンへ潜るのをやめ、王妃を越える事務処理能力を開花させた。


2人は、女王と王妃へ王子として意見出来るようになった。

武官王子と王妃は、文官王子と女王の対話を見守っている。


「あなた達は、私と王妃のやり方が間違っていると言うのですか」

「お母様、説明させて頂きます」

「聴きましょう」

「お母様達が育てた、教え子達は、それぞれの村で成果を上げています。

 ですが、人材発掘・育成・村への派遣後の相談役を、

 お母様たちお2人が中心になって担当なさっています」

「私と王妃が引き受けることが、一番確実でしたから」

「今の形では、国中の村へ志のある者を送ることができません。

 今、派遣している者達で、もうお母様達が管理するのは限界でしょう」

「そうです。しかし、任せられる者がいないのです」

「違います。お母様達は、任せて育てることが苦手なんです。

 お2人でやってしまった方が早く解決しますから」


女王は、溜息をつくと大きく伸びをした。

「可愛い息子。お母様の負けです。そうね、私達は任せるのが苦手だわ」

「この件は、どうか僕達にお任せ下さい。

 僕らはまだ学院に在籍していますが、

 お母様達の重荷を一緒に背負わせて頂きたいのです。例え一部でも。

 そのために、研鑽して参りました」


女王は2人の息子を呼び寄せると、抱きしめ、「あなた達を私は誇りに思います」と囁いた。


その夜、女王が王妃の前ではしゃぎすぎて、たしなめられた。

「だって、あの子達、めちゃくちゃ成長したじゃない! 私、泣いちゃうかと思ったんだから」

「うちの家族で、あなたが一番幼いのよね」

「あなたの前だけだから、いいの」



夢想少年は、扇情エルフに里での出来事を話した。

「そんなわけで、君は自由だよ。いつでも里帰りできる。どこへでも行けるよ」

「私は、そんなこと、お願いしていないのに。

 どうして相談して下さらなかったの? みんな怖かったでしょうに」

「君が優しいからだよ。

 それに、長老さんは、

 『やり方は強引だけど、若者を外の世界へ連れ出してくれてありがとう』って

 仰ってたよ」

「お祖母様まで?」

「だってさ、『歌』に関してなら、君は一流なのに、

 精霊魔法使いとして力を発揮出来ないじゃない。

 これは、君が克服する問題。

 でもね、君を傷つけた者がのほほんとしていられるの、僕は嫌だ」

「あなたは、私を高く評価しすぎよ」

「僕の一生をかけて、君に、君は素晴らしいって納得して貰う」

「?」

「僕は家を継ぐつもりなんだ。姉ちゃんは継がないって言ってるから。

 どうか僕の奥さんになって下さい」


扇情エルフは冷静に、異種族の結婚は不幸になると考えを述べた――

・エルフは人間よりも妊娠しにくい

・仮に生まれても、ハーフエルフは人にもエルフにも嫌われる

・自分は不死では無いが、ほぼ老いることは無く、極めて長寿だ。

 そのため、人間も、ハーフエルフの子どもも、自分が看取ることになる


夢想少年は笑い飛ばす。

「子どもの話は、気が早すぎるよ。僕らはキスもしてないよ?」

「だって、あなた異種族婚の難しさご存じないでしょ」

「あのね、子どもが出来にくいことも含めて、『授かりもの』だよ。

 家庭を持ってから、2人で考えればいいことでしょ。

 ハーフエルフのことだけど、君はこの村で、嫌われたことある?」

「一度もないわ」

「この村は、規格外の人が色々いるの。君の里より居心地良かったでしょ」

「うん」

「じゃ、この村なら、ハーフエルフの問題は杞憂だよね」


夢想少年は扇情エルフの手を優しく握り、尋ねた。

「長寿の件、君はどうしたいの?」

「あなたがとても愛おしいです。この勢いで妻になったら、今は幸せよ。

 でも、あなたや私達の子孫を何度も看取る悲しみを背負うの、怖いわ」

「僕はまだ60年は生きられると思う。その問題は、2人で取り組もうよ。

 ねえ、考えてみてよ。

 大切な人を遺して死ぬことが確定してプロポーズする側だって、

 すごく怖いんだよ? それでも、あなたがいいんだ」



村長夫婦は、「奥さん連れてきたよ。僕、跡を継ぎます」と、夢想少年が言い出して、ひっくり返っておったぞ。村長(情熱女房)は、「うちの子で、本当にいいのかい?」と、扇情エルフに思わず確認しとったな。扇情エルフは小さな声で、でもはっきりと「はい。この人がいいんです」と言えたんじゃ。


娯楽の無い村じゃからな。村の衆は、「さすが、竜化青年の甥っ子、羨ましいぞ」「いやいや、あれは両親に似たんでしょ。ほら、こまっちゃんの時の」「え、そんなことあったの?」「扇情エルフちゃん、綺麗よー」等と盛り上がり、夢想少年と扇情エルフの結婚を祝福したんじゃ。


「夢ばっかり見てた子が、おとぎ話から出てきたような綺麗な子を

 お嫁さんに連れてきて、私達の跡を継いでくれるなんてねえ」

「夢を見る力も大切だと言ったじゃないか。私達の育てた子だよ」

村長の夫は、静かに泣いている妻に、優しく声をかけておった。


ちなみに。溺愛少女は、弟を祝福したいし、反射的に睨んでしまうが、扇情エルフは良い子なのは分かっている。2人で幸せになって欲しいと思いたいのだが、「弟を盗られた」って気持ちがあまりに強すぎてな。自分でもどうしていいか分からなくて、また、小町魔王の所に、泣きに行ったんじゃ。


小町魔王は答えを与えず、溺愛少女が自分で考えられるように、泣きたいだけ泣かせてやったなあ。

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